第八話 孤児院の日常 「獣王の森」
『獣王の森』
そこは、エルイムナ大陸の南東に位置する『ヴィナ王国』と、南に位置する『ミュレ王国』の領地を境に連なっている山々、『死竜山脈』を囲むように展開している大森林である。内陸と反対側には海まで森が続き、それは全長150キロにも及ぶと言われている。
王国の首都から、馬車で一月程掛かるこの森は、人族、亜人族共に生活圏から離れており開拓も行われていない。理由としては、距離の問題も当然有る。更に、森に住む生物の脅威が、特に問題視されているのだ。まだ理由は明かされていないが、森に住む猛獣、魔獣の類はどうしてか森の外に出ない。これによって、過酷なこの森の中で生きる生物は、皆総じて手強いモノとなっている。食料一つで奪い、争いを続け個体として強さを。弱いモノは群れ、欺き、不意を打って集団としての強さを其々(それぞれ)持っている。
魔獣は獣型に統一されているが、体長1メートルまでの小型から、3メートル以上の大型まで様々だ。一般的には、大型の魔獣の方が強いとされている。しかし、この森では小型の集団により、大型が狩られる立場と成る事もままある。
この危険な森でも、立ち入る者が全く居ない訳ではない。危険な場所で有る故か、未採取で高価な薬草の数々や、ここにしか生息していない魔獣の部位を狙って冒険者達が訪れる。中には死竜山脈を目的地として入る者もいるが、これは希である。山々には『魔獣』最強種と言われる竜型魔獣が多数生息しており、山頂付近には『大陸』最強種と呼ばれる空の覇者、竜族が居ると言われているからだ。
未開拓の森だからと言って、道が無い訳ではない。大型の魔獣が良く通る場所は踏み締められ、草木の生えない場所が道と成り、縦横無尽に続いている。
時に、陽が真上に差し掛かった頃。森の中で一組の男女が、小型魔獣の集団と戦闘を行っていた。
左腕を盾、時には武器とし、右手に持つナイフと使い分け戦闘を行っている男がいる。男の足には膝下まで覆うグリーブが履かれており、血に染まっている所を見ると足技も多用していると推測できる。更に両太腿には、小型のナイフを計20本入れられるベルトが巻いてある。全身は黒を基調とした旅人の格好をしており、動く度に僅かな金属音が聞こえる、服の下に鎖帷子でも着込んでいるのであろう。本来では動きが鈍く成っても可笑しく無い装備品の数々であるが、その様子は伺えない。
「シッ!」
男は、短く息を吐き出すと同時に左足を前へと踏み込む。そして、前方に向けて左手を地面と水平になる様突き出し、飛び込んで来た魔獣の口元に叩きつけた。その左手には、手の甲から前腕までを黒い籠手に守られている。グローブから飛び出している指には投擲用と思わしき刃渡り10センチ程の小型ナイフが握られていた。
次いで、重心を右足に移動させる。上半身を後方へと振り返り、逆手に持つ刃渡り20センチ程の幅広いナイフで、先程同様飛び込んできた魔獣の額目掛けて突き刺した。更に右足を滑らせ、身体を前方へ巻き込む様に半回転し、突き刺したナイフを素早く引き抜く。同時に、左手に持っていたナイフを、今にも飛び込もうとしていた魔獣へと投擲し牽制とした。
回転時、視界の端で3体の魔獣が一閃の下に両断された事、口元にダメージを負った魔獣が森の奥へ消えた事を確認している。態勢を整えると、ベルトから再び小型ナイフを引き抜き、周囲の状況を目視と気配で把握する。その後、素早く『定位置』まで跳躍……跳躍と言っても高く跳ぶような愚は犯さない。曲げた足を伸ばすことで、直ぐに地を蹴る事ができる様にしている。着地と同時に左後方2メートルの位置に人の気配が『戻る』。
二人は『再び』背中合わせの状態と成った。
『情報』
『目視3前方1。潜在0。以上』
『了承』
男の行動を見越していたかの様な、絶妙のタイミングで接続された念話には、必要な情報だけを短く返答する。戦闘中に長々とお喋りする趣味は、『彼等』には無い。念話が切れて5秒程の間を置き、女から殺気が膨れ上がるのを感じる。
「おらぁ!」
