依頼025
久しぶりの投稿すぎて………お待たせしてしまい申し訳ありませんm(_ _)m
「ーー思ったんだけどさ」
灼熱の太陽が頭上に煌めき、すっかり乾燥した大気の中をラクダの歩みに身を任せて砂上を進む少女の耳へ少し先頭を自身と同じくラクダへ跨がった傭兵の声が届いた。
視線を向けておらず、首元へ指を当てているのは何かしらの魔法を使って相方であるもう一人の傭兵と会話をしているのだろう、とジャスミンは考えている。
「ぶっちゃけRPGよりM2とかの機関銃の方が良かったんじゃね?」
首元に指を当てる傭兵ーーオルソンが苦言を呈した。ややあって返答が来たようで彼は溜め息混じりに頭を左右へ振り始める。
「そりゃ運搬は面倒だろうさ。射撃を始めれば弾も喰うからな。それでもやっぱり弾幕を張って敵を近付かせねぇってのは魅力的だろう?」
再び彼が押し黙り、また無言となる。そして再び返答が来たようでオルソンが今度はこれ見よがしに大きな溜め息を吐き出した。
「そりゃRPGの意地悪さは良く知ってるよ。俺だって間近に撃ち込まれた事はあるんだからな。でもよ…後方噴射を考えてみな。こんな間隔が狭い隊列で撃った日にゃ可哀想な連中が何人か出来上がるぜ?」
溜め息混じりに二回目の苦言。
会話の相手は今、どんな表情をしているのだろうと少女は考える。
憮然としているのだろうか。
それとも苦笑を漏らしているのだろうか。
どちらかと言えば後者だろう。
そう思い至ったジャスミンが微かな苦笑を零した時、目と鼻の先にいるオルソンの声音が緊張を帯びた。
「ーーなんだって?」
彼は弾帯のポーチから双眼鏡を取り出すとラクダを歩かせたまま揺れる鞍の上でレンズを覗き込んだ。
「…10時の方向、距離300の砂丘って…あれか?」
10時の方向、という言葉の意味は分からないが彼が視線を向けている方向へジャスミンも顔を向ける。
いくつもの砂丘が点在しているが何も見えなかった。
「…頂上? ……あっ……」
何かを見付けたのかオルソンが双眼鏡を仕舞い、背負っていた小銃を手にする。
それが武器だと察しているジャスミンは敵襲が迫っているのだろうかと不安に駆られた。
オルソンが小銃の下部へ取り付けたM203の薬室を開け、擲弾を装填しようと弾帯へ手を伸ばすもその動きは直ぐに止まってしまう。
「…任せろって?」
彼が返答した数秒後ーー砂漠の乾燥した大気を震わせる一発の銃声が響いた。
「きゃっ!? わわっ!!」
その音に少女だけでなく行軍するラクダ達が驚いて混乱しそうになる中、オルソンは小銃を片手にしたまま自身が跨がるラクダの首を撫でて落ち着かせてやる。
「ジャスミン、こうやって落ち着かせろ」
彼が見本を示すかの如くラクダの首を撫で続ける。
それに頷くとジャスミンもおっかなびっくりな手付きではあるが伸ばした腕でラクダの首を撫でてやれば次第に落ち着き始めた。
オルソンはそれを認めると薬室を閉鎖したM203が取り付けられた小銃を背負い直し、代わりに再び双眼鏡を取り出す。
「……あー…殺ってるな」
ーー止めていた息を吐き出し、呼吸を再開すると銃声に驚いて暴れ掛けているラクダ達を諌めようと悪戦苦闘する兵士達の声が背後から聞こえて来る。
隊列から離れ、跨がっていたラクダから降り、膝射の姿勢を取っていたショウはSVDの弾倉を外すと槓杆を引いて薬室から一発の弾薬を抜き取った。
それを弾倉へ再び戻して空撃ちを済ませてから弾倉を叩き込んだ。
地面へ伏せていた筈の彼のラクダも間近で銃声を聞いたからか立ち上がって今にも逃げようとしている。
手綱を掴んで逃げようとするラクダを止め、首へ腕を伸ばして優しく撫でていると次第に落ち着いて来た。
「良い子だ」
