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第11回 特別編 レコード、CD、デジタル配信の変遷 【中編】

音楽を楽しむための代表的媒体ばいたいについて語るコラム、『特別編 レコード、CD、デジタル配信の変遷へんせん』の、【中編】を始めたいと思います。

前回は、LPレコードが登場したところまで語ったので、今回は、その後の媒体の変遷ついて語って行きます。


LPレコードは1940年代初頭に登場して、それからCDが登場する1982年まで、実に40年もの間、音楽を聴くための主要な媒体としての地位を守り続けました。

とはいえ、2017年現在から振り返ってみると、CDが登場して、早35年にもなるので、今の若い世代にとっては、CDこそが生まれた時からある昔ながらの媒体で、LPはさらに一昔前の歴史的に遠い存在、という事になります。


LPレコードの時代、すなわち1940年代から1980年代までの期間は、大衆音楽が多様化し、発展し、音楽産業もそれにつれて巨大化して行った、大衆音楽にとって最も重要で、最も実りの多い期間だったとも言えます。


ジャズの分野では、スイング(1930年代半ば~)→ビ・バップ(1940年代半ば~)→ハード・バップ(1950年代~)→モード(1950年代後半~)→フリー(1950年代末~)→電化ジャズ(1960年代末~)といったように、音楽的発展の過程の主要部分がこの期間に成し遂げられ、ロックの分野でも、ロカビリー、ロックンロール(1950年代半ば~)→ビート・ミュージック(1960年代初頭~)→ブルース・ロック(1960年代半ば~)→ハード・ロック(1960年代後半~)→へヴィ・メタル(1970年代~)→パンク(1970年代半ば~)というように、主要なジャンルはLPの時代に生み出され、各ジャンルの代表的なミュージシャンもこの時代に名声を確立しています。


つまり、LPの時代に生きた音楽ファンは、リアルタイムで新しい音楽ジャンルの誕生と発展を目の当たりにできたわけで、その点では今の音楽ファンに比べて、はるかにスリリングで面白い時代だったのだろうなと想像できます。


LPには、音質的な特徴で、一つ注記する事があります。

特に洋楽のLPに関してなんですが、例えばイギリスのバンドがイギリスのレコード会社からレコードを発売したとします。そして、人気が出て海外でもレコードを生産、販売する、という事になった時に、本国イギリスでプレスしたレコードと、海外でプレスしたレコードでは、ある理由があって音質に若干の優劣が生じるのです。聴き比べると、本国でプレスしたLPの方が、音質が良いんです。

これは、プレスに用いる原盤が、本国ではオリジナルの原盤を用いるのに対して、よその国ではその原盤から複製したコピー盤がレコード会社から提供されて、プレスに用いられる、という事情から来る差異です。コピー盤は、原盤よりも品質が若干劣りますから、コピー盤でプレスしたレコードにも当然それが反映されて、そのレコードを再生した時の音質にも、影響が表れる事になります。ですから、できるだけ良い音質で洋楽を聴こうと思ったら、どの国でプレスされたレコードに原盤が用いられたかを調べて、それを入手する必要があるのです。

現在でも、中古レコードで、2枚のレコードが全く同じ作品なのに、価格に雲泥の差があったりするのは、原盤により近いプレス程音質が良いので、求める人も多く、自然と価値も高くなる、という事情に由来しています。


この、プレスした国による音質の違いというLPの欠点は、40年もの間、レコードの生産上のやむを得ない事情として、一般に受け止められて来たわけですが、1982年、CD(コンパクト・ディスク)が鳴り物入りで登場した事により、その問題はいとも簡単に解決される事になります。


CDは、デジタル信号で音楽を記録、再生するという、当時としては画期的な媒体でした。デジタル信号は、何度複製しても元のデータとほとんど同じものが作れますから、オリジナルのデジタル録音のデータを持っている国のレコード会社が、他国でCDを生産する場合、そのデジタルデータを複製して各国に配布すれば、本国で生産したCDとほとんど同じ音質でCDを作成する事が可能になったのです。(「全く同じ音質」と書かずに、「ほとんど同じ音質」、と書いたのは、デジタル信号も、読み取りと書き込みの際にわずかながら劣化が生じるので、完璧に元のデータと同じではないという事です。)


こういう優れた特性を持ったCDですから、レコード会社も音楽評論家も、「CDはLPよりも音が良い」と大々的に宣伝して、音楽ファンもそれを信じ込んで喜んで聴いていたわけですが、実際は、CDはLPよりも音が悪い場合が多いのです。

なぜ、そういう現象が起こるかというと、LPには人間が聴き取れる限界以上の周波数の音が記録されているのに対して、CDでは人間が聴き取れる限界の音以外の音はカットされているからです。

