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依頼028



「…我が国の軍制が知りたい?」


 一晩の休息を取ったオアシスを発って6時間程が経過し、似た者同士天頂からは容赦なく灼熱の太陽光が降り注ぐ砂漠を二列縦隊を作り、行軍する多数のラクダの群れの中で呆然としたような年若い男の声が聞こえた。


「あぁ。勿論、不都合があるなら…」


 その傍らで同じくラクダの背へ跨がる日焼けした黄色い肌を持つ精悍な顔立ちの男が頷く。


 白い肌を持った青年は、隣でラクダを駆る男の真意を考え、暫し沈思黙考したが特に問題はないとばかりに頷き返した。


「いや構わん。…さて、何が聞きたい? 流石に詳細については機密にあたる点もあるのだが…」


「全てだ。無論、機密に関しては聞こうとすら思っておらん。それ以外で教えられる限りを教えてくれ」


「ふむ……」


 意外だな、と青年ーーガルディア・ウルフガング子爵は視線の先にいる自身より数歳ほど年上の傭兵を見ながら素直に思ってしまう。加えて言えば、どういう風の吹き回しだ、とすらである。


 出会って早々に手の骨を折られ、その後の会話や遣り取りも素っ気なく無機質。むしろ避けられているようにすら感じられた。尤もそれは自分自身が避けていたから、と言われれば否定出来ないのも事実ではあるのだが。


 それが打って変わって、このような問い掛けを投げ掛けて来る事に困惑を隠せないでいた。


「…神聖な我が国を守護する王国軍は…主に三つの集団で編制されている。まずは国王陛下直轄の軍隊である親衛軍。同じく陛下直轄の組織になる海軍。そして各地の領主が編制する領主軍。この三つだ」


「…なるほど。つまりは三軍体制という所か。……各軍の戦力と兵力は…流石に機密か?」


「うむ。とはいえ領主軍については各地の兵役や徴税にばらつきがあるせいで一概にどれほどとは言えないのだがな」


 ふむ、と黄色い肌の傭兵ーーショウ・ローランドはラクダへ跨がりつつ愛煙のタバコを銜えるとジッポで火を点ける。


 度々、その様子を目撃する青年は彼が何をしているのか最初は検討がつかなかった。


 だが薄紫にも見える煙の香りは彼自身の父親が嗜んでいるパイプのそれと酷似していると気付き、おそらく異国の煙草なのだろうと察するようになっていた。


 とはいえ火を点ける道具が何なのかは全く検討がいまだに付いていない。


 最初こそ何らかの魔法か、と自らもその道に造詣がある青年は考えていたが魔法を行使した気配や痕跡も無かった為、ただの道具であると思い至れたのだがーー


(指先ひとつで火を点ける道具……どのような原理で動いているのだ…)


 ーー魔法を全く行使出来ない人間は青年が属する王国の全人口の8割以上に及ぶ。その者達が日常で火を使う際は火打石や埋め火などを利用して着火するしか方法はない。


 一手間、二手間も掛かるその作業を瞬く間に済ませてしまう道具の存在が目の前にあるーーなんとか青年は表情を崩さないようにしているが興味を強く惹かれてしまう。


 そしてそれ以上に、そんな高性能かつ簡便化されている道具をこうも頻繁に使うという事は男からすれば極々ありふれており、珍しい物ではないという証左にすら思えてしまっていた。


「…その…三軍体制と呼称させてもらうが、いずれも指揮権は国王が?」


「“陛下”をお付けしろ、不敬だ。……貴様が言うように指揮権はいずれも国王陛下にある。名目上は、だがな」


「……各貴族や領主が指揮する領主軍については国王の及ばない点がある、と認識させてもらうが構わんな」


「……陛下、とお呼びしろ。まぁその通りだが…」


 地球の中世社会は中央集権とは程遠い世界であった、とされる。


 君主の下にいる貴族などの諸侯達が土地を領有し、その土地の人民を統治する社会制度の事を封建制と言い、中央集権制と対をなす存在である。


 諸侯達は領有統治権の代わりに君主に対して納税や軍事奉仕等といった臣従が義務付けられ、領有統治権や臣従義務は一般に世襲されており、一種の分権的社会制度とも捉えられる。