後ろから聞こえてきた怒声に合わせて、魔獣の足元へ小型ナイフを投擲、後方に飛び下がる時には、男は既に距離を詰めており、着地すると同時に右手のナイフを魔獣の首裏へと突き刺した。男が眼前の敵を仕留めた時には、後ろの気配も一人を除き既に感じない。目視できる距離にいる魔獣は全て片付いた様だ。しかし、そのまま戦闘態勢と警戒を続け、先程より広範囲の気配を探る。30秒程経ち、周囲に潜在する気配は感じられない。そこで初めて戦闘態勢を解いた。
「……感知範囲に気配無し……ふぅ、終わった様だね」
男は、戦闘態勢を解くと同時に魔獣の下へと歩き出す。投げたナイフを回収するのだろう。持っていたナイフにも、布を滑らせ血糊を拭き取る。
「ええ。……全く、全部で何体居たのかしら?」
一方女は、自身の身長の7割程有る大剣を、地に突き刺した状態でいる。血糊を拭き取る様な事もしない。大剣からは陽の光を思わせる暖かいオーラを放たれているが、見た目は黒の刀身に脈動する赤いラインで呪いの武器にしか見えない。更に良く観ると、付着した魔獣の血が赤いラインに吸い込まれている。地に飛び散っている血液も同様だ。脈動と相まって、まるで『飲んで』いる様にも見える。
女の格好は、男と同型で蒼を基調とし、所どころに白いラインが走った防具類で有るが、籠手は両腕に付けられている。小型ナイフの代わりに、左腰には幅10、長さ30程の布が垂れていた。布の先にはフックが取り付けられているので、右手に持っている大剣を挟み込んで携帯しているのだろう。金属が所どころ取付けられており、防具の役目も果たしていそうだ。
「全部で31体だよ、逃げたのを除くと28体。まさか個体別に3種の集団が、同時に襲ってくるとはねぇ。それに、途中からは中々の連携だったよ。……初めに飛びかかってきた魔獣からは、俺達が余程弱く見えたのかな?」
男は女が零した疑問に答える。同時に、回収した小型ナイフにも布を滑らせ、終わるとベルトに差し込むという作業を行っている。
「……チッ、犬っころ風情が調子に乗りやがって」
こちらは『処理』が終わったのか、女が剣を腰の布に収めながら零す声音には、不愉快という感情を顕わにしていた。
「……よし、終わり。血に集まって来られても困るし、早めに離れようか。セイラ」
「確かに。進んで相手したい訳じゃないしね、行きましょうか。リヴァ」
先程まで戦闘を行っていた男女、リヴァルとセイラは、武器の手入れを手早く済ませ、血の匂いに釣られた魔獣と遭遇しない様、足早にその場を後にする。共に、先の戦闘では傷一つ負っていないが、戦闘狂という訳でも無いので連戦する可能性を少しでも減らしたい。襲って来た魔獣の素材を剥ぎ取らない理由も同様だ。
更に、彼等が森に入ってから既に2日が経っている。森まで来るのに3日程掛かった事を考えると、悠長にしている時間も無い。帰りの時間を考えると、今日を含め残り2日しか無いのだ。帰りを急いだとしても3日は無いだろう。
* * * * * *
森に入って初日は、比較的浅い位置での調査を行っていた。クオンからの情報によると、初めに消息を絶った上位冒険者は、森の浅い位置での依頼を受けていたとの事だったからだ。調査を行うに連れて何かしら分かるかもしれない事と、脅威があるのなら早めに排除したいと考えたのだ。強い魔獣がいるのなら、疲労が蓄積した状態で出会すのは勘弁願いたい。
森には之といった入口が有る訳では無いが、道中に在る河や魔獣の生息地帯を考える事で、自ずと村から直進した位置と、他の村や町から向かった場合の位置が重なっている事が分かった。流石に上級冒険者と言えど、態々危険を冒して他の場所から森に入ったということは無いだろう……と祈っている。
アイノス村から森まで3日掛かる道中が、他の村では5日以上掛かるとの事だ。冒険者が村に集まった理由も分かる。森へと着く前に消耗したくは無いのだろう。森の入口付近には野宿の跡が多々残っていた。中には比較的新しい物も在り、現在森に他の者達もいるのだろうと思っている。
