依頼020
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サバゲー行きたいなぁ…(「・ω=)▄︻┻┳═一・
ショウやオルソンは銀髪という髪の色を持った人物を直接、目にしたのは初めてだ。
白金に限りなく近い金髪、という人間が存在している事は認知していたが、その殆どは生来のものではなく脱色や染めるなどの人工的な手段を用いているという知識だけは持っていた。
ショウは凝視するように対面に腰掛ける女性の髪へ視線を向けて観察を始める。
触り心地の良さそうな艶のある髪は腰ほどまで伸ばされており、手入れを欠かしていない事が察せられた。
彼は遺伝子疾患によって銀髪であるのか、と考えてしまう。
確かに肌は白いが色素異常にしては血色が良い上、瞳も赤いという訳ではない。
そもそもその病気は銀髪というよりも白髪となり、加えて日射しが強い砂漠には足を運ばないだろう。
女性の整えられた眉毛も髪と同色であるのを見ると天然のーー生来の銀髪である可能性が高いと結論付けた。
「…あ、あの…どうかなさいましたか?」
黙って凝視するショウの様子が不審だったのか女性が不安そうに声を掛ける。
それに気付いた彼は少しハッとした様子で咳払いをした。
「…失礼…やはり綺麗な銀髪だと思って見惚れていた。…灰色掛かった白金の髪、というのは見聞きした事はあるが…。尋ねるが…その髪は生来の?」
「えぇ、そうですが…」
考える素振りもなく頷かれ、ショウは再び銀髪の女性をーーその髪へ視線を注ぐが、傍らのジャスミンの様子が妙だと気付いて横目を向ける。
「ーー銀色の髪…!」
彼女もショウと同じく銀髪の女性を見詰めていたが、その身体は小刻みに震えていた。
慌てたようにジャスミンは席を立とうとするが、その仕草を対面の女性が手で押し留める。
「その必要はありません。楽になさって下さい」
「で、ですが…!」
「良いのです。…さぁ…」
冷や汗が額から伝うジャスミンに女性は慈愛の微笑みを浮かべつつ着席を促した。
おそるおそると言った様子で彼女が再び腰を下ろすと背後の壁へ背中を預けていたオルソンが小首を傾げながら尋ねる。
「どったの?」
彼から問われ、ジャスミンは冷や汗が額を伝う中、唇を震わせつつ呼吸を整えようと荒く息を吐き出す。
「この御方は…!」
やけに緊張しているな、と隣で少女の様子を見守るショウは落ち着けと囁きながら背中を擦ってやる。
「深呼吸しろ。息を深く吸って吐くを繰り返すんだ」
極度のストレスが心身の負担となる戦地における戦闘員の緊張状態緩和を目的として提唱され、効果が認められた戦術的呼吸法でも教えようかとショウは考えたが、銃弾飛び交う戦場でもあるまいし不要と判断したのか普通の深呼吸を繰り返すようジャスミンへ告げる。
だんだんと少女の額からは汗が引き、表情も心なしか穏やかになったのを認めたショウが擦っていた手を離した。
「過呼吸になる前に落ち着いて良かった。……で、何を言い掛けたんだ?」
流石に数分を掛けて深呼吸すれば落ち着いて話も出来るだろうと彼は改めて少女に続きを促す。
だがジャスミンは先程よりも落ち着いてはいたが、口にするのは憚られるのか生唾を飲み込むだけで言い掛けた事を話そうとはしない。
「ーー遅くなりましたが…宜しいでしょうか?」
「ーー殿下…!」
少女が名前を口にしないのを見て銀髪の女性が自身で名乗ろうとすると傍らの青年が押し止めようとする。
その青年が口にした“殿下”という敬称にショウとオルソンの眉が跳ね上がった。
彼等の知る限り、その敬称を付けて呼ばれるに値する人間というのは極僅かである。
彼等の脳裏に嫌な予感がよぎる中、青年を手で制した銀髪の女性が長椅子から立ち上がると纏った衣服の裾を両手で軽く摘みつつ微かに頭を下げる。
