第五話 孤児院の日常 「領主」
ゴリゴリゴリ……
「そうか、『領主』が来るんだ……え?明日来るの?それはまた……急な話だね。確かにそろそろ時期ではあるんだけど」
ゴリゴリゴリ……
「へい。ほんのつい先程、領主の遣いが来やして『明日には領主様が御見えになられると!村の長に伝えろ!』って言うだけ言って帰っていきやしたぁ。まぁ、村人連中の面見て逃げ帰ったってぇ感じでゃしたがぁ。遣いの者も知らねぇ顔だったってぇ話でさぁ」
ゴリゴリゴリ……
「何時もの人じゃなかったんだ?それに、今までなら最低でも伝えに来て5日後だったのに。
……何かあったのかな?伝え方も気になるね。初めは酷かったけど、その後は穏やかに対応してきてたのに。……領主が変わったとか?何か知ってる?……ん、もう少しかなぁ?」
ゴリゴリゴリ……
「いやぁ、分かりやせん。こんな辺境に有る土地でも、領主が変わったりすりゃぁ御触れ位出ると思いまさぁ。そういった噂も聞きやせんし。……何かあってぇ気が大きくなってんでしたら『また』姐さんに絞めてもらったら良いと思いやすがぁ。……俺としちゃぁ『あれ』が姐さん裏切るたぁどうも思えやせんがねぇ。……それって薬か何かですかぃ?えらく匂いますがぁ」
ゴリゴリ……ヌメぇ〜
「あ、うん。ごめんね、こんな格好で。痛み止めの塗り薬なんだけど、途中で止められないんだ。この匂いがあるから『ここ』でやっててね。完成して少し寝かせれば匂いは殆ど消えるよ。
……良し。後はこっちの液体に混ぜてっと……終わり。ふぅ……最近また始まってね。薬の消費が早いこと早いこと」
「あぁ、通りで。またってぇと……嬢ちゃんですかい?一時期ぁ『冒険者』してたってぇ話ですがぁ……さすがぁ姐さんと若の娘ってぇとこですかい。……実力的にゃぁどんなもんで?」
「うん。そういう風に育てたつもりはないんだけどね。何が悪かったんだろ?実力的には……村でギリギリ上位って所じゃないかな?但し、何でも有りって事になると真ん中位……かなぁ?経験の差って大きいしね。冒険者としては分からないよ。そういった知り合いって少ないし。そうそう『ライオス』。この前、冒険者が村に良く来るようになったって聞いたんだけど、何か知らない?領主にも聞くつもりなんだけど」
「嬢ちゃんって、まだ16じゃありやせんでしたか?それで村の連中と同じ位ですかい……
一応この村の奴等ぁ『大戦』経験者が殆どですぜ?……将来が楽しみじゃねぇですかぃ。
冒険者については聞いておりやすが、良く来るってぇ言っても週に一組、二組程でさぁ。何でも村の南東に有る『死竜山脈』の方を目指してる様なんで、他の村より近いってぇことで態々遠回りしてるんじゃありやせんかねぇ?買うのは食料だけっつぅ話なんで。目的に関してはわかりやせん。冒険者ってぇと情報を大事にするのぁ基本でさぁ。買取も無理だったってぇ話です。まぁ死竜山脈に入る程、連中も馬鹿じゃぁねぇと思いますんで、山を囲ってる『獣王の森』に用があるんじゃぁねえですかねぇ?」
「あぁ〜確かにあの山は危険らしいね。行った事は無いけど、噂なら知ってるよ。
……たしか、寿命を迎える『竜族』が住む山だっけ?その場所を狙ってるのか、『竜型魔獣』も良く居るって聞いた。竜族自体は何度か遠目に見た事あるけど大きいよね〜。会話はできるし滅多な事では襲ってこないって話だけど……絶対近づきたくないね。獣王の森って、獣型魔獣の巣窟じゃなかったっけ?……あぁ森の外周なら大丈夫って聞いた事あるかも。森の外に魔獣が出るのは滅多にないそうだし。何でか知らないけど」
現在、リヴァルと『ライオス』が話している場所は、孤児院の表扉を出て、少し脇に逸れた場所である。
以前ラーナが壊した扉が修復され一週間が経った。ラーナの怪我自体は薬もあり、二日程で治ったのだが、再びセイラに勝負を挑み怪我を負う。それがここ三ヶ月の間に何十回と続いたので、痛み止めの在庫が殆ど無くなってしまい、急遽作ることになったのだ。セイラも手加減しているので裂傷は少なく、代わりに打撲系が多い事が原因である。痛み止めの薬は、調合が比較的楽で、森が近く材料も揃いやすい。材料の一つである薬草は磨り潰した時に異臭を放つので孤児院の外で作っていた。