初日の調査では之といった収穫は無く、2日目には『例』の湖まで足を運んでいた。森の浅い場所では殆ど魔獣や獣に出会す事は無かったが、中程に入っていくと一変した。
遠目に様子を見るモノが殆どで有ったが、中には襲いかかってくる小型魔獣、中型魔獣が少ない訳では無い。大型とは未だ戦闘を行っていないが、それらしい気配も感じている。疲弊させるのが狙いか、はたまた他の魔獣に狩らせて横取りするつもりか、積極的に襲ってくる訳では無いようだ。戦闘中も気配は感じているが距離も在り無視している。何かしらの行動を取れば殺気から判断できるという事も有る。戦闘中で在れば油断するはずもない。何より、襲って来た魔獣達が不利と観るや直様気配感知の範囲から離れるのだ。そして時間が経つと又現れる。気持ちが悪い事この上なかった。
湖では、その広さと透き通る様な水に驚くこととなった。しかし、何故かその周辺に魔獣や獣の存在は無く、どこか不気味な静けさの残る場所であった。景色とは裏腹に嫌な気配のする場所では在るが、暫しそこで身体を休める事になる。湖までの道中、計4度の戦闘をこなしていたのだ。聞いていた話では、ここまで頻繁に襲われる予想はしていなかったのだが、冒険者が複数入っている様なので魔獣達もまた興奮しているのだろうかと考えていた。休憩後、クオンから聞いた『北方の民』を見掛けた場所まで移動する。
到着した場所には、人為的な何かが残っている訳では無かった。よって、彼等も休憩の為に寄ったのでは無いだろうかと考える。聞いた情報から、彼等が向かっていたと思わしき方向へと進み、暫くの間周囲の調査を行う事にした。引きずった跡や血痕、持ち物等を見つける事が出来れば手掛りとなる。周囲に眼を光らせながら調査を行う。道なりに進むとちょっとした広場に行き着くことになった。半径10メートル程の円形に渡り、草木が生えていない。以前は大型魔獣の住処だったのか、様々な動物の骨が散乱している。骨の風化具合から考えるに、かなりの時間放置されていた様だ。
クオンから聞いた話しによると、彼等を見掛けた冒険者は暫く湖で休んだと言っていた。つまりは、ここに行き着いた後、湖に戻った訳では無いのであろう。湖からの道中は一本のみで、脇道は無かった。何となく、在り来たりだなぁと同時に思った両者は、打ち合わせる事も無く、周囲を調べる事となった。そこで発見したのは、小型魔獣の通り道か人一人分程の幅を持った道が、更に奥へと続いていた。これを発見した時、互いに顔を見合わせ苦笑するしかなかったわけだが。
本来で在ればこのまま進みたい所だが、木々の隙間から見える陽も傾いていた。正確な時間帯を図る時には、紐で結んだエクスを空に放り投げたりと、小豆に調べてはいる。今からの調査では徐々に暗くなってくる時間帯となる。急いではいるが、この様な森で夜間に行動するのは愚策と言えるだろう。二人は調査を一旦打ち切り、森の外へと歩き出した。先程発見した通り道が解決への糸口であると半ば確信を持って。
* * * * * *
「漸く手掛かりが掴めそうね。あの道に死体でも落ちてないかしら」
「まぁ、ね。不謹慎とも思うけど同感だよ。この森に滞在するのは思ったよりも疲れるしね」
「全くよ。確かに外の魔獣よりかは強いけど、私達にとって然程の違いは無いから関係無い。一番面倒なのは数ね、切りがないわ」
小型魔獣との戦闘を終えて、現在は湖に向かって進んでいるリヴァルとセイラ。森に入ってからと云う物、一定時間置きに襲ってくる魔獣を相手取る事に、両者共に辟易としていた。今も一定距離を置いて着いて来る魔獣の気配を、常に感じ取っているリヴァルの精神は削られ続けている。
「ん?……またか。セイラ、湖に着いたら休憩しよう。感知範囲の境界を気取られているみたいなんだ。露骨に接近と後退を続けられて、疲労が蓄積してる」
「やってくれるわね……例の大型? 仕留めてきましょうか?」
「……いや、止めておこう。それ『も』狙いかもしれないしね」
「……分かったわ。急ぎましょう」
----ぃゃ〜〜!
