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青い瞳のペンドルトン  作者: 若宮葉子
7/7

私と彼と酒場の主人 終

「まったく。冗談で結婚しようなんて、失礼ですよ。」

「はい…」

「はぁ…そして今日の反省点。文字数、バランス!区切りに関しては良いでしょう。今後も気を付けてくださいね」

「………」

「な、なんですか。じっと見て。」

「………」

「あ、あの……?」

「………」

「えと…な、なんなの…」

(案外弱いひとだなぁ…)


そんな会話の果ての初投稿

次から昔話に入ります。

しかし、だ。その推理の中に、引っかかりを覚えた部分もあった。たとえば、学生は住み込みで働く必要などない、なぜなら寮があるからだ、というくだり。

寮に入れる余裕のない苦学生であれば、どこかの店屋に住み込みで働くという選択肢は十分にあり得る筈だ。実際私の友人にもそう言う人はいた。だから、これを学生ではない、とする根拠にするのはいささか弱いのではないだろうか。


考えてみればもう一つ気になる部分はある。それは彼の持ち出した、「帳簿書きか、試験に追われた学生、あとは作家」という前提、これもおかしい。手の外側を黒く汚す仕事。つまり紙とインクを使う仕事ならば記者なり、会計士なり、錬金術師なり…とにかく色々思い浮かぶはずだ。それを、なぜ彼は、三つしか選択肢がない、断定するように言ったのだろうか。


こうなってくると、彼の語った理屈だけで、私が作家だと断定するのには少し無理があるように思える。それとも、彼は私に語らなかっただけで、別の要素も含めて判定したのだろうか。


一度気になりだしたらほうっておけないのは、私の悪癖。さっそく頭の中に生じたこれらの疑問を彼に矢継ぎ早にぶつけてみた。


「………。」

私の問いかけを、彼は表情も変えずに静かに聞いていた。

やがて真一文字に引き結ばれた彼の口の端が、ひくひくと痙攣するように震えだした。その動きは、時間がたつにつれ、徐々に大きくなっていって


「ふ、はははは!」

耐えきれない、といった様子で彼が笑い出した。その笑顔は、まるでいたずらに成功した子供のように、無邪気で、楽しげで。それは私がそれまで抱いていた彼の印象から、最もかけ離れた表情だった。


「はは、はははは!いやはや。私も鈍った物だ!」

未だ漏れ出す笑いで口元を緩めながら、彼は右手で髪を漉きあげる。その仕草は、まさに好々爺、といった風。彼が纏っていた真冬の空気の様な冷たさは、きれいさっぱり無くなっている。


一方の私は、彼の変貌ぶりにすっかりあっけにとられて、ぽかん、と阿呆のように口を半開きにしていた。

何が、彼をそんなにも愉快にさせたのだろうか。私は事情を呑み込めず、眼を白黒させるばかりだった。


「く、くく…ああ、いや。すまないね。きちんと説明させてもらおう。」

困惑する私を愉快そうに眺めながら、語り出した。


「本当のことを言うとな。私がやったのは推理ではない。インチキ…言うなれば手品の類だよ。」

ええと、つまり…どういう事でしょうか。


「私は、君と顔を合わせる前から、君が作家であるという事を知っていた。そういう事だ。」

口元に笑みの残滓を張り付けたままで彼はそう言って、私を…いや、私を通り越して、その背後にある何かを指差した。

私は振り向いて、彼の指差す先をたどっていく。すると、カウンターのちょうど真横辺りにある窓に行き着いた。


少しずつ事情が見えてきた気がする。

彼の方に視線を戻し、話の続きをせびった。


「ここの主人との約束通り店まで来てみたは良いが、表には休業の看板がかかっている。中に人の気配もない。困惑したよ。そこで窓からのぞいて様子を見てみたら、何やら文字がぎっしり書かれた原稿用紙と、煮詰まった様子の君が見えた訳だ。……あれは、あまりお行儀が良いとは言えないぞ?」


