第16回 プログレッシブ・ロック クラシックとジャズへの接近 1969年~ 【後編】
【前編】に続いて、クラシックとジャズからの影響を基に発展したジャンル、プログレッシブ・ロックの、勃興期に登場したバンドを紹介して行きたいと思います。
:イエス:
イエスは、ギタリストのピーター・バンクスが奏でる多彩で技巧的なモダンジャズのフレーズ、ビル・ブルフォードのジャズのリズムを基本にした緩急自在のドラミング、クリス・スクワイヤのトゥワンギングな(ブンブンとうなるような)ベースサウンド、ジョン・アンダーソンの少年のような美しい歌声と、独特の澄んだコーラスワークなどによって、すでに一聴してイエスと分かるオリジナルな個性を備えたバンドとして、1969年にロックシーンに登場しました。
初期の2枚のアルバムで、バンドは複雑な構成の曲を作り上げる才能と力量を示したものの、印象に残る曲はまだ少なく、より多くの聴衆の人気を獲得するのは、1971年3月に発表した『サード・アルバム』からになります。
『サード・アルバム』を、それ以前のアルバムと一線を画するものにしたのは、ピーター・バンクスに代わってバンドに加入した、バンクスよりもさらに技巧派のギタリスト、スティーブ・ハウの存在です。
ハウの演奏のすばらしさは、一曲目の『ユアーズ・イズ・ノー・ディスグレイス』から顕著に表れています。
ハウはバンクスのように、明らかなモダンジャズからの借用と分かるフレーズも、多くのロックバンドで安易に用いられる既存のブルースロックからの借用フレーズもほとんど使わずに、オリジナリティ溢れるメロディ・ラインで、長尺のソロ演奏を披露する事ができるという、当時のロックシーンでは破格の飛び抜けた個性と技巧を持ったギタリストでした。
また、エンジニアのエディ・オフォードの協力を得て、バンドは一曲を通して録音するのではなく、いくつかの演奏の録音テープを切り貼りして1曲の長い曲に仕上げるという、その後のイエスサウンドを特徴づける画期的な編集手法を駆使しはじめます。
『サード・アルバム』で、人気バンドの仲間入りを果たしたイエスは、1971年11月、早くも4枚目のアルバム『こわれもの』を発表。
このアルバムは、次のアルバム『危機』と共に、ロックの歴史の中でも非常に重要な位置を占める作品です。
前作では、ピートミュージック由来の単調なリズムキープの特徴が若干残っていましたが、『こわれもの』では、完全にそれを払しょくして、リズムに多彩さと、厳しいまでの複雑さが備わっており、各自の演奏も、よりストイックで、情感を込めた芸術性の高い内容に深化していました。
収録曲の内容も、「ラウンドアバウト」、「遥かなる思い出」、「燃える朝焼け」と、印象に残る名曲が目白押しで、アメリカのチャートで4位、イギリスのチャートで7位という好成績も当然と言える素晴らしい仕上がりでした。
イエスサウンドは、『こわれもの』で成熟の極みに達したかに思われましたが、1972年9月、バンドは自分たちの打ち立てた金字塔を、やすやすと越える、驚異的なアルバム、『危機』を世に送り出します。
このアルバムの驚くべき点は、収録曲がわずか3曲、という事です。
「危機」18分41秒
「同志」10分9秒
「シベリアン・カトゥール」8分57秒
これらの曲は、エディー・オフォードの録音テープの切り貼りの手法によって、複数の録音が組み合わされて完成した物ばかりですが、その完成度の高さ、1曲を通して、また、アルバムを通しての、切り貼りを感じさせない統一感、全曲にみなぎる緊張感や印象深さ、どれをとっても、ロックファンがプログレバンドに求める最上のエッセンスが、隅々にまで行き渡った、完全無欠のアルバムと言っていい内容でした。
『危機』のジャケットを飾るアートワークは、『こわれもの』に続いてロジャー・ディーンが手掛けており、緑と黒のグラデーションの中に、アルバムタイトルとバンドのロゴマークが浮かび上がるという、シンプルですが大変美しく、収録曲の雰囲気ともマッチした傑作として、多くのロックファンから愛されています。