リヴァルが薬草を磨り潰している時、村から一人の男が訪ねてきた。彼の名前は『ライオス』。アイノス村では、リヴァルとセイラの次に偉い立場となる。村と少し離れた場所で暮らしている二人に代わり、村の纏め役をしている。
『ライオス』は、180半ば程の身長、髪は赤色で短く、村では珍しく髭を丁寧に沿っている。見た目の年齢は30程の屈強な男であるが、本当は40を超えている。元冒険者らしくセイラとリヴァルを『除いて』村では最も強い。召喚契約も既に行っており、平均より魔力も多く、特化属性は火。経験からか人を纏める事にもある程度慣れている。過去に色々在り荒れていた時、セイラに出会い、惹かれて付いて行く様になった。元々は丁寧な言葉遣いだったが、セイラを追い掛ける者が増えていくに連れ、自然と悪くなった。現在は同じ村に妻と子が居り、本人曰く幸せとのこと。リヴァルは知らず、セイラは忘れているが、セイラを追いかけた第一号でもある。
ライオスから伝えられた領主の来訪について、二人は首を捻っていた。領主は半年に一度、各村や町を訪れ視察を行う。視察の内容は、基本的に村や町の存在有無の確認、病が流行っていないか、作物の育ち具合による上納金についてだ。訪れる時期にある程度の差はあるが、事前に連絡を行うので村長や町長不在という事は基本的に無い。今回も、例年通り連絡は来ているのだが、明日というのは『早すぎる』。普通は遅くとも5日前までに連絡を行うものだ。
連絡役が変わっていた事は、様々な予測が立てられるので置いておく。出世したとか仕事先が変わった、怪我を負った……又は亡くなった、そんな所だろう。問題は『対応』だ。これまで友好的に接していたのが急に対応を変えてきた事が疑問だ。連絡役が違ったからと思うこともできるが、流石にそのような者を使わないだろう……と思いたい。領主にとって村というものは『金の成る木』に近いのだから。放って置いても上納金が手に入る。態々こちらを不快にさせる必要はない。村人が村を捨てて、他の国に行くかもしれないのだから。民を縛ろうとすると『王国』が黙っていない。
ここで首を捻ってても仕方ない。結局は直接合って確かめるしかないか……
リヴァルは、ここでどれだけ考えても、明日には直接会うのだからと思考を打ち切った。無限に広がる憶測だけでは手の打ちようが無く、時間も足りない。気構えだけはしておこうと考えたからだ。そして、以前ライオスから聞いた冒険者についての話を聞く事にした。分かったのは死竜山脈、獣王の森の方向へ向かって行ったとのこと。目的までは分からなかったそうだ。
近くにダンジョンができた。とかじゃなくて良かった。ダンジョンができたのなら、噂など直ぐに回るだろう。……これは俺達には関係ないかな。
「よかったぁ」
「何が『よかった』んでさぁ?」
リヴァルの安堵した言葉にライオスは訊ねる。彼は冒険者について話ていた時も、並行して領主について考えていたからだ。リヴァルと違い考えることを放棄していなかった。この場合どちらが悪いという事はないだろう。リヴァルの様に思考を止め、心構えを持つことで余裕を持って明日に備える事も大事である。ライオスの様に、考え続ける事もまた大事であるのだから。
「いや、以前ドルトに冒険者について聞いた時、何か嫌な予感がし「直ぐに町へ人をやって調べさせやす」た……何で?」
「いや、そのぉ……若の勘は当たり易いといいやすかぁ……『嫌な』予感に『限って』当たり易いと言いやすかぁ、ちょいと俺ん中で警戒度がぁ跳ね上がったってぇだけでさぁ。気にしねぇでくだせぇ」
「……いや、気にするだろ。なんだそれは、初めて聞いたぞ。そもそもそんなに当たって……ない?いや?……そういえばアレとかコレとか……いやいや。そうだ、以前『ビックバイソン』の大群が襲って来た時や『ゴブリン』が近くの森に移り住んで来た時は何も感じなかったぞ。……確かに良い予感が当たる事は極極稀だけどね」
