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青い瞳のペンドルトン  作者: 若宮葉子
6/7

私と彼と酒場の主人5

「ですからね。区切りが中途半端だといってるんです。新聞の掲載ですか。」

「……はい」

「次からは気を付けてくださいね。全く。」

「……ねえ。」

「なんですか?反省の言葉なら…」

「結婚しよう。」

「ふぁっ!?!!?!」

(………この人リアクションおもしろいなー)


そんな会話の果ての初投稿。

「ふむ。しかし、このままとんぼ返り、というのもな。」

彼の独り言が、どこか遠く聞こえる。

対する私は、彼の瞳に心を奪われ…言葉を発する事すら忘れて、ぼんやりと彼の顔を見つめていた。


「……君、私は暫くここで待たせてもらいたいのだが、構わないかね?」

まじまじ、と顔を見つめる私に対して、彼は少し訝しむ様な表情を浮かべながら、そう尋ねた。すっかり放心していた私は、ここでようやく我に返った。まず不躾な視線をぶつけた事に軽く頭を下げることで詫び、次いで、彼の問いに答える。


ええ。ご友人、という事でしたら構いません。ただ、店はお休みですから、お酒は出せませんが。


「ああ、かまわない。」

ありがとう、と彼は一つ頷いて、店の隅の方にある椅子に腰を下ろした。そうして、懐から煙管を取り出し、刻み煙草をつめだす。


「それにしても、だ。君は、ずいぶんと熱心に私の顔を見ていたな。しわだらけの老人の顔など、さして面白い物ではないとは思うが。」

分からないものだな…と彼は低く唸り、煙管の底を人差し指でとん、とん、と二度叩く。すると、ぽう、と煙管がほのかに光り、すぐに甘ったるい匂いのする煙が漂いだした。


エンチャントの施された代物だったらしい。珍しい品物に一瞬気を向けつつ、私は彼に向けて、もう一度頭を下げる。

馬鹿正直に、貴方の眼に見とれていました、なんていうのはなんだか気恥ずかしかった。

そんな内面の葛藤を見透かしたように、彼はくつ、と笑う。


「何、気を悪くした訳ではない。これでも若いころは婦女子に人気だったものだからね。人に見られることには忌避感はない。ただ、今となってそれほどにまで熱い視線を向けられる、というのは初めてだったからな。」

少し戸惑いはしたよ。彼はそう続け、ん?と片目を剥いて見せた。後々、これが彼のユーモアだったと知ることになるが今は関係の無い事だ。


「それとも…作家というのは他人が見向きもしない、私の様な老人の顔にこそ、面白さや含蓄を見出すものなのかね、と。そう思っただけだ。」


それを聞いて、私ははたと首をかしげた。自己紹介は、まだしていないはずだ。ではなぜ、彼は私が(まだ見習いレベルではあるが)作家である事を知っているのだろう。首だけを後ろに向けてカウンターの方を見る。ここからでは原稿用紙はちょうど陰になっていて見ることができない。


なぜ、私が作家だと?

そう、彼に尋ねた。


「なに、簡単なことさ。」

そういいながら、彼は右手を掲げて見せる。

「ペンだこと、右手の外側の汚れ。そんなものをこしらえる仕事というのは、帳簿書きか、試験に追われた学生、あとは作家位のものだからな。」

彼は掲げた右手の中指、そして小指と順番に指さしながらそういった。

私は、その彼の仕草にならって、右手を確かめる。すると確かに、原稿用紙と擦れあう右手の小指から手首にかけてが、黒く薄汚れていた。

成程。

私は相槌を一つうち、彼の話に傾注するために、彼の向かいの椅子に腰を下ろした。彼の話に、果然、興味がわいてきた。


「あとは、そうだな。この店について考えてみよう。今日、この店は休業日。君がただの雇われであれば、本来は居る必要ない日だ。しかし、それにも関わらずこうして店にいる。このことから、君がこの酒場に住み込みで働いているのだと私は考えた。これにより、学生という線。これが消える。今は寮という便利なものがあるからな。わざわざ住み込みなどというまどろっこしい手段をとる必要などない。…そもそも、学生が酒場で働く事など学校が認めまい。」

ここまで一息にしゃべり、一服、と彼は紫煙を燻らせた。彼の口から吐き出された煙の塊が、少しずつ散り散りになり、やがて見えなくなったころに、再び彼は話し出した。


「そして次に。帳簿書き、という線が消える。……ここの主人。あれは粗忽者ではあるが、変な所で用心深いところがある男でな。品の仕入れや金品の出入りを他人に管理させるなどと考えられん。心変わりすることもあるかもしれないが…まあ、私との約束を忘れる有様だ。それもあるまい。」

彼はちいさく肩を竦め、それから煙管をテーブルに乗せた。


「これらの過程を経て、私は君が作家である、と推理した。住み込みで働いているのは、ネタの収集と、衣食住に金を割く必要を無くして、創作に集中するためだろう。さて、いかがかな?」

お見事です。ぱちぱちと拍手を彼に送った。成程、言われてみれば確かに筋が通っているように思える。私の事情に関して、見事に言い当てたその手管に、素直に舌を巻いた。


【次】明日 19:00~22:00

【用語解説】エンチャント:物品に対して魔術的な効果を付与する技術。今回登場した煙管には「発火」の効果を付与されていた。

一般的に高等魔術に分類され、エンチャントが施された品はその効果をさておいて高値で取引されるほど。

【今日の一言】あらすじ書き換えてみました。

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