「ーー私は…エルザ。エルザ=ラル=シルヴェスタと申します。どうぞお見知り置きを」
耳の保養になる高音で紡がれた名前。
それを名乗った女性は頭を上げると再び長椅子へ腰掛けた。
「…宜しくお願いする。…つかぬ事を尋ねるが…構わんか?」
「なんでしょう?」
首を傾げつつも頷いて女性はショウに先を促した。
質問の許可が下りると彼はこの場で最優先に尋ねなければならなくなった事項を確認すべく口を開いた。
「…自分の記憶違いかもしれないんだが…」
「はい」
「…この国の名前は…」
「シルヴェスタ王国ですが…」
「あぁ、そうか。記憶違いではないようで安心した。それで…先程、ご婦人はなんと名乗った? ご婦人へ二度も同じ事を尋ねるのは心苦しいが…耳がおかしくなった可能性がある」
昨夜は散々と狙撃していたのもあって、銃声は容赦なく耳栓をしていない鼓膜を震わせた。
これまでの戦場生活でショウは砲声や弾着による轟音、手榴弾の炸裂音等で何度か鼓膜は破れている。
その度にのたうち回る程の激痛が襲い、暫くの間は平衡感覚へ支障が生じたが知らぬ間に酷い難聴を患ってしまっていた可能性も拭えなかった。
念の為に彼はもう一度、名前を尋ねると女性はきょとんとする。
「…エルザ=ラル=シルヴェスタですが…」
「あぁ、申し訳ない。やはり耳がおかしくなったようだ」
「相棒、奇遇だな。俺も聴覚が変になっちまったみてぇだ」
相方もどうやら知らぬ内に難聴を患ってしまっていたらしい。
こちらの世界に腕の良い耳鼻科の医師はいないだろうか、と奇しくも互いに考えていると青年の顔が紅潮し始める。
「貴様ら無礼であろう!」
「…無礼と言われてもなぁ…」
辛抱が足らない小僧だ、とショウは顔を真っ赤に染め、唾を吐き飛ばさんばかりに怒り心頭の様子の青年を一瞥しつつ内心で呆れの隠った嘆息を吐き出す。
「…申し訳ないが…我々はこの国を訪れて日が浅い。貴族や王族の対応はどうすれば良いのかさっぱりだ。…念の為に尋ねるが…ご婦人は…王族か?」
「はい。第一王女となります。王位継承権は第二位ですが…」
「…こりゃ参った…」
薄々と察してはいたが、王族どころか次期国家元首となり得る可能性が高い人間。
改めて名乗られた身分の高さにショウは溜め息混じりに天井を仰いだ。
「…本当なら今すぐにでも帰りたいんだが……後学の為に聞こう。王女殿下ともあろう方が何故こんな砂漠まで?」
「それは…」
彼からの問い掛けに女性ーー王女は視線を泳がせる。
「…誰にも言い触らさんよ。どうせ言っても信じてもらえん。ここに王女がいる、なんて誰が信じる」
「心配なら誓約書でも書こうか? 俺達を縛るにはそれで充分だぞ」
彼等が続けて告げると王女は生唾を飲み込んだ後、深く息を吐き出した。
「私からもお尋ねしますが…何故そのような事を?」
「特別これといって意味はない。単なる好奇心からだ」
「過ぎた好奇心は身を滅ぼす原因ですよ?」
「それは尤もだ。だが…卑しい傭兵風情に王女殿下が護衛の依頼を出した。その名誉を…賜ったかもしれない身としては何故、王女殿下がこんな僻地まで足を運んだか無性に気になる」
「貴方は…そのように名誉を重んじる方には見えないのですが…」
「あぁ、自覚してる。名誉なんぞ道端の犬に食わせれば良いと思ってる手合いだからな」
この短い時間で自身の性分を言い当てた王女に彼は面白そうに口角を吊り上げた。
久々に話していて面白い人間と出会えたーーとショウは不思議な程に王女との会話が楽しいとすら思ってしまっていた。
先にどちらが諦めるのか。
言葉の応酬を交わしていた両者だったが、先に折れたのは王女だった。
深々と溜め息を吐き出した王女がショウへ視線を向ける。
「ーー岩塩です」
「…岩塩?」
王女が告げた物質の名称に彼だけでなく、オルソンやジャスミンも首を傾げる。