リヴァルが例に挙げた『ビックバイソン』とは、牛型魔獣の一種で20体程の群れで常に移動している。移動の際には一斉に走り出し、その進路にある物を踏み潰す魔獣である。体調は1.5メートル弱で体重は300程有り、加速の乗った体当たりと、頭に生えている2本の角で攻撃を加える。今から4年程前、村人の一人が付近の平野で50程の群れを発見。村に伝えに帰り、人を集めて様子を見に行った時には、既に村の方角へ向かって進路を取り走り出していた。その時は村に着くまでにリヴァル、セイラ、ライオスが中心となり全て討伐された。
もう一つの例に挙げた『ゴブリン』とは、人型魔獣の一種で、人族と亜人族が生活している範囲では比較的多く見られる。体長は1メートル程で小型、様々な場所で集落を形成し行動する。一体の力は低く、一般人でも戦える程度だが、好戦的な性格と武具を身に付け雑ながら連携を行うので数が集まると厄介になる。また繁殖力が高く、人族や亜人族の女性を攫い苗床とするので、最も嫌われている魔獣でもある。見つけ次第『冒険者ギルド』又は、その場所付近の領主へ報告することが義務付けられている。こちらも3年程前に村付近の森で集落を発見し、討伐した。集落にいる数は100を超えていたのだが、ビックバイソンの時より比較的楽だった。数は多くても所詮はゴブリン、アイノス村の人達にとっては取るに足らない。しかし、放置していれば更に数を増やし厄介な状況に成っていた可能性はある。
村を作った当時は考えもしなかったが、緑豊かな平原と強い魔獣の居ない森は、魔獣にとっても住みやすく、集まりやすい様だ。その事に気づいた時には既に村は粗方出来上がっており、仕方なく村人を何組かに分け、定期的に村周辺の警邏を行っている。村ができるまで森に魔獣が居なかった理由は分からない。
「そいつぁ突発的な事だったからじゃぁねぇでしょうかぁ?いくらなんでも何の情報も無くってぇのは勘も働き用がなかったんじゃぁねぇかと」
「いや……まぁ、そうなんだけどね。まぁ良いや。あって困るものじゃないし、寧ろ便利だと思おう。……胃には優しくないけど。じゃぁ一応調べといて。何か分かったら教えてよ?」
「へい。任せてくだせぇ。……じゃぁ俺ぁこれで失礼しやす。あぁそうだ、領主への接待は何時も通り村に在る一軒家を使うんで?」
「うん。ここじゃ子供達の遊び声とか聞こえるし、そもそも応接室なんてないしね。態々伝えに来てくれてありがとう。セイラには俺から言っておくよ」
村へと戻るライオスを見送った後、出来上がった薬を瓶に移し、蓋をする。調合道具の片付けを行いながら先程の会話が頭をよぎる。
……さて、薬を倉庫に置きに行こうか。三日程寝かせないとね。日も傾いて来たし、そろそろセイラも授業から戻ってくるかな?……明日はどうなるやら。嫌な予感もしないし、ライオスの言う通りなら問題ないのかな?そうであると祈ろうか。
家へと戻るリヴァルの眼はどことなく遠くを見ている……
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「本日は連絡が遅れ、急な訪問となり誠に申し訳ありませんでした。セイラ様、リヴァル殿」
「詫びの証に指置いて「セイラ?」……」
「えっと、冗談だよ?最近色々あって言動が物騒なだけでね……連絡が遅れた事は別に構わないんだけど。謝罪が有るって事は本来はもっと早くに連絡が来てる予定だったの?それとも何か急ぐ必要が有った?連絡に来た人は急いで帰ったらしいけど。」
「は、はぁ……いいえ、特に急ぐ必要はありませんでした。本来は私が町を出る五日以上前に命じているのですが、何時も遣いに出している者が体調を崩していたらしく。其の者は、他の者に頼んでいたとの事です……しかし、こちらに移動中、『忘れていた』と報告を受けまして、急ぎ遣いに出したのです。……遣いの者には、そのまま村で待機と命じたのですが帰ってきまして、『賊』に占領されている可能性が有ると報告を受けました。やはり杞憂に終わりましたね。あの、遣いの者は何か失礼な対応を?……この家に入るまでの間、ライオス殿が厳しい目をしておりましたが」
