第33回 マルチ・インストゥルメンタリストのロック マイク・オールドフィールド 1973年~
第32回のコラムでは、様々な楽器を一人で担当して多重録音し、一つの楽曲に仕上げるという、マルチ・インストゥルメンタリストの上久保純を紹介しましたが、海外のミュージシャンで、その多楽器演奏とミキシングの技能で高い評価を得たミュージシャンとして、今回はイギリスのマイク・オールドフィールドをご紹介します。
1970年頃にセッションミュージシャンとして音楽シーンに携わっていたマイクは、そこで出会ったミュージシャンから楽理を習うなどして実力をつけて行き、当時まだ事業を立ち上げて間もなかったヴァージン・レコードのリチャード・ブランソン(現在ではヴァージン航空を筆頭にしたヴァージン・グループを率いる型破りな会長として有名)に認められて、ファーストアルバムのレコーディングを行なう機会を得ます。
マイクは与えられた1週間をスタジオにこもって、様々な楽器を自ら演奏する多重録音を繰り返し、アルバム一曲目の「チューブラー・ベルズ(パート1)」のほぼすべてのパートを完成させます。
その後も、スタジオの空き時間を提供される事になったマイクは、パート1の追加録音と、アルバムに収録する他の曲の製作を進め、1973年5月に、ヴァージン・レコードの記念すべき第1回新譜として、『チューブラー・ベルズ(Tubular Bells)』を発表するに至ります。
ちなみに、彼の担当したパートは、ピアノ、グロッケンシュピール、オルガン、ベース、エレクトリックギター、アコースティック・ギター、チューブラーベル、ティンパニ、スパニッシュ・ギター、コーラスとかなり多彩ですが、最終的にはボーカル、コーラス、ドラムスなどの楽器を、他のミュージシャンに担当してもらって楽曲を完成させているので、このアルバムは決してワンマンバンドによる作品というわけではありません。
ただ、それぞれの楽器の高い演奏能力や、緻密な合奏の魅力は、彼自身の演奏による多重録音が基礎を担っており、そのマルチ・インストゥルメンタリストとしての才能によって、アルバムの音楽的魅力が構築されている、という事は言えると思います。
さらに注目すべきは、2400回とも言われる膨大な多重録音の回数に象徴される、彼の極度に緻密な音作りへのこだわりで、実際の音にも、その執念のような気持ちの入れ込みようが、迫力となって聴き手に伝わって来るのを感じます。
ジャンルとしては、プログレッシブ・ロックに属する、一曲が非常に長い、凝ったアレンジの、聴き応えのある音楽性です。
静と動の対比が強烈で、ロックの醍醐味である衝動性を活かしながら、ポピュラーな聴きやすさや印象深さも兼ね備えた、魅力のある完成度の高い演奏が、全編に渡って楽しめます。
ギターヒーローとして注目される事はまれですが、マイクのギターの腕前は確かなもので、アドリブの流麗さ、感情表現の見事さは、特筆に値します。
楽曲が終始張りつめたような緊張感でみなぎっているのは、メトロノームのテンポに合わせて多重録音を行なった影響もあると思います。
「チューブラー・ベルズ(パート1)」の冒頭のメロディは、1973年12月公開のオカルト映画『エクソシスト』で用いられたので、聴いたことがある方も多いかもしれません。(なお、映画に用いられたのは、オリジナルの録音ではなく、別のミュージシャンが演奏したバージョンです。)
このアルバムは、じわじわと人気を高め、とうとう全英一位にまで上り詰め、アメリカではグラミー賞の最優秀インストゥルメンタル作曲賞を受賞するほど、高く評価されています。
ロックファンというよりは一般の音楽ファンのためのグラミー賞を受賞した、という所に、このアルバムの音楽性の特徴が表れているようにも思います。(そこが、ややもするとロックとしての物足りなさに感じられるのですが、それは私の音楽的嗜好のこだわりから来るものですから、聴いた人みんながそう感じるわけではない、とも思います。)
ファーストアルバム以降も、マイクはいくつかのアルバムを制作していますが、最初の大成功の気負いが影響してか、『チューブラー・ベルズ』で上げた成果以上のものを生み出すには至っていません。
しかし、この一枚だけでも、十分にマイクはロック史に名前を残す資格があります。
決して恵まれているとは言えない条件の下で、これほど複雑で壮大な音楽を作り上げた彼の才能は、後進のミュージシャンに、今も多大なインスピレーションを与えていると思うからです。




