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依頼026



「ーー引っ掛かったな」


「ーー運がなかったな、可哀想に」


 湧き出た泉が広い砂漠の真ん中に所在するオアシスが今夜の野営地となった。


 オアシスと言ってもジャスミンが育ったような活気ある街が構成されている訳でもなく、僅かに緑地が広がる小規模な場所である。


 とはいえ、水の補給には問題ない。ここまで彼等を乗せて広大な砂漠を進んだラクダ達は鞍や手綱を離され、一様に顔を泉へ突っ込み、凄まじい勢いで水をその身へ流し込んでいる真っ最中だ。


 現在の時刻は薄暮が差し迫った頃。ラクダ達へ水を与えながら急速と食事の用意を進めている時に砂漠の彼方から爆発音が微かに響いた。


 果たしてそれが何人の耳へ届いたかは定かではないが、ショウとオルソンの耳朶は確かにその爆発音を捉えた。


「…こうも簡単に引っ掛かるとは思わなかった…」


 そう呟くショウは地面へ敷いた雑毛布の上へ小銃、狙撃銃や拳銃、果てはRPG-7の発射筒を分解して整備に勤しんでいる。


「仕掛けたのは簡単なモノだったんだろ?」


 彼がウエスやブラシで汚れや侵入した砂塵を除去し、駆動部へ油を差す中、オルソンは鍋の前で調理をしているジャスミンの手伝いを行っていた。


 ジャスミンから託された芋の皮をナイフで薄く剥きつつ彼は問い掛けへ頷いたショウへ更に尋ねる。


「今夜、仕掛けて来ると思うか?」


「分からん」


 小銃の整備を終え、銃爪を引いて撃発を確認したショウは溜め息混じりに返答した。


「トラップに引っ掛かったのが果たして追跡者なのか、それとも赤の他人か。後者なら気の毒に、と大して持ち合わせていない信仰心で冥福を祈るのは吝かじゃない。だが前者だとすれば…」


「彼我の戦力差不明…もしお客さん連中が大所帯だったら面倒な事になるな。あんな派手に足跡、残して来ちまったんだもん」


 砂嵐か強風が吹かない限り、延々と砂漠へ残して来た足跡は消えない。


 その足跡は重要な行き先の手掛かりとなってしまい、追跡が容易になるばかりか下手をすれば待ち伏せ(アンブッシュ)も可能となってしまう。


 足跡をホウキか何かで消して進むべきだったろうか、とショウは溜め息混じりに狙撃銃の銃身内へ油を染み込ませたウエスの切れ端をクリーニングロッドの先端に付けて何度も往復させた。


