第46回 トリオスタイルの到達点 ポリス 1978年~
ロックバンドの最小形として、もっとも理想的な人数は、三人だと私は思います。
ボーカル、ギター、ベース、ドラムス、という、ある程度バリエーションのあるロック曲を作るために必要なメンバー構成を、最小の形で実現するには、ギター、ベース、ドラムスの内の誰かが、ボーカルを兼任するという形で、三人で演奏を行なうのが順当だからです。
しかし、このスリーピース・バンド(三人編成のバンド)の問題点として、ボーカルを兼務する人に、他のメンバー以上の高い音楽的能力が求められる、というのがあります。
上手に歌いながら楽器を演奏する、というのは、ただでさえ難しいのに、三人編成である事から来る器楽演奏の音の薄さという弱点を補うために、楽器の演奏も、より複雑で内容の濃い演奏が求められるからです。
この課題をクリアして、スリーピース・バンドとしてロック史上で高い評価を得たバンドというと、実は、意外と数が限られて来ます。
古くは、クリーム、ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス、ロリー・ギャラガー、エマーソン・レイク&パーマー、ラッシュなどが挙げられますが、それ以外で大成功を収めた三人編成のロックバンドは、あまり思いつかないくらいです。(楽器奏者がボーカルを兼ねるバンドはかなりの数あるのですが、それらは大抵、四人編成で活動を行うのが主流でした。)
今名前を挙げたバンドはいずれも、ボーカルを務めるミュージシャンの歌声に個性がありながら、なおかつ凄腕の器楽奏者でもある、という、上記の条件を満たしており、到底三人だけとは思えない内容の濃い演奏が楽しめる、という共通した特徴を持っています。
完成度の高い三人編成のバンドの実現が、いかに難しいか、欧米の熱心なロックファンはよく分かっており、彼らの間では、スリーピース構成のバンドを語る時、一種の畏敬に似た特別な愛着を示す人が多いです。
私も、極東の日本人ではありますが、三人編成のバンドと聞くと、それだけで興味をそそられるものがあります。
で、今回の主役であるイギリス出身のバンド、ポリス(The Police)ですが、彼らは久しぶりにロック界に現れた、すご腕のスリーピース・バンドという所に、まず大きな価値があります。
メンバー構成は下記の通りです。
スティング (ボーカル、ベース)
アンディ・サマーズ (ギター)
スチュワート・コープランド (ドラムス)
(全員がキーボードも演奏できる。)
いずれも、高度なテクニックを有する器楽奏者ですが、スティングのかすれた切ない高音という特徴的な美声があってこその、個性の確立だった事は疑うべくもありません。
ただし、他のメンバーも、いずれ劣らぬ音楽性の豊かさで、バンドサウンドの確立に貢献しています。
アンディ・サマーズは、キング・クリムゾンのギタリスト、ロバート・フリップ系の、独特な分散和音ややや病的にエキセントリックなメロディラインを好んで用いるギタリストであり、本来であればプログレッシブ・ロックの分野で活躍してもおかしくないミュージシャンですが、彼がポリスというラジオ受けするポップス指向のバンドで演奏する事による音楽的な成果は非常に大きく、その抜けの良い新鮮なギターの響きと合わせて、バンドの大きな聴き所になっています。
スチュワート・コープランドは、手数の多いテクニカルなドラマーですが、シンバルの響き渡る音響にあまり頼らない、音の粒が明確なドラミングを特徴としており、これも、現代的な軽快なポリスの音楽性の魅力の一角を占めています。
つまり、ポリスは、この三人の組み合わせ以外考えられない、絶妙の音楽的方向性のブレンドによって形作られているバンド、と言えます。
デビューアルバムは1978年の『アウトランドス・ダムール(Outlandos d'Amour)』です。
ファーストアルバムにして、すでに「Next to You」、「So Lonely」、「ロクサーヌ(Roxanne)」、「Can't Stand Losing You」等、名曲満載の素晴らしい名盤である所に、彼らのセンスの高さがうかがえます。
ポリスをポップス指向のバンドと言いましたが、パンクのシンプルさ、レゲエやタンゴやボサノヴァの独特なリズム感の多用、そして巧妙に組み込まれた変拍子からも分かる通り、彼らは伝統に根差しながらも、冒険心に富む、れっきとしたロックバンドであり、そこが、甘いポップスやニューウェーブがあまり好きではない私の好みにも合致するゆえんになっています。
ポリスは1980年代半ばまで活動し、スタジオアルバムを5枚、発表していますが、いずれも完成度の高い、良質な作品に仕上がっており(1983年のラスト・スタジオアルバム『シンクロニシティー(Synchronicity)』は特に、スリーピース・バンドの一つの到達点と言われている緊張感漂う名盤です。)、基本的に、どれから聴きはじめても問題ない、親しみやすさがあるところも特徴になっています。
全アルバムを通して一貫して感じるのは、パンク由来の、良い意味でのシンプルな美しさです。
そこに、彼ら一流のハイセンスな音楽的アイデアを盛り込んだことで、パンクブームが下火になった1970年代後半以降の音楽シーンでも、評価を高めて行くことができたのだと思います。
前回のコラムで紹介したヴァン・ヘイレンと共に、1980年代の音楽シーンに与えた影響の極めて大きな、また現代のロック、ポップスシーンにも通じる新しい時代のロックバンドとして、特に古いロックの古色然とした音楽性にいまいち共感できないという方に、聴いてもらいたいです。