カウンターに突っ伏していた所をみられていたらしい。気の抜けた姿をみられたことに赤面しながら、私は一つの要素に納得していた。

彼は最初に「“やはり”主人は留守か」と、そう言った。

あれは、窓からのぞいたときに主人の姿がうかがえなかったからこそ出た言葉だったのだ。


「こうして私は君の情報を一つ手に入れた。そしてせっかく手に入れた情報、馬鹿正直に“覗き見したから知っています”と伝えるのは面白くあるまい。玉を隠すにしても、そのままポケットに突っ込むより、こつ然と手の中から消す方が観客は湧くだろう。無駄でも、手間がかかっても、不可思議な方が観客は湧く。そういう事だ。」


だろう?と彼は片目を剥いて口髭をひねった。

彼の言わんとすることは、何となく私にもわかった。……比喩は下手くそだと思った。おくびにも出さなかったが。


「だから私はでっちあげた。君が作家というに情報に至るための根拠を、その根拠から導かれる理屈を、理屈同士を結び付ける道筋を、道筋の果てに至るであろう結論を!昔取った杵柄で、こういった積み重ねは得意でね。今回もそれを披露してみようと思ったのだが…いやはや。ここまで粗があるとはな。私も鈍ったものだ。」


そう、楽しげに語る彼の姿は、おとなしい犬のように親しみやすい。彼に話しかけるときに感じていた無意識の緊張も、すっかりほぐれていた。

昔取った杵柄…ですか?

彼の言葉に出てきた単語を私は耳ざとく捕え、疑問として投げかけた。


「その事かね。私は昔、宮勤め…王都の衛兵でね。時と場合によってはさっきの様な手管を求められたものだ。」

ああ、私が彼に感じていたある種の精悍さは、そこからくるものだったのか。彼の経歴を聞いて、私は大きく頷いた。


そして同時に、これは好機だと思った。

でしたら、その昔のお話、聞かせてくれませんか?

私は身を乗り出しながら彼を食い付くように言った。


彼なら、きっと、「私の望んでいる物」を持っているに違いない。その時の私は、根拠もなくそう確信していた。


それがなぜなのかわからない。焦燥が、私を駆り立てた結果の妄信だったのかもしれない、それとも多くの人々と関わってきたであろう彼ならあるいは、という打算だったのかもしれない…あるいは彼の青い瞳に、深く心の奥底まで入り込んでくるような視線に、何らかの予感を感じていたのかもしれない。

今となって、どれが正解だったかを知るすべはないが…おそらく、これら全て正解だったのだろう、と漠然と思う。


「―――ん、まあ、そうだな。」

私の様子にわずかに身を引きながら、彼は咳払いを一つ。


「ここまで明かして断る、というのも生殺し、というものだろう。どれ。一つ語るとしよう。その前に、一杯もらえないかね。それもできれば強い奴だ。年寄りは長話をすると喉が渇く。途中で声が出なくなったら申し訳がないからな。何、金は倍はらう。」

そう言いながら、ポケットから何枚かの銀貨を取り出し、テーブルに乗せた。彼の口元にはいたずらな笑み。強かな人だ。私もつられて笑みをこぼし、店の奥に酒とグラスを取りに向かった。


「おお、火酒かね。悪くない。」

席に戻った私からグラスを受け取り、彼は目を丸くした。火を寄せればそのまま燃え上がる。それほど強いことから名づけられた酒。彼の注文にはぴったりだろう。


「さて。もらうものも貰ったことだから語って聞かせよう。しかし、どれから話したものだろうか…」

ちびりちびり、受け取ったグラスを舐めるように火酒を飲みながら、遠い目をして何やら考え込む。店の中をあちらこちらに往復した視線は、やがてテーブルの上に置かれた硬貨に行き着き、そこで止まった。


「うむ、ではこの話から始めるとしよう。」

そうして彼はゆったりとした口調で、話し始めた。

「あれは………」

――

―――


【次】書き溜め消失ってどういう事なの…

【用語解説】魔術:この世界においては高度に体系化され一つの学問として広く認知されている。「私」が在籍していた大学にも学科として魔術科が存在していた。

【今日の一言】投稿予告時間に遅れたけど許してヒヤシンス♪

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