「あ〜、なるほどね。いや、確かに失礼と言えば失礼な対応だったらしいけど。初めてこの村に来たのなら『賊』と間違えても仕方がないかな。村の人達はみんな強面だからね。……ライオスはちょっと物事を考えすぎる質でね、他に何事も無ければ今の説明で納得するよ」
「あぁ。それは要らぬ心配を掛けたようで重ねて謝罪いたします。ライオス殿には後程説明しておきましょう。……では、定期報告を行って貰ってもよろしいでしょうか?」
「俺が直接言っても良いんだけどね。まぁそう言うなら任せるよ。じゃぁ先ずは病についてから……」
ライオスから報告を受け、セイラと共に話合ったが、結局は明日直接確かめようという事になった。そして翌日、丁度昼を過ぎた頃に領主と護衛の一団が村へとやってきた。領主が来る事が分かっていたリヴァルとセイラは、本日の授業を取り辞め、子供達をリリとエクス、そしてラーナに任せて村の中で時間を潰していた。領主を村人数人で出迎え、村の入口近くにある一軒家へと案内した。ここで口頭での説明を行い、次いで畑を案内する。領主達は一泊村で過ごし、明日次の村や町へ出発する。これが毎年の流れとなる。
『領主』の正式名はステンダム・アムサ・タクト。歳は50を過ぎた程。恰幅の良い体型をしている男で、金色に輝く髪は既に見るも無残な状態で、大切にしているのだろうが、窓から入る風に靡く数本は逆に哀愁を誘う。セイラは彼と会う度に『それ』を凝視し、度々手を動かし戻す動作をしているが、本人は『敢えて』無視しているのだろう。話題に出したら『終わる』と理解しているようだ。リヴァルも察してか、そこには触れない様に努めている。
ステンダムの名前に付いている『アムサ』とは、大陸で『1番目』又は『東』を表す言葉となる。『アムサ』を1又は東、『アムス』を2又は西、『オムサ』を3又は南、そして『オムス』を4又は北と続く。基本的には領を持つ貴族名としてのみ扱われる言葉である。昔、分かり易いとは言え、名前の間に数字を入れるのはどうかという反論があったとか。『タクト』はタクト商業国から来ており、代々各小国の王に領を任された者は、名前の語尾に付ける事が習わしだ。
領主で在るステンダムに対して、リヴァルとセイラは特に畏まったりはしない。むしろステンダムの方が気を使っているだろう。しかし、これは初めからこうであった訳ではない。当初、二人が村を作るに当たって、彼等は領主に許可など貰っていなかったのである。
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商人としてギルドに所属し、村や町を転々としていた二人は、上納金の事を忘れ、行く先々のギルドで依頼書を見ていた。依頼書には『村人募集』『村で腰を据えて商売を行う者募集』等が多くあった事、また王国によって民は自分達の住む場所を選べる権利が保証されているという事で、自由に村を作って良いと深く考えず解釈し、村作りを行っていた。セイラを追い駆け、村に住む事となった現村人も既に許可を貰っているものと考えていたのである。辺境の地と云う事で村が出来上がっても国はおろか領主も気づいてはいなかった。しかし、村が落ち着いた頃、リヴァルが商人時代の伝を使ったので、村の存在が公となり領主の耳に入ったのだ。
当然、領主は激怒した。いくら住む場所を選ぶ権利があろうとも、国の領地で勝手に村を作って良い訳がない。領地を持つ国は、自領を守るため、引いては民を守るために騎士団を持ち、定期的に魔獣の討伐や警邏を行っているのだ。上納金はその維持費の為にも使われている。
更に、当時のステンダムは善人とは言い難い人物であった。ステンダムに甘かった両親は幼い頃から甘やかし育てていた事も原因だろう。既に領地に関しては磐石の状態で親から継いだステンダムは最低限の仕事のみをこなし、一日の大半を女遊びにかまけていた程だ。しかし、魔王が現れ『大戦』が始まり、領地での仕事は劇的に増えた。大戦自体には参加してはいなかったステンダムだが、碌に眠れない程書類仕事に追われていた。大戦が終わった後もその爪痕は各地に残っている。そんな時に件の事が耳に入ったのだ。