「「っ!?」」
不意に聞こえた叫び声に反応し、リヴァルとセイラは瞬時に気配の位置を探る。リヴァルは周囲に敵意の有る存在がいないかを、セイラは声の方向を辿ったのか感知の気配を最大まで伸ばした様だ。広範囲の感知能力はリヴァルが上だが、一方向に向けた感知能力はセイラの方が上回る。声の上がった場所を把握したのか、道無き方向に身体を向けると、素早く解いた剣を右手に走り出す。同時にリヴァルもセイラの左後方2メートルの位置に付かず離れずを保ち続く。
走る。走る。走る。
進路は獣道にすら成っていない。その中を突っ切る形となったが、木々の間を縫うように体を滑らせ速度を落とさない。途中、魔獣や獣を見掛けるがセイラの射程範囲に入れば即座に斬られ、又は弾き飛ばされる。対象の判断は全てエクスに任せているのだろう、視線すら移していない。
後方に続くリヴァルも2メートルと言う距離を崩さない。彼が常にセイラとの位置関係を気にしている事には理由がある。戦闘中、常に勘と身体能力に任せて動いているセイラには隙が有る。通常、剣を左腰に添えている状態がセイラの構えであり、静止している状態では左方向からの攻撃に不意を打たれ易い。咄嗟に気が付く事は出来るが、どう動けば良いのか判断出来ない様だ。戦闘に集中し、常に動いている状態であれば、持ち前の身体能力で対処ができる。しかし、今の様に一点に集中している状態、又は静止状態では致命的な隙となる。それを防ぐため、2メートルというセイラの邪魔に成らず、支援ができる距離を意識している。
悲鳴が聞こえ、セイラと共に動き出してから約1分、未だ森を駆けている。緊急の事態で在ったのならば致命的な時間となるだろう。
(……不味いな、間に合うか?)
リヴァルは既に間に合わない可能性も考え出している。聞こえて来た声の大きさから、距離が離れている事は予想出来ていたが、道無き道を通る事は考えに無かった。初めにセイラが動き出した時、止めるかどうかを迷いもした。しかし、道順が分からないと直ぐに思い至り素直に続いたのだ。
時間にして約2分が経った頃、セイラの進む先に光が差し込むのが見えた。どうやら広場に出る様だ、近づくに連れ、セイラの放つ闘気が増している。それにより、リヴァルは目的地が近い事を察する。
広場に飛び出すのは同時であった。広場は、大体縦20、横100メートル程の長方形型に広がっている。飛び出す瞬間に、1体の大型魔獣と人型が4つ、内3つが倒れ伏している事を確認した。悲鳴を上げたのは大型魔獣の1メートル程前にいる女性と当たりを付ける。魔獣の方も、自分達が飛び出す前から気づいていたのか、身体ごとこちらに向けて威嚇していた。
----グルルルルぅ
(あの魔獣は確か……居た……あそこか)
セイラは、着地の瞬間に魔獣の方向へ身体を向け腰を落として待機している。リヴァルは、着地した状態の侭、視線だけで辺りを見渡し、同時に感知を広げる。目視と感知を同時に行い情報収拾を終える。
『情報』
『目視1。潜在1、左前方距離200。風魔法。咆哮注意。以上』
『了承』
念話での遣り取りで注意事項を告げ、臨戦態勢をとる。
魔獣の名前は『ハンターウルフ』。体長3メートル程で大型魔獣に位置付けられている。風魔法と素早い身のこなしで翻弄し、隙を見せた瞬間に襲いかかってくる。風魔法は、咆哮した時に衝撃波となって対象の動きを止める効果がある。格下相手には、戦意を折る効果も有るとの事だがセイラに通用する事はない。この魔獣の特徴は、雄と雌の『2体』で狩りを行う事だ。正面に立つ雄が相手を翻弄し隙を作る。その隙を雄が突けなかった場合は、隠れていた雌が奇襲するのだ。リヴァルは、魔獣を一目見た瞬間に、もう一体の存在を確信し感知を行っていた。
情報が届いたのだろう、セリアの闘気に殺気が混じっている。魔獣との距離は50程。セイラの膝が落ちた一瞬、リヴァルは小型ナイフを森の方に投擲する。それに合わせる様にセイラが飛び出す。滑空状態で魔獣と女性の間に入り、地に足を付けた瞬間に横凪の一閃を放つ。この斬撃は魔獣には当たらず、後方へ下がらせるだけに留まった。しかし、セイラの顔には悔しさは無い。元々魔獣と女性の距離を離す事が目的であったからだ。セイラが斬撃を放つ頃には、リヴァルも定位置に付いている。視線は森に向いた侭である。リヴァルの視線は何かを追うように動いており、その先に雌のハンターウルフが居るのだろう、時折ナイフを動かし牽制している。
「ぁぁ……ぅ……ぁ……た、助け「うるせぇ、気が散る黙ってろ」 ひぃ!?」
