第44回 グランジへの意外な影響力 チープ・トリック 1977年~
1970年代後半に一世を風靡したアメリカのハードロックバンド、チープ・トリックを語る時、日本との縁を欠かす事はできません。
1977年のデビュー後、本国でいまいち人気が出なかった彼らの才能を、いち早く認めて、こぞってレコードを買い求めたのが、日本の音楽ファンだったからです。
1978年、彼らは来日して、ビートルズも演奏した憧れの武道館でコンサートを開きます。
その時の模様『チープ・トリックat武道館』は、日本限定のレコードとして売り出されますが、それがアメリカでも輸入盤として売り出されたところ、内容の素晴らしさから次第に売れ行きを伸ばし、その結果、本国でも正式にリリースされる事になって、バンドの人気に一気に火がついた、というのが、彼らの成功の経緯です。(最高位全米4位)
ですから、チープ・トリックの成功は、同時代に日本で評価を高めたクイーンのサクセスストーリーよりも、日本の音楽ファンの貢献が大きいと言えます。
彼らのスタジオアルバムで私が一番好きなのは、1977年のセカンドアルバム『In Color(蒼ざめたハイウェイ)』です。
1曲目の「Hello There」が、とにかくカッコいいのです。ボーカルのロビン・ザンダーの歌唱力の確かさ、特に、シャウト系の歌い方をした時の、生粋のロックン・ローラーらしい向こう見ずな迫力を存分に楽しめます。
他の曲では、一転してやや大人し目の、J-POPに近い柔らかい響きを持った良質なロック曲が多いです。随所に見られるビートルズの曲調からの影響が耳に心地良いです。どちらかというと、激しい曲での魅力よりも、こういうビートミュージック由来のソフトな曲調の妙と、二枚目の二人(ロビンとベースのトム・ピーターソン)と三枚目の二人(ギターのリック・ニールセンとドラムスのバン・E・カルロス)という漫画のようなメンバーの組み合わせが、日本人に好まれた理由ではないでしょうか?
ところで、彼らの持ち曲の中でも最もハードな「Hello There」での、ボーカルのロビンの、怒鳴るようなシャウト歌唱を聴いているうちに、私はあるミュージシャンの歌唱との類似点を多く感じたんですが、それは誰だと思いますか?
正解は、グランジのカリスマ、ニルヴァーナのカート・コバーンです。
カートの力いっぱいわめくようながなり声の歌唱、その声色まで、ロビンの歌声にそっくりではありませんか。
おそらく、カートの歌唱法は、ロビンの歌唱法の影響下にあります。そして、ロビンの歌唱法は、1960年代のビートルズのジョン・レノンやポール・マッカートニーの歌唱法の影響下にあり、ジョンとポールの歌唱法は、1950年代のエルビス・プレスリーやエディ・コクランの影響下にあるのです。
この事は、ニルヴァーナをエッセイのテーマとして取り上げる時に、改めて語ろうと思いますが、グランジという一見アンダーグラウンドなジャンルが、決して過去の人気ロックバンドを全否定したところから生まれたわけではない事の証明になるだろうと思いますし、チープ・トリックの音楽性がジャンルを超えて影響を及ぼすほど魅力的である、という事の証明にもなるのだろうと思います。
とはいえ、私が好きなチープ・トリックは、1977年~1978年の演奏だけで、以降は大味なニューウェーブ系の音楽性に流れてしまった事から、興味をなくしてしまいました。
ライブアルバムでアメリカでの人気を高めた事からも分かる通り、彼らはライブ・バンドとして非常に優れており、私も1977年から1978年にかけての彼らのライブ・ブートレグ盤をたくさん集めています。
特に、バン・E・カルロスの推進力のあるドラミングは、レッド・ツェッペリンのジョン・ボーナムと同様、ライブでこそ真の威力を発揮するので、このコラムでご興味が湧いた方には、まず、冒頭で紹介した『チープ・トリックat武道館』で、彼らがアメリカで確固とした人気を獲得できた理由を、体感してもらいたいです。