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依頼022

中途半端な所で終わってしまい…ごめんなさいm(_ _)m


そして評価やブクマ、感想頂けたら幸いですm(_ _)m



「ーーこの宿は売却する事にしました」


 少女が朝食の席で告げた一言にスープへ硬い黒パンを浸けていたオルソンが驚いたように目を見開いた。

 だがこの地からジャスミンが去るのを考えれば、後生大事に抱えていても仕方ない事は自明の理だと察し、柔らかくなった黒パンを口へ運んで咀嚼しつつ同意するかのように頷く。


「…まぁ…それが良いのかもな」


 やや酸味のある黒パンを細かく噛み砕き、嚥下してからオルソンは口を開く。

 対面に腰掛けた少女は木のスプーンで豆と薄く切った肉が浮かんでいるスープを掬っている。


「…あんまり落ち込まねぇ事だ。親御さん達も分かってくれるだろうさ」


「だと良いのですが…」


 慰めにも似た言葉を投げ掛けるオルソンへ少女は曖昧に頷き返すしかなかった。


「…親御さん達を王都へ連れて帰るだけでも俺は孝行してると思うけどな」


「…そう…でしょうか? オルソンさんとショウさんは…」


「うん?」


「…その…ご家族の方とかは…」


 その質問が来たか、とオルソンは溜め息を吐き出すと残り僅かしか入っていないスープが注がれた椀を掴んで一気に飲み干す。


「…なんていうかさ…俺らは傭兵だろう? 傭兵ってのは…まぁ…あんまり人様には胸を張れない仕事だ。金を貰って汚れ仕事を請け負うからな。傭兵になるって時点で親とは…便りも送ってないけど生きてるとは思う」


 酷く言い難い様子でオルソンは語った。

 ふと過去を思い出せば海兵隊を退役して暫くは実家の牧場の仕事を手伝ってはいたが、戦場の銃声や阿鼻叫喚の様子は一時いっときたりとも彼の側から離れなかった。


 “興奮”とも言える戦場で感じる生の充足感に魅入ってしまったのが運の尽きなのだろう。


 それともただ命ぜられるままに戦場へ赴く軍人よりも自身で戦場を決められる傭兵という仕事に途方もない魅力を感じてしまったのが運の尽きだったのだろうか。


 今となっては当時の心境を思い出す事は叶わないが、傭兵となる旨を家族へ告げた時は揃って反対された記憶は鮮明に残っている。


 ほぼ家出当然ーー成人にもなって家出というのもおかしな話だが、家を飛び出し、祖国を捨てて傭兵となった顛末を後悔した事が無いとは断言出来ないが、充足を感じていた事は更に否定出来ない。


 人間の屑となったのは残して来た家族には申し訳ない話だがーーとオルソンは内心で嘆息する。


「相棒については…ちょいと特殊な身の上でな。本人が話さない限りは俺からは言えないんだ」


「…そうですか。あの…変な事を聞いても良いですか?」


 少女から問われ、オルソンは水筒のキャップを外しつつ頷いて先を促した。


「ーー寂しくは…ないんですか?」


「…寂しく…?」


「…故郷が懐かしく思えたり…とかは…」


 つまりは郷愁ノスタルジアか、と察したオルソンは水を一口嚥下すると水筒のキャップを閉める。


「生まれ育った故郷が懐かしくない、って言えば…嘘になるかな。俺の場合はだけど。相棒は……どうかな。未練は微塵もないんじゃねぇかなぁ」


「…そういうものなんでしょうか…」


「そういうモンだよ。ほら早く食べちまいな。砂漠越えの準備しねぇと」


 少女に先んじて食事を終えたオルソンが急かす。


 この宿の売却の手続きもそうだが、砂漠越えに必要な物品の買い出し等も行わなければならない。

 今日は忙しくなりそうだ、と予感が脳裏を過る中、オルソンは食後の一服をするべく席を立って窓際へ進んだ。





 文字通り肌を容赦なく灼いて来る陽射しが頭上から降り注ぐ中、ショウはカンドゥーラの上に剣帯を巻き、刀を佩いた格好のままで昨日訪れた屋敷の前へ立った。


「ここに滞在している御婦人へ昨日の答えを返しに罷り越した。取り次ぎを願う」


 屋敷の門の前で警備に当たっている武装した兵士へ彼は用件を述べると暫し待ての返答が来た。


 兵士の一人が屋敷の中へ歩き去るのを見送りつつ彼はポケットから愛煙のタバコを取り出して一本を銜えるとジッポで火を点ける。


 腕組みをしつつ紫煙を燻らせること5分ほど。


 用件を伝えて来たのだろう兵士が屋敷の内部から戻って来る。


「ーー許可が出た。参られよ」


 敷地内へ足を踏み入る事を許可されるも彼は緩々と紫煙を燻らせるのを止めない。

 良く言えば泰然自若、悪く言えば傲岸不遜な態度に兵士が苛立ち、早くしろ、と促して来る。


「…一服する時間ぐらい取らせてくれ…」


 半分ほどしか吸っていないタバコをショウは残念そうに口元から取り除き、取り出した携帯灰皿へ放り込んだ。


 鼻腔から肺に残っていた紫煙を吐き出しながら彼はやっと敷地内へ足を踏み入れ、その数歩先を先程からショウを急かしていた兵士が案内の為に先導して歩く。


 庭先には何本ものナツメヤシが植えられ、その木陰は中々に涼しそうだった。


 こちらのナツメヤシの実は食用になるのだろうか、樹液は煮詰めて砂糖となっているのだろうか、と益体もない事を考えながらショウは先導する兵士の案内に従って屋敷の中へ入った。


