第5回 ギターヒーローの時代へ (前篇) クリーム 1966年~
ロックというのは、例外はあるものの、基本的にはギターが主役の音楽です。
1950年代のロックンロール誕生以降、ミュージシャンはいかに自身のバンドに優れたギタリストを擁するか、という事に重きを置いてきました。なぜなら、かき鳴らされるギターの響きや、ギタリストの派手なステージアクションが、若い聴衆の熱狂を煽るのに最も有効な手段であるという事を、チャック・ベリーやエルビス・プレスリーといった初期のロックンローラーが、自身の成功によって疑いようもなく証明していたからです。
ただし、その頃のギタリストの役割は、それまでの大衆音楽における器楽奏者と同様、ボーカルを引き立たせるためのバックバンドの一員という位置付けであり、ボーカル自身がギターを弾く構成のバンド以外で、ギタリストの名前が大多数の聴衆の注目を集めるという事はありませんでした。
(エルビス・プレスリーのバンドのスコティ・ムーアや、ジーン・ヴィンセントのバンドのクリフ・ギャラップのように、凄腕の専属ギタリストは何人も存在しましたが、聴衆の関心はあくまでもボーカリストの魅力に偏っていたのです。)
そんな中、1960年代に入ると、ビートルズやローリングストーンズといった、イギリスのロックバンドが、アメリカに渡って大成功を収めるという例が増えて行きます。
イギリスのロックバンドには、アメリカのロックンロールバンドと違って、ボーカリストとギタリストが音楽的に対等の関係である場合が多い、という特徴がありました。
これは、楽曲の魅力となる要素が、ボーカル偏重から、ギターにも比重を置くようになって来た、つまり、イギリスにおけるロックンロールの受容と発展の中で、音楽性がより器楽を前面に出したものへと進化して行った、という事を表わしています。
第4回のコラムで紹介した、ザ・フーのピート・タウンゼントや、キンクスのデイヴ・デイヴィスなどが、ギタリストとして聴衆の注目を集めた最初期のギターヒーローとして挙げられます。
また、ギタリストが注目を集めるにしたがって、間奏として曲の途中に挟まれるのが定番だったギターソロの完成度が、ロックバンドの間で競われるようになって行きます。ジャズにおける即興演奏の達人たちと同様に、ロックギターにおいても、ソロ演奏に秀でたギタリストこそが、真のギターヒーローとして聴衆の尊敬を集めるようになり、次第にその傾向は、ソロの演奏時間を長く取って、聴衆にギタリストの腕前をアピールする、という即興演奏重視のスタイルを一般化して行きます。
そのスタイルの、最初の王者と言えるのが、ギタリストのエリック・クラプトンを擁する『クリーム』です。
エリック・クラプトンは、1966年にクリームを結成する以前から、黒人ブルースの達人たち、ロバート・ジョンソンやB.B.キング、フレディ・キングなどのギター演奏に魅了され、その技巧をマスターすることに傾倒しており、クリームの活動においても、そういったブルースマンから会得したフレーズやテクニックを基礎にして、そこに緩急自在のコードワークや、エフェクターで荒々しく加工したサウンド、さらにはアンプを壁のように積み上げる事によって得られた大音響という迫力を加える事で、自己の個性を確立して行きました。
「スプーンフル(Spoonful)」(1968年)のライブバージョンで、エリックは16分にも及ぶ長大な演奏の大部分で、ブルース主体の即興を展開し、しかも全編で緊張感みなぎるプレイを繰り広げるという、驚異的な才能を披露しています。クリームが、エリック(ボーカル、ギター)、ジャック・ブルース(ボーカル、ベース)、ジンジャー・ベイカー(ドラムス)というトリオ編成のバンドであった事から考えれば、なおさらその充実感に驚かされます。
クリームが形作ったブルース主体のロック演奏は、『ブルース・ロック』と呼ばれ、そこでフィーチャーされたエリックのギタープレイは、同時代のミュージシャン達はもとより、後進のロックギタリストにも多大な影響を与え、今現在でも、プロ、アマ問わず、多くのギター愛好家が自身のテクニックの基礎とするなど、主流のギター奏法として普及することになります。
(後篇に続く)