(余談ですが、この頃から、アルバムジャケットのデザインの芸術性が注目され始め、レコードの売り上げを左右するようにもなったため、デザイナーがしのぎを削った結果、歴史に残る優れたアルバムジャケットが数多く登場する事になりました。中でもプログレバンドは、有名バンドからマイナーバンドに至るまで、芸術性の高い素晴らしいアートワークが多いです。)
イエスは、この二枚のアルバムの成功を足掛かりに、以降、若干のメンバーチェンジを経ながら数多くのアルバムを発表して行きますが、メンバーの充実と、演奏のすさまじさ、完成度の高さ、いずれにおいても、残念ながらこの二枚のアルバムほど徹底した高みに達した作品を生み出すことはできていません。
と、かなり厳しめの評価を下しましたが、2004年にスイスのルガーノで行われた、バンド結成35周年のライブの映像を観れば、全盛期と全くそん色ないイエスサウンドの輝きと、圧倒的な演奏技術の凄みを目の当たりにする事ができます。(特に、ボーカルのジョン・アンダーソン(2004年時点で60歳)の変わらない美声には驚かされます。)
まさしく、時代を超えたヴァーチュオーゾ(巨匠)集団と言えます。
:エマーソン、レイク&パーマー:
大抵のロックバンドは、凄腕のギタリストを擁することで、ロックファンの支持を取りつけるものですが、エマーソン、レイク&パーマーは、主役がキーボードという、異色のラインナップでありながら、多くのロックファンの支持を獲得した、非常に珍しいパターンのバンドです。
キース・エマーソン(キーボード)
グレッグ・レイク(ボーカル、ベース、ギター)
カール・パーマー(ドラムス)
三人のメンバーのファミリーネームがそのままバンド名になっています。それぞれの名前の頭文字をとって、ELPという愛称でも親しまれています。サウンドに厚みが求められるプログレバンドでは比較的珍しい、トリオ編成です。
ベースのグレッグ・レイクが、ギターを演奏する事もありますが、あくまでも曲を飾るためのアクセントとして奏でられる程度で、このバンドの主役は、何といってもキース・エマーソンのパワフルなキーボード演奏です。
レコードデビューは1970年のアルバム『エマーソン、レイク&パーマー』ですが、バンドメンバー全員が、すでにロックシーンで名の通ったミュージシャンだった事から、スーパーバンドという触れ込みで宣伝され、その効果もあって、内容的には方向性のあいまいな(キング・クリムゾンの模倣的な)出来ではありましたが、イギリスのチャートで4位まで上昇するヒットを記録します。
彼らの本領が発揮されたのは、1971年のセカンドアルバム『タルカス』からです。
このアルバムでキース・エマーソンは、当時開発されて間もなかったシンセサイザーを全編で導入し、その刺激的なサウンドと、驚異的なテクニックで、スターギタリストがいないバンドという弱みを感じさせない、ロックらしい迫力と魅力的な個性を確立します。
編曲や各楽器のミキシングにも工夫が凝らされていますが、これは、イエスのエンジニアとして紹介したエディ・オフォードが、このアルバムでもエンジニアを務め、手腕を発揮したことによる功績が大きいです。
1973年のアルバム『恐怖の頭脳改革』も、彼らの美点を凝縮した名盤です。
『タルカス』では、各メンバーのジャズ的な即興演奏の掛け合いが鑑賞ポイントになっていますが、『恐怖の頭脳改革』では、シンフォニックなサウンドと、それを生かしたバラエティーに富んだ楽曲群が特徴になっており、充実感という点では『タルカス』を上回る出来栄えです。
『恐怖の頭脳改革』のアルバムジャケットは、映画『エイリアン』のクリーチャーのデザインでおなじみの、H.R.ギーガーが作画を担当しており、レコードの時代は、ジャケット表のグロテスクな骸骨風の人物画の中央を観音開きに開くと、中面に描かれた美しい女性の絵が見られるという、面白い仕様になっていたそうです。
レコードのサイズで観ると、絵柄も相まって、さぞかし迫力があったでしょうね。
またまた余談ですが、CDの時代になって、ジャケットアートが小さくなり、デザインも大雑把なものが多くなって来たのは、とても残念な事です。
デジタル配信に至っては、ジャケットはなくてもいいですからね。
音楽を集める楽しみの一つが、顧みられなくなって、重要性が失われつつあるのは、現在の音楽産業の衰退を表わしているようで、一抹の寂しさを感じます。