「…街で岩塩を使った料理は召し上がりましたか?」
「…まぁ…調味料として色々な料理に使われているようだからな。それなりには食べたと思う」
塩気がある料理ーー特にラクダ肉を使った串焼きを好んで口にしたショウは屋台の店主が焼き上がった串焼きを提供する寸前、肉へ粒子の細かい塩を振り掛けていたのを思い出した。
「この砂漠ーージョルザンド砂漠から採掘される岩塩は我が国の重要な輸出品のひとつです。品質も良く、食品だけでなく美術品の素材としても用いられます」
「…俺からすれば塩とは重要な軍需品ーー糧秣という認識が強いんだがな」
「えぇ、その認識も間違いはありません。事実、我が国が強国となり得たのは砂漠から採掘される岩塩の他に沿岸部での製塩があってこそ、と言っても過言ではありません」
それは行軍の際に将兵へ配給する塩が潤沢であり、不足する事はない。そして品質の良い塩を輸出品として売り捌き、莫大な外貨を得た事により国力、ひいては軍事力の強化に繋がったという意味だろうとショウは捉えた。
「ーーこの一月の間、採掘された岩塩を運ぶ隊商が何度も盗賊の襲撃に遭っており少なくない数の積み荷が強奪されているのです。先程もご説明した通り、岩塩は我が国の重要な輸出品のひとつ。このまま横行するのをただ見ている事は出来ません」
「…その調査に殿下が派遣された、と?」
ショウが尋ねると王女は頷いてみせる。
目を細めた彼は真意を探ろうと視線を向けつつ口を開いた。
「…俄には信じられんな」
「信じずとも結構です。これが事実ですから」
断言した王女はまるで睨むような眼差しを向けてくるショウに負けじと視線を送る。
溜め息を吐き出した彼は視線を逸らすと話の続きを切り出した。
「……で、報酬については?」
ショウが尋ねると王女は黙ったまま腰を上げ、応接室の片隅に置かれた棚へ鎮座する小箱を開け、その中から革袋を取り出す。
革袋を持ったまま腰掛けていた長椅子まで戻った王女は身を乗り出して彼へそれを手渡した。
「お二人を雇った場合、一人につき2万リールを前金としてお渡しします。王都へ到着次第、同額をお支払いするつもりです」
革袋の口を縛っていた紐を解いたショウが中身を検分する。
指先で摘み上げた金貨は美しい黄色の光沢を放って輝いている。
紛い物かどうかを確認する術は簡単だが、噛んで歯形が付けば本物。メッキを張った紛い物は硬くて歯形が付かないという事は知っていたが、おそらく本物だろうと考え、ショウは摘まんでいた金貨を革袋へ戻すと口を縛り、腕を伸ばして王女へ返却した。
「ーー即答はしかねる。事が事なのでな。受けるか否かに関しては猶予をもらいたい」
「あまり長くは逗留致しません。二日後には出立の予定です」
「…分かった。では明日までに結論を出すとしよう」
話し合いはここまでーーと彼は暗に告げ、長椅子から腰を上げた。
それに続いてジャスミンも立ち上がり、対面の王女へ深々と一礼する。
王女は微笑みを浮かべながら頷き、身を翻す彼と少女に視線を向けた。
オルソンを促して退室しようとする一行が扉へ手を掛けた刹那、王女がショウを呼ぶ。
「ローランド殿、で宜しかったでしょうか?」
「…なんだろう?」
名を呼ばれた彼は肩越しに長椅子へ腰掛けたままの王女へ振り向いた。
「…対等にお話出来る方とお知り合いになれて…とても嬉しかったです」
「…そうか」
微笑みを浮かべて口にした王女を一瞥した彼は扉を開けると真っ先に退室して行った。
アルビノの方々を差別する目的を以て、文中で書いた訳ではありません。もしお気に障る方がいらっしゃれば大変申し訳ありません。改訂させて頂きます。
不敬罪で首チョンパされても仕方ない物言い。
でも交渉する時点で彼等からすれば「対等な関係」となるのです(超暴論