聴き取れないような音が記録されていても、音質には関係ないのでは?と思うでしょう。

でも、実際は、聴き取れないはずの音が、音のふくよかさや柔らかさや温もりや潤いを与える役目を果たしていたのです。

ですから、CDの音は、一聴するとクリアでメリハリがあるけれども、どこか気が抜けているように感じたり、妙に音が加工されている印象を受けたり、キンキンした乾いた音で耳が疲れるように感じたり、名盤だとうたわれている過去の作品を聴いても、思ったほどには感動や感銘を受けられなかったりするのです。

私も音楽を積極的に聴き始めたのはCDが普及し始めてからなので、「LPよりCDの方が音が良い。」という世間の認識を鵜呑みにして音楽を聴いていたんですが、それでいて最初の頃から、CDの音質には不満を感じていて、つまり、LP(過去の音質)よりもCD(現在の音質)の方が優れているという世の中の誤解を信じつつ、実際の性能(現在の音質)の低さには失望している、という矛盾を抱えた状態だったのです。そこから何が起きたかというと、たとえば、ザ・フーのドラマーのキース・ムーンは、ロック界でも指折りの逸材だと言われているのに、大した迫力や凄みを感じないのは、現在に比べて、昔のミュージシャンの演奏水準が全体的に低く、昔の音楽ファンはあくまでも当時の演奏水準を基準にして、彼の演奏を高く評価していたからではないか、と思ったり、ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンスのドラマーのミッチ・ミッチェルが、あんなしょぼい音でしかドラムを叩けないのは、パワーと技術が足りないからだ、などと、音質の悪さを、ミュージシャンの能力不足だと思い込んで聴いてしまう、という弊害さえ、しばしば生じさせる事になったのです。

近年、CDよりも高音質でレコードの音をデジタル化する技術が普及したおかげで、レコードの音に近い音質で音楽を体験できるようになりましたが、それらで聴くキース・ムーンやミッチ・ミッチェルのプレイは、まさしく語り継がれるにふさわしい素晴らしい重厚さとテクニックの冴えを体感させてくれます。

この事から、私はレコード会社や学者や音楽雑誌や世間がどう言おうと、媒体の性能の良し悪しは自分の感覚にもとづいて判断しなければいけない、という事と、音楽の本当の良し悪しを判断するためには、可能な限り良い音質で聴かなければいけない、という事を学びました。


ところが、音楽を聴く媒体の変遷は、CD以降、この理想とは逆の方向に進む事になります。

まず、その前段階として、1995年頃から、インターネットが一般家庭に普及を始めます。

インターネット上ではデジタルデータがやり取りできるので、音楽もデジタルデータ化されて、オンライン上で簡単に公開したり、ダウンロードしたりできるようになりました。

音楽をオンライン上でやり取りする際に、もっとも使用されたのは、『MP3』というデータ形式です。

MP3は、データを圧縮することで、データサイズを小さくできるという利点があるんですが、同時に、データが劣化する、というマイナス点もあり、特に音楽では、音質の劣化が避けられない、品質的には望ましくない形式なのでした。

ところが、インターネット上でいくつかの大手企業が音楽の有料配信を本格的に開始すると、そこで主流となったのは、CDと同等の音質の確保が可能なWAV形式ではなく、著しく音質が劣化してしまう事が明らかなMP3形式の方だったのです。

当時はパソコンやプレイヤーのメモリーの容量が、現在よりもはるかに少なかったので、データサイズの小さなMP3が、消費者に好まれたのだろうとは思いますが、LPよりも音質の悪いCD、そこから、さらに音質の悪いMP3という、何とも情けない退化を、音楽の媒体は辿たどることになったのです。


ただ、その一方で、音楽にまつわるデジタル技術もだんだん進歩してきて、リマスタリングという手法で音質を改善したCDが登場するようになったり、LP時代の原盤からより高精度にデジタル音源が作成できるようになったり、先に話したように、市販のレコードから高精度にデジタル音源を抽出するための機器が一般に普及したりと、音質の良さを求めるマニアックな消費者のための製品や環境も、同時並行的に整って行く事になりました。


そういう経過を経た今現在の状況としては、WAVやFLACなどの高音質な形式で音楽をダウンロードする『ハイレゾ』というスタイルが、MP3が根強くシェアを守る中で、じわじわと支持を広げ始めており、より良い音質を追求する姿勢への方向転換の兆候が、業界にも消費者にもようやく見られるようになって来た、といったところです。


さて、動画サイトや現在の音楽産業の状況の事など、まだ話したいことがいくつかあるんですが、文章が長くなって来たので、今回はここで一旦終わりたいと思います。

次回の【後編】で、特別編は終了です。

ロックの歴史に関するコラムの再開をお待ちの方には、長々とお待ちいただいて申し訳ありませんが、私にとって次回の話は、とても重要だと思っている内容なので、今しばらくお付き合いいただければ幸いです。


つづく



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