第49回 私の好きなシンガー ランキング・ベスト25 (25位~18位まで)
長きにわたってご愛顧いただいて来たこの『ロックの歴史』コラムですが、そろそろ私の好みの範疇ではない時代、いわゆるMTV全盛期に入って来たので、筆をおく時が近づいて来ています。
本当に、ニューウェイヴやLAメタル、スラッシュメタルあたりは、興味が持てなくてほとんど聴かないので、話を振られてもいまいち分かりません。
1980年代以降の好きなロックバンドや、好きなロックアルバムは、数えるほどしかないのです。
ですから、これからのコラムは、各バンドのデビュー年が近接せず、飛び飛びになり、最後は1989年にアルバムデビューしたニルヴァーナにすっ飛んで終わります。
ニルヴァーナは、私の中ではロックの生々しい衝動を体現した最後のバンド、という位置付けになります。
ただ、連載を終了する前に、好きなシンガーのランキングと、好きなギタリストのランキングは書いておきたいので、まずは好きなシンガーのランキング・ベスト25を、3回にわたってご紹介して行こうと思います。
ちなみに、『私の好きなボーカリスト』ではなく、『私の好きなシンガー』というタイトルにしたのは、ディープ・パープルのシンガーであるイアン・ギランが、あるインタビューで、「俺はボーカリストじゃない。シンガーだ。」と答えていたのが印象深かったからです。何となく、言葉のニュアンスの違いが分かりますよね。『ボーカリスト』は職人的な小器用な響きがしますが、『シンガー』は天性の才能で身を立てた人、という硬派な感じがする響きです。
あと、ランキングの人数が25という中途半端な数字になったのは、本当に好きで、普段から聴く機会が多いミュージシャンを厳選して選んだからです。
選ばれなかったミュージシャンの中にも、好きな歌声の人はたくさんいますが(例えば、レイ・デイヴィスとかジャニス・ジョプリンとかサイモン&ガーファンクルとかボブ・マーリーとかフレディ・マーキュリーとか)、のめり込むほど何百回も繰り返し聴いたか、と問われると、そうでもないので、思い切って割愛する事にしました。
このチョイスの厳密さを見る限り、私はボーカルの好みに一番うるさいのかもしれません。
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第25位 坂本九(【ポップス】)
日本のシンガーで、名だたる世界のシンガーと並べてもそん色のない人は誰だろうと考えた時に、その数少ない一人として、坂本九の名前を挙げる事に、異論は出ないのではないでしょうか?
彼の代表曲、「上を向いて歩こう」は、1961年にレコードが発売されています。
1961年というと、エルヴィス・プレスリーの熱狂的人気が一段落し、ビートルズがデビューする直前というタイミングです。
坂本九の特徴は、その驚くほどアメリカナイズされた歌唱法です。
ジャズが好きなんだろうなという事がよく分かる、日本人離れしたスイング感と、張りのある伸びやかな高音。
洋楽を主に聴いて、邦楽をほとんど聴かない私でも、違和感なく楽しめる、素晴らしい音楽性です。
「上を向いて歩こう」は、アメリカのビルボード誌でアジア人初の週間1位を獲得するという、とてつもない偉業を成し遂げますが、それも当然とうなずける出色の出来栄えです。(ちなみに、英語のタイトルは、なぜか「SUKIYAKI(すき焼き)」です。アメリカ人にとって、日本と言えばすき焼き、だったんでしょうかね。)
この路線で、ずっと歌い続けてほしかったんですが、残念ながら、次第に凡庸な歌謡曲やコミックバンド的なおふざけの路線に進んでしまったので、私が好きな洋楽チックな坂本九の歌唱は、初期の録音に集中する形になっています。
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第24位 マリスカ・ヴェレス (【ロック】ショッキング・ブルー)
ショッキング・ブルーはオランダ出身のロックバンドという事で、英米のロックバンドとはやや毛色の異なるメロディセンスが楽しめるところに魅力があります。
中でも、ボーカルの紅一点、マリスカ・ヴェレスの歌声は、そのエキゾチックな風貌にふさわしい、強さと艶やかさを備えた美声で、バンドの個性の大部分を担っています。
1969年発表の「ヴィーナス」は、今でもテレビCMなどで使われる人気曲で、聴いた事がある、という方も多いかもしれません。
初期の曲が、演奏の見事さもあって聴き応えがありますが、残念ながらオリジナルアルバムはあまり売れないバンドのようで、ベスト盤ばかりが何種類も流通しています。
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第23位 カレン・カーペンター (【ポップス】カーペンターズ)
カーペンターズの曲を聴いた事がない、あるいは、カレン・カーペンターの歌声を聴いた事がない、という方は、珍しい部類に入るかもしれない、それくらい、カーペンターズの曲は、音楽ファンになじみが深い、いわばポップスの定番のような存在になっています。
深山の岩間に湧き出る清水のような、あるいは、オレンジ色の薔薇の花に降りた澄んだ朝露のような、カレンの歌声は聴く者の心を優しく包み込んで癒す、大きな愛と親しみやすさを感じさせます。
どれだけの歌手志望の人が、カレンのように歌えたらと願うか知れない、けれど、彼女の声は歌手になるために持って生まれたとしか言いようがない、天性の美声なのです。