相当怖い思いをしたのだろう、女性の顔は涙と鼻水で酷い事になっていた。その瞳には、まるで暗闇の中で小さな灯火を見つけた様な、僅かな光を宿している。しかし、女性が必死に絞り出した言葉はセイラによって遮られる。実際戦闘中、それも目と鼻の先に魔獣が居る状況で話しかける等邪魔でしか無いのだ。リヴァルは、横目で怯える女性を観ると、大きな怪我はしてないが全身砂まみれに成っている事に気が付いた。
(……成程、遊ばれていたのか)
女性と現在倒れている者達とは距離が空いており、女性もまともに立ち上がる事も出来ていない。その状況で生きているのだ。魔獣に甚振られ、遊ばれていたのだろうと推測できる。
再びセイラは左腰に剣を添えて、腰を落とした。魔獣はセイラの速度を警戒したのか、注意深く観ている。飛び込んで来た瞬間回避行動に移るのだろう、が
「遅ぇよ、犬っころ」
一瞬にして踏み込んだセイラは、再び横凪の一閃で魔獣の前足を叩き切った。そのまま慣性に従い身体ごと回転、左上段からの袈裟斬りで魔獣の頭部は弾け飛ぶ。セイラが立っていた場所には、まるで粘土を踏みつけた様に地面が埋没していた。
初擊では、女性と魔獣の立ち位置、更に女性の安全確保も出来ていなかった為、態と避け易い攻撃を行っていたのだ。もう一体はリヴァルが留めており、攻撃に専念できる。魔獣の反応速度も先の動きで把握している。この状況で在れば、大きい的でしかない。リヴァルからの情報で相手が魔法を使えることを知ったセイラは、攻める時は即座に処理すると決めていた。
番の死に怒りを感じたのか、雌のハンターウルフが雄叫びを上げ、森から飛び出して来た。狙いはリヴァルと女性の様である。
(……無駄だ)
森から出た瞬間、魔獣の後ろから『糸』が飛び出し魔獣に絡みつき拘束する。魔獣の動きが止まった時を見計らい懐まで踏み込んだリヴァルは、首下にナイフを突き立てる。魔獣が暴れる中、刺したナイフを素早く抜き取り、その場で回転。遠心力を乗せ、傷口を狙って搗ち上げる様に蹴擊。魔獣の首からは血が吹き出し、次第に動きは弱まり遂には止まった。
魔獣の死を確認すると、再度感知を行い周囲を調べる。付近に魔獣の反応が無いことを確認すると戦闘態勢を解いた。
「……お疲れ様。セイラ」
「お疲れ様。リヴァ」
戦闘の労いを互に掛け合い、セイラとリヴァルは倒れている者達の息を確認していく。
(二人共駄目か……皮装備一式だね。ランクは高くなさそうだ)
倒れている者達は冒険者で間違いないだろう。この森に一般人とは考えにくい。装備品は総じて低級。下級の冒険者と判断した。幅広く使われている皮の防具でも、大剣を持つような戦士が着る物では無い。
「……こっちは全員駄目だったよ。そっちはどう?」
「こっちも駄目ね。生き残りは、一人だけみたいよ……あの子どうしたの?」
「何か気絶したみたいなんだ。……魔獣を倒した時に安心したのかな?」
「こんな所で気絶?まだ森の中なのに……勘弁して欲しいわ。叩き起こしましょう」
リヴァルから理由を聞いて、セイラは呆れ果てている。確かに眼前の脅威は去ったが、まだまだここは森の中程だ。気を休める場所では無い。
「確かにね。魔獣が集まってくる前に起きてもらわないと困るし」
セイラの提案に了承の意を示す。リヴァルとセイラの二人で在れば、魔獣の脅威はそこまで感じない。しかし、一人分の荷物を抱えてしまえば苦戦するだろう。二人としても時間が無く、遅れた分の調査を急ぎたい。悲鳴を聞き急いで助けに来たが、それは眼前の脅威に対してのみだ。過保護にするつもりは毛頭無い。かといって気絶している状態で離れるのもどうだろうかと考えた上だ。起こした上で別れれば義理は果たせるだろう。一人で生きて帰れるかは分からないが、冒険者なのだから覚悟も有るだろうと思っている。
(早く調査に戻るとしよう……でも、騒ぎそうだなぁ)
腹を踏まれて、飛び起きた女性は咳き込み。セイラに文句を言ってる様だ。当初感じた、気弱な姿はそこになく喚き散らしている。この後、一人残った彼女を置いて行くと言えば、どう反応するかは想像に難しく無い。リヴァルは深い溜息を吐き出しながら、騒動の下へと足を進めるのだった。
戦闘描写って難しいな……
評価をくださった方、ありがとうございます。書き出した当初は、気にしてはいなかったのですが、貰えると嬉しいものなのですね。
この章はもう少し続きます。最後までお付き合い頂ければと思います。よろしくお願いします。