 オルソンが剥いた芋を刻み、薄くスライスした干し肉と共に鍋へ投入したジャスミンが暫く焚き火へ煮込み、食事が出来上がった事を二人へ告げる。


 整備を終えたショウは相方が所持する武器と己の銃火器を一纏めにして雑毛布の上へ置くと背嚢から飯盒を取り出した。


 オルソンも自身の飯盒を取り出し、蓋を開けて少女へ手渡す。


 二個の飯盒へジャスミンはスープを注ぐと硬いパンをナイフで輪切りにし、スライスしたそれを一枚ずつスープへ落として彼等へ渡した。










 ーー月明かりだけが砂上を照らす深夜、ショウは相方とジャスミンから勧められ、小銃を抱えて横になっている。


 微かな寝息だけを立てて眠っていた筈の彼の双眸が開けられると、寝起きとは思えない素早い動きで立ち上がった。


 傍らの雑毛布へ置かれていた狙撃銃を掴むと小銃のスリングベルトを身体に通してAK-47(カラシニコフ)は背中へ預けた。


 休息を取っている最中も付けていた装備品だが、流石に弾帯のバックルは外していた為、それを嵌めつつ彼は歩哨となっているオルソンの下へ向かった。


「ーー来たか?」


「ーー起きたか。今、起こそうとしてた所だよ。……向こうの岩場で何かが動いた」


 オアシスの南側で警戒に当たっていたオルソンの下へ駆け付けた彼へ相方は目を細めつつ応対し、400mほど先にある大小の岩が点在する場所を双眼鏡で眺めながら指し示す。


 幸いにも月明かりで光源には困らない。


 ショウはその場で俯せとなり、伏射の姿勢を取ると携えて来た狙撃銃のスコープを覗き込んだ。


「……あぁ“何か”がいるな」


 既に初弾は薬室へ送り込んでいる愛銃の安全装置を外したショウがスコープのレティクルへ蠢いている何かを捉えると低く呟いた。


「ーー鼻の鈍い兵隊共を叩き起こせ。ただし静かにな。それとオアシスの外に歩哨を置いているか聞いておいてくれ」


「あいよ」


 徐々に野営地へ這って近付いて来る何かをレティクルへ捉えつつ彼は傍らのオルソンへ頼み込んだ。


 他者からすれば短い遣り取りだが、生死を共にした二人ならば年数のお陰で意志疎通に困る事はなく、オルソンは正しく意図を理解した。頷いた彼はこの場をショウへ任せると野営地へ向かって駆け出して行った。


 食事の前に狙撃銃は解体して分解清掃をしたばかりだ。本来なら射撃して零点規正ゼロインを確認、調整をしなければならないのだが銃声が響くのを嫌った彼はそれを行っていない。


 仕方ない、と呼吸を整える合間にショウは溜め息をひとつ溢す。


 ーー調整は射撃しながら行おう、と決めた時、彼が片耳に嵌めているイヤホンへ短い雑音が走った。


〈ーー相棒。向こうは見張りはオアシスの外に立ててないそうだぜ〉


「ーー了解した」


 ならば攻撃して構わない。そう判断したショウは右手人差し指に力を徐々に込めて銃爪を引き絞る。


 視線の先で蠢いている“何か”が一瞬だけ動きを止めると、その場に立ち上がる。


 スコープの視界に映ったのは紛れもなく人間のシルエットだ。


 彼はレティクルの照準点を目標の胴体の胸へ合わせると引き絞った銃爪へ最後の力を送り、撃針を落とした。


 ーー夜の静寂を切り裂く一発の銃声が響いた直後、ショウは視線の先にいた“何か”が背中から砂上へ倒れ込む姿を目撃する。


 その寸前に弾頭が弾着したのは照準点を合わせた箇所より30cmほど上。


 素早く左手でエレベーションダイアルを回してクリックを調整する。


 弾頭は目標の肉体へ確かに損傷を与えたが、即死には至っていないようでスコープを覗き込めば視線の先でピクピクと微かな痙攣を起こしている。


「……ん?」


 また別の蠢く何かーーおそらく人間が先程、彼が撃ち倒したばかりの者の背後から現れたかと思うと引っ張って連れて行こうとする。


「…窪みに隠れてたか…」


 眼前で倒れた仲間を助けようとしているのか。だが、その行為は狙撃手の視界の中で行うのは危険の一言に尽きる。別の言い方をすれば“手の込んだ自殺”である。


 既に次弾がガス圧を利用して薬室に送り込まれたSVDの銃口は標的を向いていた。


 零点規正はまだ一回だけ。次弾はどうかと彼が銃爪を引き絞りーー2発目の銃声が広大な砂漠に残響を残して木霊する。


「ーーヘッドショットヒット」


 2発目はしっかり標的の頭部を撃ち抜いたようだった。


 頭蓋と脳漿が弾け飛んだようでスコープの視界に吹き飛んだそれららしい物体が映った。


 ショウは2体の行動不能を認めてから襲撃者らしき者達が現れた周囲を確認した。


 新たな動きがないのを確認し、狙撃銃へ安全装置を掛けると携帯無線機に繋がっている咽頭マイクのボタンを押し込んだ。


「ーー2名を仕留めた。第二波に備えて俺はこのまま待機する。お前は…」


〈ーー分かってるよ。ジャスミンの側に付いてる。それと兵隊共も何人か警戒の為に不寝番の歩哨立てるってさ〉


「ーー了解した。OUT」


 交信を終えたショウは弾帯のポーチから双眼鏡を取り出すと周囲の警戒を始める。


 ーー早く夜が明けて欲しいと思いながら。






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