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依頼024

自己責任は良い言葉だと思う(キリッ



 王都までの行程を一日分消化し、少数の歩哨以外は寝静まった砂漠の夜営地へ向かい、粒子が細かい砂上を這って進む物体があった。


 身体をくねらせ、徐々に近付くそれの気配を察する者はいない。


 寝息やいびきが聞こえて来る天幕がいくつか並んだ間を通り抜ける物体ーーその頭上に靴底が勢い良く落とされた。


 砂漠の黄色い砂で汚れた半長靴の靴底で夜営地の内部へ侵入してきた蛇の頭を押さえ付けたショウは腰の弾帯へ吊り下げた銃剣を抜くと研がれた刃を暴れる蛇の身体へ押し当てて一気に両断する。


「…毒蛇だな」


 靴底を退けた彼は銃剣の切っ先を切り落とした蛇の頭部へ突き刺して牙の様子を確認すると尖った二本の牙が上顎から覗いている。

 小さいものの外見は見知ったクサリヘビに似ている。毒蛇の可能性が高い事を察した彼は夜営地から少し離れた場所まで歩き、手で穴を掘るとその中へ切り落とした頭部を埋めた。


 蛇の毒は死んだ後も暫くは毒牙に留まり続けると彼は聞いている。


 万が一それが人体の肌を突き破って体内に毒が流れ込めば生命へ危険が及ぶ為、こうして処理する必要があった。


 ショウが蛇を仕留めた場所まで戻ると頭部が切断されたにも関わらず残った身体は蠢いている。


 それが生命力故か、はたまた反射で起こっている現象なのか彼は学者ではないので知る由もないが、腹が膨れる事は認知していた。


 地面に転がる蛇の残った身体を拾い上げると銃剣で軽く皮に切れ込みを入れ、自身の歯で噛むと一気に引っ張った。剥ぎ取られた皮は吐き捨てる。


 再び銃剣を白に近いピンク色の肉へ入れて開きにすると内臓と骨を摘出した。

 内臓と皮は掘った穴へ埋め、すっかり綺麗に皮を剥がれた蛇と骨を手で掴みつつ夜営地の真ん中で燃える焚き火へ歩み寄る。


 生で食べる事に躊躇などないが、寄生虫が潜伏している可能があるため火を通してから口にしたかったのである。


 焚き付け用の細い枝を取ったショウは二つにへし折り、開きにした蛇の肉と骨をそれらへ突き刺し、火から少し離れた砂上へ枝の末端を差し込むと遠火で焼き上がるのを待つ事にした。