 乾燥した暑さの為、日陰に入れば暑さはかなり和らぐ。


 涼しい空気に彼は安堵の息を吐きながら兵士の後に続いて廊下を進んだ。


 その順路は昨日、この屋敷へ案内された時と同様のそれだった。

 辿り着いたのは、やはり昨日と同様の扉の前。


 その扉の前には別の兵士が警備の為か二名おり、案内してきた兵士はその場を立ち去った。


「ーー腰の物をこちらに」


 兵士の片割れが槍を握っているのとは逆の手で武装解除を促して来る。


 大人しく従う事にした彼は腰の剣帯のバックルを外し、刀ごと手渡した。


 武装解除を認めた兵士が扉を軽く叩くと室内から昨日と同じ女性の凛とした声で入室を許可する旨が伝えられる。


 彼に代わって兵士の一人が扉を静かに開くとショウは室内へ入室する。

 

 ーー昨日と同じか、と思われたが応接室の中には銀髪を晒した女性だけが長椅子へ腰掛けていた。


「ーーお待ちしておりましたローランド殿」


「…朝食時を外して良かった。礼儀として、というのもあるがご婦人に慌てて面会の準備をさせるのは宜しくない」


 眼前の王女の容貌は顔面施工(化粧)を必要とするとは思えなかったが女性には男性が知る由もない準備をしなければならないという事をなんとなくではあるが察している彼は軽口を漏らしつつ彼女の対面へ腰を降ろした。


「…それはそうと…本日のご用向きは…昨日の返答という事で宜しかったでしょうか?」


「あぁ、そうなる。その前にだが…扉の前にいる兵士へ後で言っておいてくれ」


「なんでしょう?」


 脚を組みつつ用件を切り出さない彼へ王女は不思議そうに首を傾げながら尋ねた。


「武装解除は良いが…もう少し身体を検めるようにだ。目に見える武器が全ての武器とは言えないからな」


「まあ…それはどういう意味でしょうか? もしや暗器の類いをお持ちなのですか?」


「…暗器…と言えるかは微妙な所だが…極論すれば、俺は全身が武器のようなものだ。その気になれば人間の一人は瞬きする間に息の根を止められる」


「恐ろしいと思うべきか…頼もしいと思うべきか…悩み所ですね…」


「…俺が言うのもなんだが…変わっているな」


 思案顔で適当な言葉を探す王女の姿にショウは喉の奥から苦笑を漏らした。


「ふふっ…良く言われます」


 釣られるように王女も苦笑を微かに漏らす。


 一頻り苦笑した所で彼は深呼吸をして姿勢を正すと対面の彼女へ視線を向けた。


「回りくどい事は無しにしよう。結論から述べるが昨日の依頼については請け負わせて頂く」


「…宜しいのですか?」


 確認のように王女が尋ねると彼は首肯する。


「雇用の人員については俺一名。相方がジャスミン…昨日のむすめと契約を結び直した。かなり無理矢理だがこれで二重契約にはならないだろう。なによりこちらは報酬が良い。あのには悪いが…やはり先立つ物が欲しいというのが本音だ」