 騎士が登場する物語の影響からか当時の忠誠心とは誠実で奉仕的な者と考えられてしまっているが実態は互いの“契約”を前提としたものであったとされている。


 つまりは双方が義務を放棄してしまった場合には短期間で主従関係が解消される、といった事もあったようである。


 ではこの眼前の男ーーガルディア・ウルフガングという青年貴族はどうなのか、とショウ・ローランドという傭兵が見定めようと視線を向ける。


「…随分と国王“陛下”へ忠誠が厚いようだ…」


「当然だろう。陛下へ、そして国に奉仕するのは貴族の義務だ」


「…奉仕の義務、か。俺には縁遠い話だ…」


 彼は薄く苦笑を顔へ浮かべつつ銜えているタバコを燻らせて紫煙を吐き出した。


「…私からも尋ねたい事がある。貴様の生国は何処だ?」


「…さて…忘れてしまったな…」


とぼけるな」


 紫煙を緩く吐き出しつつ誤魔化そうとする彼へ詰問するかの如くガルディアが鋭く吊り上げた双眸を向け、更に続けた。


「根なし草の傭兵とはいえ岩や木から産まれた訳でもあるまい」


「ーー勿論、属していた祖国や民族というのはある。だが思い出したくない過去だ。それに今の仕事に直接の関係はないだろう。追加料金を支払うなら話すのは吝かではないが可能な限りは話したくない。それにそちらが知るべき事は俺…いや俺達か。俺達という傭兵二人が何が出来て、何が出来ないかだけで充分の筈だ」


 認めたくはないが確かに、と考えてしまう自分がいる。そう思った青年は押し黙ってしまった。


「…尤も…愛する祖国があるというのは幸せな事なんだろう。郷愁の感情がない俺が言うのもなんだが……まぁ…義務を果たせるに足る存在があるならば、命の限り尽くすのが道理だ。御苦労な事だ。だが俺とお前さんは案外、似た者同士のようだぞ」


「なんだと?」


 眼前の傭兵が吐露した言葉に青年は意外そうに尋ね返し、猟犬と渾名された傭兵は軽く鼻を鳴らすと分からないのか、とでも言いたいのか肩を竦めた。


「俺が命を賭けるに足る存在とはなんだと思う?」


 問われた青年は沈思黙考をするが、その答えを告げる前に傭兵が返答する。


「ーーこれだ」


 彼が取り出したのは一枚の銀貨だ。青年からすれば見慣れ過ぎたそれはどれほどの人手を渡り歩いたのか鋳造された当初の輝きを失い、鈍く光る程度となっている。


「お前さんにとっては端金だろう。だが俺達からすれば命を賭けるに足る存在になる。虚しいかどうかは…人の価値観の問題だ」


「…貴様からすれば、その一枚が国への奉仕よりも重い、と?」


「俺からすれば、だがな」


 肩を竦めた彼が銀貨を仕舞うと青年は眉根を寄せる。


「不快か、それか下賎とでも考えている顔だな」


 その表情で青年が考えている事を察した傭兵が鼻で笑う。


 続けて苦笑が漏れ、一頻り低く笑った所で表情を元に戻した。


「言っただろう。価値観の問題だ、と。俺は戦場で戦い、人の命と端金を天秤に掛けながら稼ぐ。翻ってお前さんはどうだ? 国、国王、民族への奉仕とは言うが…見返りを期待しなかった事が無いとは言わせんぞ」


 傭兵の言葉に青年の心臓が大きく鼓動した。相応の働きを示せば、その分の対価があったのは事実であり、またそれを得る事を期待しなかったというのは嘘になる。


 その心の奥底にある欲求を見抜かれたような気分になり、青年は彼から視線を逸らした。


「…貴様になにが分かる…」


「責めてる訳じゃない。むしろ正常な人間だと言える。人間というのは見返りがないなら行動しない生き物だと俺は考えているからな」


「…つまり貴様が言いたいのは…私と貴様は対価として求めるモノが違うだけで本質としては同じ事である、とでも?」


 逸らしていた視線を戻した青年が問うと傭兵は確かに頷いた。


「誉れ高い貴族だろうと戦場の犬だろうと…中身は同じだーー」


 そう返した所で彼が不意に辿って来た道程を振り向き、彼方にある砂丘を睨む。


「どうした?」


 突然の事に青年も背後を振り向くが、異常は見られなかった。それに首を傾げるが彼は双眸を吊り上げたまま視線を前に戻すと隣でラクダへ跨がる青年へ警告する。


「…仕掛けて来た罠に何かが掛かったらしい。…思っていたよりも追跡が速い…行軍を急がせろ」


 これまで待ち伏せや襲撃を察知し、それを防いで来た傭兵の手腕は確かであると青年も認めている。


 何かを察知したのかと思い至り、強行軍になるかもしれないが場合によっては夜間も行路を消化した方が良いと考えつつ青年は頷いた。


 跨がっているラクダへ鞭を入れ、伝令を呼び寄せると速度を増すよう全員へ伝えるよう告げる。


 順調に行けば1日、遅れても2日で砂漠は踏破出来る。


 ここを乗り切ればーーそう思い、青年は手にしている手綱を強く握った。



 

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