「…あまり火を焚くのは感心しないが…」


 タバコの火でさえ遮蔽物のない開けた場所では1km以上も離れていたとしても発見される。

 その比ではない焚き火であれば尚更だ。


 溜め息を吐き出しつつショウは焚き火の前に置かれた敷物の上へ腰を下ろすとタバコを銜え、手を翳してジッポの火を点けると直ぐに蓋を閉じて消火した。


 タバコの先端に火が点き、葉が燃えて紫煙が立ち昇る。


 その火を手の平で覆い隠しながら喫煙していると彼の口から苦笑が漏れた。


「馬鹿馬鹿しい…」


 既に目印となる焚き火は盛大に燃えているのだ。


 今更、タバコの小さな火を心配した所で意味はない。


 手で覆い隠すのを止めた彼はフィルターの部分を二本の指で挟んで口元から除いて紫煙を細く吐き出した。


 徐々に蛇の肉が火で炙られ、焼ける匂いが紫煙の香りと焚き火の煙に混ざって彼の鼻孔を突き始める。


 不意にショウの耳朶じだを打ったのは背後から歩み寄る足音だ。


 大の男よりも軽いそれは女性の物だと気付くが、ここ数日、行動を共にしているジャスミンの足音とは違う事を察した。


 となれば消去法になるが、この場にいる女性は少女を除けば一人しかいない。


「ーーなにか御用で?」


 紫煙を細く唇の端から吐き出した彼は半分ほどしか吸っていないタバコを焚き火の中へ投げ捨てると振り向きもせずに声を掛けた。


「良く気付かれましたね。…特に用件はありませんが……お隣、宜しいでしょうか?」


 彼の予想通り、聞こえたのは王女の声だ。


 用件がないなら早く天幕へ戻って休めば良いだろうに、と内心で苦言を呈するも雇い主であるのも事実。ショウは横へ身体をずらして腰掛ける場所を作ってやる。


「ありがとうございます」


 彼へ礼を告げた王女はショウの隣へ脚を揃えて横座りになると焚き火の近くに刺さっている肉が香ばしい匂いを放ち始めているそれへ視線を向けた。


「これは…?」


「肉だが?」


「それは見れば分かるのですが…生肉を持参なさっていたのですか?」


「砂漠越えをするのに生肉? 冗談は休み休み言ってくれ」


 そんな事をしでかす人間にでも見えるのか、と彼は鼻で笑いつつ手を伸ばし、串に刺さった肉をひっくり返して裏面も焼き始める。


「…では…なんの肉ですか?」


「蛇」


「ーーーえ?」


「だから蛇だ。そこらを這っていたからな。横にあるのは蛇の骨だ。カリカリになるまで焼き上げれば美味い」


「ひっ!?」


 当然の事のように語るショウの姿を王女は信じられない存在を見るかの如くーーもっと分かり易く言えばドン引きしていた。


 息を飲んだ王女は反射的に串焼きとなりつつある蛇から身を退かせ、その様子を見た彼は嘆息する。


「…野蛮人を見るような目で見ないでくれ。これでも文明人だとは思ってるんだ」


「だって…蛇ですよ?」


「それが? 四本足の牛や豚は食べるだろう。二本足の鶏も食べる。いずれも鳥獣だ。なら蛇は? 同じく獣だろう」


「その理屈は…」


 おかしいのではないか、と王女は口にしかけたが彼は気にする素振りもなく肉が焼ける音を響かせる串焼きを拾い上げた。


「そろそろ焼けたと思うが…」


「えっ!?」


 軽く息を吹き掛けて熱を冷ました蛇の肉へ彼は齧り付いた。


 噛み千切った肉を咀嚼する彼はやがて喉を鳴らして飲み込むと再び串焼きを焚き火へ翳す。


「少し生焼けだったな…」


「そ、それ…大丈夫なのですか…?」


「大丈夫だろう」


 気遣う王女の言葉を意に介さぬ彼はポケットからスキットルを取り出すと蓋を開けて一口、酒を嚥下する。


 砂漠の夜は寒い。


 アルコールが体内を暖めてくれる事を願いながら彼は蓋を閉じたスキットルを仕舞う。


「…あの…先程から申し訳ありませんが…お休みにはならないのですか?」


「これを食べたら少し休む。浅く寝て、起きてを繰り返すようにしているだけだ」


 つまりは警戒に当たっている事を察し、王女は感謝を込めて頭を軽く下げた。


「お手間を取らせて申し訳ありません…」


「気遣ってくれてるのは分かるからな。腹は立たんよ」


 肩を竦めて応えた彼は焼き上がったと思われる串焼きを改めて拾い上げると試しに再び齧り付く。


「…うん、美味い…」


 今度はしっかり焼けたようだ。


 牛や豚などの家畜の肉、魚とも違う味だが少なくとも不味くはない。


 味付けをしていないそれを一口、二口と食べ進めていると王女が傍らで興味深そうに食事風景を見ていた。


「…人の食事を見るのは少々、礼儀に反すると思わんか?」


 咀嚼した肉を飲み込んでからショウが苦言を口にするも王女は興味深く串焼きへ視線を注いでいる。


「…美味しそうに召し上がるので…味が気になりまして…」


「…なら食べてみるか?」


 物好きな事だ、と彼は苦笑しながら冗談半分に提案してみたが王女は思案顔となる。


 真剣に検討している様子が伺え、彼がまさかと思っていると王女が意を決して頷いた。


 それに流石の彼も驚いて目を剥く。


「…俺が言うのもなんだが…正気か?」


「少なくとも…口にしても問題はないのですよね?」


「…まぁ…」


 健康上“は”問題はないと彼は考えるが、最初の反応を見る限りこの国では蛇食は一般的な食文化とは思えなかった。


 だが王女という高貴な血筋の人間が口にするには色々と問題が生じるとしか思えず、彼はしばらく悩んでしまう。


「…一応聞いておくが…後々になって無理矢理食べさせられた。これを食べたせいで体調が悪くなった。そんな事は言わんでくれよ? 自己責任の下で食べるんだからな」


「は、はい…」


 念を押した彼の姿に王女は躊躇いながらも頷き、差し出された串焼きを受け取ると外観を観察する。


 見た目は素朴な串焼きにしか見えない。なんの肉が刺さっているかを知らなければ、だが。


 手持無沙汰となった彼は同様に焼き上がった蛇の細かい骨を手で千切って口内へ投げ込みつつ王女の様子を伺う。


 口にするのはやはり躊躇があるようで食べる何度も串焼きを近付けては遠ざけるを繰り返している。


 やはり無理か、とショウが串焼きを返せと言わんばかりに手を差し伸べようとした刹那、意を決した王女が遂に串焼きの肉を噛んだ。


 プチリという微かな音は肉が噛み千切られたそれであり、王女を見ると緊張しているのか双眸を強く閉じつつ忙しなく口内で焼かれた肉を咀嚼している。


 やがて王女が喉を鳴らして噛み砕いた肉を飲み込むとゆっくり目を見開いた。


「ーー…おい…しい…」


 やや呆然とした声は薪が爆ぜる静かな夜営地へ消えて行った。




…いまだかつて…創作や物語の中とはいえ王女に蛇を食べさせる作者がどれだけいただろうか…

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