File.5「そんな即断しなくても……」
「────ん、お、やあやあやあ、これはこれは、久し振りだね」
「………ああ、そういえばそうね」
「どうしてそんなに残念そうなんだい?」
「残念というより、無念ね。どうしてまたここに来てしまったのかしら」
「さて、ね。それにしても本当に久し振りだねえ。元気にしてたかい?」
「まあ、概ね」
「何か変わったことは?」
「んー………別にないけど。強いて挙げるなら、そうね。高校を卒業して大学に進学したわ」
「おお! それはそれは、おめでとうございます」
「有り難う」
「それじゃあこれからは新生活?」
「まあ、そうなるわね」
「地元?」
「全然。結構離れるわ。海を越える距離ね。飛行機で」
「そっかそっか。まあ、ともあれめでたいことだ。何か進学祝いを贈ろう」
「いらないわ」
「そんな即断しなくても……」
「まあ、悪いけど。ここってろくなものなさそうだし、あなたは何か意味もなく無駄に凄くアヤシゲな何かをくれそうだし」
「興味とか、持ったりしない?」
「しない。気持ちだけもらっておくわ」
「そっか………残念。でもあれだ、新生活、環境も大きく変わるわけだし……友達百人できるかい?」
「できないわ。いらないし」
「そんなこと言わずに。サークルとかは入らないのかい?」
「入るつもりはないわ」
「んー……でもまあ、どこで気が変わるかわからないしね」
「それはまあ、そうだけど。今のところ、ね。今のところサークルとかに入る気はないわ」
「どうしてまた、そんなに頑ななんだい?」
「どうしてというか……これ以上、新しいコミュニティを作りたくないのよ」
「閉鎖的だねえ。人の輪は広げておいた方が、いろいろと役に立つかもよ?」
「皆そう言うのよ。コミュニティは作っておけって。でも、可能な限り避けたいわね」
「何で?」
「人間関係にはもう疲れたのよ……と言ってもまあ、高校のときだって大したコミュニティを作ってたわけでもないんだけどさ」
「合理的にさ、何かで困ったときに頼りにできる相手って言うのは、せめて一人くらいは必要なんじゃないかな? 言い方は悪いけど、情報源として、とか」
「確かに、その利便性を否定はしないわ。困ったときに相談できれば、不安だとか不信感だとかを軽くすることはできるでしょう。でもね、それくらいのメリットなら問題なく切り捨てられるわよ」
「えー」
「わからないことがあれば担当の何かしらに訊いてみればいい。赤の他人でも訊いてみれば何かしらの答えは返してくれるでしょ。そうやって、とりあえずはその場しのぎでいいわね」
「んー、でもさ、どうしても一人じゃどうにもならないことって、きっとあるよね。そういうときはどうするの?」
「そういうとき? 簡単よ。すっぱり諦めるわ」
「え、諦めるの?」
「諦める。ていうか、諦めるしかないでしょう? そうね、例えば、人間は空を飛びたいから飛行機を作って、海を渡りたいから船を作った。だから、空を飛びたければ飛行機に、海を渡りたければ船に乗ればいい。でも飛行機も船もないなら、空を飛ぶことも海を渡ることもどうしたってできないでしょう? まあ海は死ぬ気で泳げば行けるかもしれないけれど。とにかく、空は人間単品じゃあどうしようもないんだから、すっきり諦めるしかない。長々と話したけど、おおよそそんな感じ」
「んー……」
「高校を卒業する前にね、一度、最後のクラス会みたいなものに参加したの」
「ほほう」
「意外でしょ? 私が自発的に参加したわけじゃないのよね。唯一仲良くしてた保健室の先生に、話のネタにそんなことがあるのよねーって話をしたら、一応、参加してみたら? 将来の話の種になるかもよって言われて。そんなものかな、って思って、まあ一応参加してみたのよ」
「その人の言うことは素直に聞くんだね……」
「付き合いも長いしね。ん、そういえば、あなたとあの人って何となく雰囲気似てるのよね……」
「まあそれはともかく、参加してみたんだね。どうだった?」
「保健室の先生には悪いけど、がっつり後悔したわ」
「そんなに? どうして?」
「もともと、私ってクラスにとけこんでなんかいなかったのよ。浮いてたかどうかはわからないけど、まあ浮いてたでしょうね。親しく話す相手なんて一人もいなかったのよ。ほら、この眼力のお陰で、黙ってても恐がられてね」
「眼力は……まあ、強いね」
「クラス会は、バイキングレストランで夕食だったわ。大体六人前後に席がランダムに割り当てられてね。皆はその席当てに大騒ぎしていたけど、私はどこに座ったって大差ないから冷めてたわ」
「うん」
「そうこうしているうちに席が決められてね」
「席に着いたわけだね」
「そして周りは、大して親しくもない人たち……まあ私にとって、だけど」
「他の人たちは、皆仲良く?」
「ええ、とても楽しそうに」
「うわお」
「しかもね、三人掛けの真ん中」
「おぉう」
「私だけブラックホールのように無音。それでも気は使ってくれてるのか、私の頭越しに会話することはあんまりなかったわ」
「ふむ」
「まあ四面楚歌ね。嫌なものよ。周りは周りで気を使わせちゃってるし、私は私でできるだけ会話の邪魔にならないように小さくなってるし。食べてるものの味がしなくなるってことはなかったけど、まあ美味しくはなかったわね」
「んー……それは、君が積極的に話に入っていけばよかったんじゃない? って一応言ってみる」
「そうね。人に話しかけられる人間はね、簡単に言ってくれるのよ。積極的に話しかけなさいって。でもね、できない人間にはどうしたってできないのよ。そうできるようになれって言われてもね。そんな簡単に変われるなら、ここまで苦労したりなんかしないわよ」
「苦労してるんだ?」
「ええ。そりゃあするわ。二人でペアになってとか言われたときなんか地獄よ」
「大学ではそういう機会はなくなるのかな」
「さあ……ないといいんだけど」
「んー……まあ、とにかくも進学おめでとう。新世界へ進出だ!」
「憂鬱ねえ……新たな人間関係が構築されないことを願うわ」
「まあまあそう言わずに」
「ま、十年後も同じことを言ってるかどうかもわかんないけとね」