軽く首を跳ねるように叩いた後、括り付けていたナイロンのキャリーバッグへ狙撃銃を納め、ラクダを伏せさせようとしていると背後から駆け寄って来る足音が聞こえた。
「ーー今のはなんだ!?」
背後から問い掛けて来る声は聞き覚えがあり、彼は嘆息しながら振り向く。
予想通り、数歩ほど先で肩を怒らせているのは交渉の際、同席していた青年である。
「…なんだ、と言われてもな。銃声としか言い様がない。それはどうでも良いとしてーーあの砂丘の頂上からこっちを観察していた人間を発見。今しがた射殺したぞ」
「…なに?」
訝しむ青年がショウの指差す方向にある砂丘の数々へ目を向けるも眉根に皺を寄せるばかりで何処に何があるやら分からない様子だ。
彼は弾帯のポーチから双眼鏡を取り出して青年へ差し出す。
「…それは?」
「双眼鏡だ。…こっちに望遠鏡や遠眼鏡の類いは…」
ショウが差し出した双眼鏡を恐る恐ると言った様子で観察する青年だが、使い方が分からない様子だ。
ガラスやレンズの加工技術が発達していない事を察したショウは、それでは使い方も分からないのは道理と思い至り、こうやって使うのだ、と自身で使って見せてから改めて青年へ手渡した。
「ーー間違っても太陽へは向けるなよ……そっちじゃない。こっちだ」
対物レンズをあらん方向へ向けている青年が覗き込んでいる双眼鏡を掴んで指向を修正してやり、射殺したばかりの死体が転がっている300m先の砂丘を見るよう促す。
「…これは驚いた…良く見え……っ!」
双眼鏡を覗き込んでいた青年が息を飲んだ。
青年の視界に映ったのは砂丘の頂上で力なく倒れ伏す人間の姿である。
その後頭部は著しく損壊し、抉れたかのように窪んでいる。
眉間を撃ち抜かれ、後頭部が射出口となったのだろう。
「…この距離で…? 少なくとも300クードは…」
青年が聞き慣れない単位を呟く。
目測での標的までの距離は300m。
ショウはその単位が奇しくもメートルと同等のそれだと察し、呆然としている青年から双眼鏡を奪い去った。
「ーー呆けてる場合ではないぞ。彼我不明だがさっさとここを離れた方が良い」
「…なに?」
彼が双眼鏡をポーチへ仕舞いつつ、急いで路程を消化する事を勧めると青年は怪訝な表情となってしまう。
察しの悪い青年にショウは溜め息を小さく吐き出すと説明を始める。
「派手に銃声が鳴ったからな。いつお仲間が駆け付けて来るか……まぁ来ない可能性もあるんだが。それは兎も角、お仲間が団体を引き連れて来た時に備えて逃げるのが吉だ、と言っているんだ。理解したか?」
簡潔に青年へ説明すると彼はその場にラクダを改めて伏せさせて待たせると射殺したばかりの死体へ向かって砂上を進み始める。
「おい、何処へ行く?」
「ーー罠を仕掛けて来るだけだ。俺に構わず先に進んでいろ。直ぐに追い付く」
背後から尋ねて来る青年にショウは素っ気なく返答すると、カンドゥーラの下へ巻いている弾帯のポーチから何かを取り出した。
それは片手に収まる程度の丸みを帯びた鉄塊のようだ、と目にした青年は考え、あれが罠となるのか甚だ疑問だったという。
傭兵の進言に従うのは抵抗があったが、ショウの指摘は正しいように思え、青年は仕方なしに元来た道を戻って歩みを停めている隊列へ行軍を再開するよう命じた。
一方のショウは背後で動き始めた隊列の気配を捉えつつ足を取られる砂丘を登っている最中である。
彼が片手に掴んでいる鉄塊ーーRGD-5と呼ばれる手榴弾は通常、信管へ着火した瞬間からおよそ3~4秒で爆発する代物だ。
だが彼が握っているそれへ取り付けられているのは爆発まで0~13秒の遅延を自由に設定できる改良型の信管となる。
ショウが設定したのは2秒の遅延であり、射殺したばかりの死体が間近まで迫るとおもむろに手榴弾のレバーを握ってピンを引き抜きーー嬉々とブービートラップを拵え始めるのだった。