「…報酬については昨日の条件で構いませんか?」


「あぁ。ところで契約を結ぶ前にいくつか尋ねたいのだが…」


 ショウが伺うように王女を見遣ると彼女は首肯して先を促す。


 それを見た彼は、ならばと口を開いた。


「まずそちらの手勢だがご婦人と昨日の小僧以外は何名が同行する?」


「戦力については兵士が15名、ラクダは20頭となります」


「…随分と少ないな…」


「大所帯では目立ちますから…」


 本当にそれだけだろうか、と彼は疑いの眼差しを一瞬、王女へ向けたが瞑目して深呼吸すると瞼を開きつつ更に質問を続ける。


「砂漠越えの準備はどの程度まで完了している? 特に食糧や水については?」


「8割ほどは完了していると聞いています。万が一、砂漠で水不足に陥った際は術師が魔法を用いて水を。…かなり魔力と体力を消費するのであまり多用は出来ませんが…」


 だとしても砂漠のような乾燥した大地で水が出てくるというのは彼からすれば驚き以外の何物でもない。

 ショウは砂漠越えの最中に水不足となれば、ラクダを一頭殺して胃袋の中にある水や未消化の草などから絞った水分を飲んで凌ごうと考えていた程だった。


「…そうならないように行路の設定と準備はしっかりやってくれ。こっちは土地勘がないんでな」


「分かりました。…他にお尋ねになりたい事は?」


 王女が尋ねて来るも今はそれ以外に特別思い付かずショウは首を横へ振った。


「…契約書を交わしたいが…良いか?」


「構いません。今、紙とペンを用意させます」


「ペンだけで構わん。契約書は持参した」


 王女を制したショウがポケットへ仕舞って来た羊皮紙を取り出し、纏めて丸めていた二枚を対面の彼女へ手渡した。

 纏めていた紐を解いた王女はその書面の内容を吟味するよう上から下までを通読する。




 傭兵雇用契約書


   雇用主:エルザ=ラル=シルヴェスタ

  護衛対象:同上

 被雇用傭兵:ショウ・ローランド

  契約内容:被雇用傭兵であるショウ・ローランドは雇用主兼ねて護衛対象たるエルザ=ラル=シルヴェスタに対して行われる殺害、暴行等を始めとする傷害の意図を持つ個人或いは集団をあらゆる手段を以て無力化すると共に目的地である王都へ五体満足で辿り着くまで護衛を務める事を誓約する。金銭的報酬については前金2万リール。依頼達成後に同額を支払うものとする。

 尚、上記が達成せざる場合については金銭的報酬の全額を返納する事を重ねて誓約する。



 流麗な書体が綴られている契約書に王女は感嘆の溜め息を溢し、次いでここまで綺麗な書体を綴れるという事は相応の身分だったのではないか、という憶測が脳裏を過る。


「ーー何か気になる点でも?」


 押し黙ったまま契約書を読む王女を訝しんだショウが問い掛けると彼女は慌てたように首を横へ振った。


「…いえ…このままで構いません。…誰かある?」


 王女が扉の前で警備する兵士を呼んだ。

 静かに扉が開けられ、兵士の一人が顔を覗かせると王女はペンとインク、燭台、そして封蝋を持って来るよう頼んだ。


 兵士が鎧の金属音を響かせて立ち去るのを耳で捉えつつショウは脚を組み直し、眼前で再び二枚の契約書とにらめっこする王女の様子を伺いながら兵士が戻って来るのを待った。


 暫くして兵士が彼女が望んだ品物を持参し、机上へそれらを置くと頭を下げて退室する。


 礼を告げた王女は応接室の棚へ納められていた小箱を手にして長椅子へ戻ると蓋を開けて革袋を丸ごと取り出した。


 インク壺へ羽根ペンの先を浸け、二枚の羊皮紙の下部へ自身の姓名を彼に負けず劣らずの流麗な書体で綴った王女はペンを置くと火が揺らめく燭台へ棒状の赤い封蝋を近付けて溶かし始める。


 火で炙られた蝋が滴り落ちる寸前で綴った姓の端へ雫となった赤い蝋を何滴か落とすと右手の薬指へ嵌めている指輪を抜き取り、印璽となっている部分を羊皮紙へ落ちた蝋の上へ押し付けた。


 20秒ほどそのまま押し付けた後に指輪をゆっくりと上げると薔薇を象った紋章が浮かび上がっている。


 もう一枚へ同様の手順で印章を捺す間に、と王女が彼へインク壺へ刺さったペンと封蝋が済んだ一枚目の契約書を差し出した。


 それを受け取ったショウは羽根ペンを取り、王女の下へ自身の姓名を書き綴りーー念の為に、と綴ったばかりの姓名の更に下へアルファベットで小さく再び姓名を書いておいた。


 二枚目にも封蝋が済み、それと書き綴ったばかりの契約書を交換するように彼と王女は差し出しと受け取りを同時に行う。


 最後の一枚へも同様にこちらの言語とアルファベットの二通りの文字で姓名を書き綴ると相違がない事を示すかの如く、彼は書き終わったばかりの契約書を王女へ見せ付けた。


「……はい、確認しました。……ではこちらが前金となります」


 王女が机上へ置いていた革袋を手にして彼へ差し出す。


 それを受け取った彼は口を縛っていた紐を解いて中身を軽く確認してから再び革袋の口を閉じた。


「ーーでは、これで契約成立だ。契約書についてはそれぞれ一枚を持っておく形にしたい」


「畏まりました」


 頷いて了承した王女を認め、ショウは右手を差し出す。


 握手の仕草だがーー昨日の光景を思い出した王女は自身の右手を差し出すのを躊躇ってしまう。


 それを見たショウが喉の奥から苦笑を漏らした。


「大丈夫だ。あの小僧のような事はせんよ。契約成立の挨拶だ」


 肩を竦める彼の言葉に促され、彼女は差し出された節榑ふしくれ立つ右手とは真逆の手入れが良くされている上、細く折れてしまいそうな右手でおずおずと彼の手を握った。


「ーー取り敢えず宜しく頼む」


「ーーこちらこそ宜しくお願い致します」



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