依頼030
……済まぬラクダ……キミに罪はないんだ……
………あ、お手数ですが…ご感想や評価、お気に入り頂けるなら宜しくお願い致します。
3発毎の短連射がオルソンの小銃から吐き出されると一瞬遅れて渓谷内へ銃声が反響する。
小銃の上部にあったキャリングハンドルを取り除き、換装したACOGのレティクルへ捉えた敵の背中へ向かって放たれた3発の銃弾が皮膚と肉を切り刻みつつ貫いた所で敵の攻撃は止んだ。
攻撃が止んだーーというよりも途中から彼等の働きによって敵を圧倒しており、最後の方は残敵の掃討へと様相は変わっていたのが実際の話である。
「…終わった…のか? 損害を報告しろ!」
護衛の兵士達が円陣を作り、その中央にいる王女の傍らへ侍っていた青年が兵士達へ大声で報告を促した。
青年へ伝えられる損害の報告は兵士三名が死亡、毒矢が刺さり未だ苦しんでいる兵士が一名重傷、運搬と騎乗用のラクダが四頭死亡。
それを聞いた青年と王女は鎮痛な面持ちで静かに頷くしかなかった。
「…あの傭兵達は……?」
二人の傭兵と一人の少女も円陣へ加わると思っていた青年だったが、その姿が見えない事に首を傾げていた。
「ーーよぉ、無事だった?」
先程まで戦闘を繰り広げていた場に似合わない暢気な低い声が青年の耳へ届く。
その声がした方向へ視線を移すと傭兵の片割れーーオルソンが自身のラクダとジャスミンが跨がるそれの手綱を引きつつ歩いて来ていた。
「…生きていたのか…」
「…随分なご挨拶だな。さっきまでドンパチやってたのに…」
肩へスリングベルトを通し、片手に下げた小銃の安全装置を掛けながらオルソンは苦笑を浮かべた。
護衛の兵士達が残敵が居ないか捜索する為、動き始めるとオルソンは周囲を見渡し。相方の姿を探すものの見付ける事は叶わなかった。
「…先程の轟音は…貴様達が?」
「轟音?……あぁ、銃声か。そうだけど…それがどうした?」
王女の傍らに侍る青年が尋ねて来るが彼はそんな事よりもショウの姿を探すのに専念している。
にべもなく返答したオルソンは携帯無線機を用いて相方の反応を確かめようと首へ巻いた咽頭マイクのボタンを押す。
「ーー俺だ。何処にいる?」
事情を知らないーー無線機の存在すら知らない彼等からすれば、まるで独り言を呟いているように見えてしまう。
気が触れたか、それともなんらかの魔法か、青年は自身の首へ手を伸ばしているオルソンへ気付かれないよう意識を向け、魔力が消費されていないか確かめたがーー微量の魔力も消費されていない事を知ると内心で疑問符を浮かべる。
では気が触れたのか、と考えるがーーその割には応答はしっかりしているように思えた。
何をしているのか聞き出そうとした瞬間、眼前のオルソンが小さく頷き、青年と王女へ視線を向けると何処か呆れた口調で声を掛ける。
「ーーラクダが殺られたから馬を捕まえてる最中だとさ」
安楽の銃弾を額へ叩き込まれ、顔を血で汚したラクダを軽く撫でた後、ショウはその場に立ち上がって腰を伸ばす。
「…さて……」
敵の襲撃は終わったようだ。しかし第二波、第三波が来ないとは限らない。
早々にこの場から立ち去るのが吉ではあるのだが、足がなくなってしまったのは正直に言えば痛い。
武器弾薬や当面の水を含めた食糧、その他を全て背嚢へ納め、仕舞いきれなかった荷物は担いで持って行くのは可能、不可能と問われれば前者と彼は答えるだろう。
ただし戦闘に及ぶ可能性がまだある以上、余計な体力を消耗する行動は出来る限り省略したいのが本音だ。
となれば足がいる。
銜えていたタバコはすっかり短くなり、それを携帯灰皿へ放り込みつつ結論を出した彼は渓谷の内部を見渡した。
つい先程まで銃撃を加えていた敵の中にはラクダや馬に跨がった者達がおり、何頭かは不幸にも銃弾か、護衛の兵士達の誰かが放った矢が命中し絶命している。
生き残ったのは居ないか、とショウは視線を巡らせるとーーちょうど敵がこちらへ駆けて来た方向に佇む一頭の黒い毛並みをした馬を見付けた。
馬体も逞しい。使い物になるかどうかは相方であるオルソンならば直ぐに分かるだろう。彼は肩からスリングベルトで吊っている小銃へ安全装置を掛け、余計な刺激を与えて暴れ出さないよう静かな足取りで歩き始める。
背に鞍を乗せた青毛の馬は地面に倒れて動かない主人を眺めながら佇んでいた。
その主人はショウが銃撃を加え、3発の銃弾が胴体を貫いた為に致命傷となったのか落馬と同時に死亡したようだった。