「プリーズ・ミスター・ポストマン(ビートルズのカバー)」や「トップ・オブ・ザ・ワールド」といった軽快なアップテンポの曲も良いですが、スローでしっとりとした曲、「デスペラード」(歌い出しからしびれます)や「グッバイ・トゥ・ラヴ(愛にさよならを)」、「オーロラ(希望の鐘)」などが、私はカレンの持ち味が最大限に生かされる分野のように感じて好きです。
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第22位 ジャック・ブルース (【ロック】クリーム)
クリームのボーカリストであるジャック・ブルースは、渋い壮年男性のロック歌唱を聴きたい時におあつらえ向きの、望まれるすべての要素を備えた、いぶし銀の声の持ち主です。
そんな彼が、クリームで歌っていたのは、23歳の時。
年齢と成熟した歌声とのギャップに、驚かされます。
クリーム以降の音楽活動で、大きな成功を収められなかったのが不思議ですが、もしかすると、その老成したような渋い歌声が、若いロックファンには刺激が弱すぎたのかもしれません。
とはいえ、クリームと言えば、あのジャックの悠然とした深みのある歌声あってこそ、エリック・クラプトンの攻撃的なギターだけが主役じゃないぞ、と、声を大にして代弁しておきます。
代表的歌唱は、「ホワイト・ルーム」あたりでしょうか。
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第21位 ロジャー・ダルトリー (【ロック】ザ・フー)
ザ・フーの、ややドタバタした大胆不敵な器楽演奏を、安定感のある上質なボーカル曲に仕立て上げていたのは、心地良い金きり声の持ち主、ロジャー・ダルトリーの功績です。
どの曲も同じような、しわがれた金切声で盛り立てるので、代わり映えはしないんですが、なぜか飽きる事がないですね。
彼みたいにロックにふさわしい地声を持ったボーカリストって、意外といない、という事なんでしょうね。
上記のような理由から、ザ・フーのほとんどの曲が代表的歌唱という感じですが、1971年の、「ババ・オライリィ」なんかは、しっとりとした歌い方で聴き応えがあります。
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第20位 アニー・ハズラム (【ロック】ルネッサンス)
ドラマーとベーシストのランキングでも紹介した、プログレッシブ・ロック・バンド、ルネッサンスの女性ボーカリストです。
私はけっこう女性ボーカルのロックが好きで、でも、理想的な歌声に出会えた事はあまりないんですが、アニー・ハズラムはばっちり好みの声です。
柔らかくて落ち着きがあって、声域が非常に広く、特に高音に余裕と伸びがあって、安心して聴いていられます。
クラシック寄りの、ソフトなロックを探しているなら、ルネッサンスで決まりでしょう。
名唱は数多いですが、「キャン・ユー・アンダースタンド」(1973年)が、演奏の良さも相まって聴き惚れます。
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第19位 ジョニー・ロットン (【ロック】セックス・ピストルズ)
パンクの悪童たちの中でも、ジョニー・ロットンの素行の悪さは、「パンクらしさ」の見本のようなものですね。
本当は非常に頭の良い人らしいので、アピールして注目を集める手段として、粗暴さを演出している面もありそうです。
その演出が、実に自然体で気持ちいいんです。
二流のパンク・ロッカーのように、ダサくならない。どこまでもカッコいい反抗的態度。
これはある意味、有能な俳優の仕事と同じ、観客を酔わせる技能でしょうね。
音楽にも、その資質がよく表れています。
スタジオアルバムでも、ライブでも、羽目を外しているようでいて、型をあまり崩さずにストレートに表現する事を心掛けています。
根は真面目なんだろうと思います。
その熱い誠実さに、聴き手は信頼を置いて楽しんでいるのでしょう。
代表的名唱は、もちろん、「アナーキー・イン・ザ・UK」(1976年)です。
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第18位 ジョン・ウェットン (【ロック】キング・クリムゾン、UK)
キング・クリムゾンの、どう猛さと哀愁を併せ持った多分に感覚的な音楽に、ふさわしいボーカルとは、どんなものでしょう?
歌が上手ければいい、というものではありません。
このバンドの主体は、器楽演奏にあります。ですから、ボーカルが器楽演奏より目立っては、いけないんです。
とすれば、最善なのは、本職のボーカルをメンバーに置かずに、歌が得意な程度の器楽奏者がボーカルも兼ねる、という体制という事になります。
天才的ベーシストのジョン・ウェットンが、キング・クリムゾンの音楽にジャストフィットしているのは、そういう理由が考えられます。
もちろん、彼の声質から感じられる、どう猛さと哀愁が、バンドの曲調と完全一致している、という事がまずあっての事ではありますが。
代表的歌唱は、挙げにくいですね。歌も曲の一部として、楽器同様に機能する事が求められるバンドなので、目立たない時に、最高の成果を発揮していると言えます。
1975年頃のスタジオアルバムや、ライブ音源を聴けば、私が言わんとする事の意味が分かると思います。




