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第2回 ロックンロール追放運動 1958年~

ロックンロールという音楽ジャンルが、いかに大衆の間で大きなセンセーションを巻き起こしたかは、第1回のコラムで述べた通りです。一方で、この騒々そうぞうしく衝動的しょうどうてきな音楽ジャンルへの若者の熱狂は、既存の音楽や文化、倫理観を重んじる少なからぬ人々の反感を招く事にもなりました。


特に、ロックンロールが黒人の音楽であるリズム&ブルースを基礎にしている事や、黒人が教会で歌うゴスペルがロックンロールの素材として用いられる事が、反感の内情を複雑化させます。


白人の大人たちは、黒人音楽の血を引くロックンロールを白人の若者が嬉々として演奏する事への嫌悪を感じ、一方の黒人の敬虔けいけんなキリスト教徒たちも、神聖なゴスペルが扇情的せんじょうてきなサウンドに変えられ、商業化される事に対する反発を強めました。


折悪おりわるく、1958年頃から、ロックンロールのスターたちの事故や一時的引退、醜聞しゅうぶんや逮捕といった出来事が相次あいつぎます。


以下の、ロックンロールにまつわる出来事の年譜ねんぷは、ウィキペディアからの引用です。


・1957年末 - オーストラリアでのツアーに向かっていたリトル・リチャードは、移動中の太平洋上で、乗っていた飛行機のエンジンが火を噴くのを窓から目撃し、「願いがかなったら神職につきます」と、搭乗機の無事を祈った。無事シドニーに到着したリチャードは突如引退し、神学校に入学して牧師となった(後に復帰)。

・1958年3月 - エルヴィス・プレスリー陸軍に召集(1960年3月満期除隊)

・1958年5月 - イギリスツアーを予定していたジェリー・リー・ルイスの妻が13歳だった事が現地で問題化してツアーはキャンセル、当時の米国では合法であったものの、問題を掘り起こすうちに前妻との離婚が未成立だった事が発覚し重婚罪として本国でも問題化、事実上追放(後に復帰)。

・1958年末 - それまで合法的な慣例とされていた「宣伝料を支払ってオン・エアしてもらう」ペイオラが、突如不道徳・反倫理的として糾弾きゅうだんされ翌年には非合法化、遡及的そきゅうてきにアラン・フリードら人気DJが追放される。

・1959年2月 - バディ・ホリー、リッチー・ヴァレンス、ビッグ・ボッパーが飛行機事故で死亡(音楽が死んだ日)。

・1959年12月 - 14歳の少女を不法に州境を越えて連れ回したとしてチャック・ベリーが逮捕される(後に、1962年から2年間服役)。

・1960年4月 - イギリスツアー中だったエディ・コクランが移動中の自動車事故で死亡、同乗のジーン・ヴィンセントも重傷を負い後遺症が残る。



ここに挙げられたミュージシャンは、いずれもロックンロールの看板アーティストであり(特に、バディ・ホリーとエディ・コクランは、エルビス・プレスリーに続く逸材いつざいとして将来を嘱望しょくぼうされていました)、彼らが突然シーンから消えた影響は、醜聞を受けてのさらなる激しいロックンロール追放運動ともあいまって、ロックンロールというジャンル全体の衰退すいたいとなって如実にょじつに表れます。


以降アメリカの音楽シーンでは、ロックンロールの過激さが敬遠され、バブルガムポップと呼ばれるあたりさわりのない音楽がテレビやラジオの主流となり、ロックンロールのミュージシャンたちにとっては不遇の時代となって行きます。


ところが、ロックの歴史は、これで終わったわけではないのです。

アメリカでのロックンロールの爆発的な人気は、世界中のミュージシャンや音楽ファンに波及はきゅうしており、特に、イギリスの中産階級以下の若者たちの間で、着実に根を張り、ブリティッシュ・インヴェイジョン(イギリスの侵略)と呼ばれるロックブームを、1960年代半ばのアメリカで、逆輸入的に巻き起こすエネルギーを、脈々と蓄積しつつあったのです。



     挿絵(By みてみん)



♪こぼれ話♪


1959年に惜しくも亡くなったバディ・ホリーですが、彼はビートルズのジョン・レノンの青年時代のアイドルでした。

ジョンは近視でしたが、当時は眼鏡をかける事をかっこ悪い事だと考えていました。ところが、バディ・ホリーは、大きな黒縁眼鏡を堂々とかけて、むしろそれをトレードマークにして音楽活動を行なっていました。後にジョンは、「(ミュージシャンが)眼鏡をかけていても いいんだって思えたんだ。僕自身がバディ・ホリーだった」と、眼鏡をかけることへの劣等感を払しょくできた理由を語っています。



♪この時代のお勧めの曲♪


・バディ・ホリー『ペギー・スー』(1957年)

(バディ・ホリーは、フェンダー社のエレキギター、〝ストラトキャスター〟を愛用した最初期のロックンローラーとしても有名です。ストラトキャスターは、バディの活躍によって注目されたこともあり、後年、ロックにおける定番のエレキギターになりました。)


・エディ・コクラン『トゥエンティ・フライト・ロック』(1957年)

(エディ・コクランの歌唱やステージアクションは、多分にエルビス・プレスリーの影響を受けていますが、エルビスがエレキギターの演奏を本職のギタリストに任せる事が多かったのに対して、エディはバディ・ホリーと同様、ステージ上で自らエレキギターをかき鳴らしながら歌うというスタイルで人気を博しました。エディの愛用ギターはグレッチ社のG6120。1980年代のネオロカビリーブームの立役者、ストレイキャッツのブライアン・セッツァーが、エディに憧れて同型のエレキギターを愛用しています。)


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