これからどうするか、そんな声が聞こえてしまいそうな程、まるで今後の身の処し方を考えているようにすら彼は感じられた。
ショウが近付いて来る事に気付いた馬が地面へ向けていた視線を彼に向けると耳を後ろへ伏せる仕草をする。
それを見た彼はその場で立ち止まった。
彼の相方曰く、馬は臆病な動物であり感情の多くを耳で表現するのだとか。
そして耳を後ろへ伏せるような仕草をした時は警戒している事の現れだという。
このサインを見た場合はそれ以上、近付いてはならない、と彼はオルソンから以前に酒の席で教えられていた。
向こうでも馬には乗ったが、まさかここでも役立つとは。
彼は微かな苦笑を漏らしてしまう。しかし、ふと疑問が浮かんだ。
「…こっちでもこの対応は…」
当たっているのか、という疑問を喉の奥へ引っ込んだ彼はその場に止まりながら馬と視線を外さなかった。
〈ーー俺だ。何処にいる?〉
不意に耳へ嵌めているイヤホンへ相方の声が無線機を介して届けられた。そういえば現在地や安否を伝えていなかった事を今更ながらに思い出し、咽頭マイクへゆっくりと馬を驚かせないよう静かに手を伸ばして送信ボタンを押し込んだ。
「…乗ってたラクダが殺られた。今、馬を捕まえようとしてる所だ。後で連絡する」
返信を済ませた彼は咽頭マイクから手を離し、交信中も視線を逸らさなかった馬を見据え続ける。
当たっているにせよ、外れているにせよ、自分はこの遣り方しか知らないのだ。そんな開き直りで彼が視線を合わせつつ様子を伺っていると後ろへ伏せていた馬の両耳が上へ真っ直ぐに立つ。
あの仕草は相方曰く、興味を持っているサインなのだとか。
近付いても構わない、と教えられた通りに彼はゆっくりとした足取りで馬に正面から歩み寄る。
間違っても背後から近付くなとも彼は教えられていた。臆病な性格であり、非常に脚力が強い動物だ。
蹴られて大怪我か、死ぬのはゴメンだろう?
バーボンをストレートで呷りつつ微酔い気分で告げて来た相方の幻聴が聞こえた気がする。
彼が目と鼻の先まで正面からゆっくりと歩み寄って来る姿に馬も視線を逸らす事はなかった。
ショウは直ぐ側まで近付くと黒い毛並みの馬の鼻先へ手袋を脱いだ自身の手を翳して匂いを嗅がせ始める。それに興味を惹かれたのか馬も鼻先を彼の手へ近付け、頻りに匂いを嗅ぎ出した。
「ーーよしよし…触るぞ?」
彼は馬へ語り掛けつつ空いている手を伸ばし、頬の辺りをゆっくりと撫でる。抵抗や暴れる様子は見られない事にショウは安堵の溜め息を吐き出した。
元々、人慣れしていたのか、それとも調教がしっかりしていたのかは分からないが暴れる素振りを見せないのは結構な事だ。
一頻り頬を撫でた彼は地面に向かって垂れ下がっていた手綱を拾い上げると馬の先程までの主人が血溜りの中で倒れている場所から移動させようと進み始める。それに反応したのか主人へ一度だけ視線を向けた後、馬は大人しく彼の導きに従って歩き出す。
「…良い子だ…」
大人しく付いて来る馬へ語り掛けつつショウは亡骸となったラクダの下まで戻ると手綱を離し、乗せていた荷物の移動を手早く済ませる。
狙撃銃やRPG-7などの外観も軽く点検したが、特別これと言って破損や亀裂が入ってはおらず無事のようで彼は安堵の溜め息を吐き出した。
武器も馬の腰辺りへロープを用いて結束して積み込んだ頃、鞍から吊り下がる大きな皮袋が目に入った。それを手に取るとチャプという水音が耳に届く。
何かの動物の胃袋か臓器を加工した物らしい。それを鞍へ結び付けていた紐を解き、細い注ぎ口を縛っていた紐も緩めると手の平へ中身を注いでみる。
無色透明。匂いは、と彼は鼻を寄せて嗅ぐが無臭。要は水である。
飲んでも大丈夫なのだろうか。警戒する理性が疑問を掻き立て、口に付けるのを躊躇させてしまう。
「……飲めるか?」
念の為にショウは水を手の平へ注いだ格好のまま馬の鼻先へ近付ける。
目先へ寄せられたそれを馬は鼻で嗅ぎーー口を付け、ズズッという音を鳴らして水を一息に飲み干した。
どうやら無害の水らしい。大丈夫そうだと分かった彼は再び手の平へ少量の水を注ぎ、啜って口内に吸い込んで濯ぎ出した。
何度も水で口内を濯ぎ、やがて地面へ水を吐き捨てる。
注ぎ口を紐で固く結び、元あった位置へ皮袋を括り付けると改めて手綱を掴んで隊列へ合流するのだった。