ステンダムは急ぎ護衛を連れて村に向かった。三日掛けて向かった先には情報通りの村があった。急ぎ村に入った時、……溜めていた怒りは霧散した。明らかに『賊』と思わしき容姿をした者達が多数おり、全員がこちらを睨みつけるように見ていたからだ。一瞬その空気に飲まれたステンダムだが、自分にも護衛の者達が居ると自身に言い聞かせ、『賊』……と思わしき村人の一人に村長の居場所を聞いた。こちらの素性が分かったからか代表を連れてくると、村の奥へと走り去っていった。時間にして5分程で二人の若い男女を連れて来た。言うまでもなくリヴァルとセイラだ。周りの村人と明らかに違う雰囲気を放つ二人に一瞬唖然としたが、本人達は自身を村の代表と言っている。この年若い男女を見ている内に、再び怒りが込み上げてきたステンダムは二人に問い詰めた。
当初、リヴァルは必死に頭を下げていた。セイラも己の非を理解しているのか、同じく謝罪している。一通り怒りをぶつけたステンダムが落ち着いた頃には、既に日は傾いている時間帯と成っていた。宿泊することを勧めたリヴァルに対して、当然の如く了承を返したステンダムは、泊まる場所や食事に対してあれこれと文句を付けつつ一軒の家に泊まる事となった。
日も完全に沈み、話は明日に持ち越しと決まった。そこで、リヴァルとセイラは孤児院へ帰ろうとした所、ステンダムに呼び止められた。ステンダムが要求したことは一つ、……セイラの夜伽だ。瞬間リヴァルとセイラ、両者の怒りは爆発した。ステンダムはセイラによって打ちのめされ、騒ぎを聞きつけた護衛はリヴァルに殲滅された。そして、セイラによるステンダムの『教育』が行われた。次の日には当初の態度とは180度変わり、セイラとリヴァルに頭が上がらなくなった。
ステンダムも村人同様、セイラに対して何か惹かれるものがあったようだ。
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領主との定期報告は滞り無く進んだ。口頭での説明を終え、畑を案内した後、今年の上納金について話し合う。全て順調に終えて時刻は夕方、リヴァルとセイラ、そしてステンダムは共に夕食を取っていた。孤児院についてはカナリアに伝言を頼んでいる。ラーナも居るので問題は無いだろう。
「ふむ、冒険者が……ですか?」
「うん。週に一組、二組らしいんだけど、村に冒険者が来るって聞いてね。何か知ってる?どうやら死竜山脈か獣王の森に向かってるそうなんだ。冒険者の琴線に引っかかるような『何か』が在るのなら知っておきたい。もしかしたら、村にも影響があるかもしれないしね。……セイラ?何か食べられない物でも有った?どこを見……いや、何でも無いよ」
食事が始まってから、セイラは一口も手を付けていない事に気づき声を掛けるが、セイラは何かに葛藤しているようだ。目を追って確かめた後、素早く気づかなかった振りをする。……つい油断してしまった。
「うぅ〜む。……ん?もしや、『あれ』か?いや、しかし……」
「……何か心当たりがありそうだね。『あれ』って何なの?」
「んむぅ……はい、私も噂程度でしか知らないのですが……御二方は獣王の森の『由来』を知っておりますか?」
「森の『由来』?獣型魔獣がたくさんいるからじゃないの?」
「確かに、殆どの者達はそう考えていると思います。しかし、実際は違います。獣型魔獣がいる森で有れば『獣の森』や『魔獣の森』で十分です。……あの森には名前通り、『獣王』のいる森なのです」
「『獣王』?ん〜?……聞いた事無いなぁ。冒険者ギルドの魔獣図鑑も全部呼んだ事あるんだけど。載ってなかったん「魔獣ではありませんからね」……え?」
リヴァルは昔から本好きな事も有り、普段から様々な本を読んで過ごしている。中には冒険者が討伐依頼を行うための魔獣図鑑も入り、それを読破していた。その時得た情報を加えても『獣王』などと呼ばれるような魔獣はいなかったと記憶している。それについて口に出していたのだが、ステンダムの言葉で思考が止まった。
「『獣王』は魔獣ではないのですよ。……いや、正式には区別が付けられていない、という事になりますか。……公表されている訳ではないので」
「……何やらキナ臭くなってきたね。公表されていないってどういうことかな?強制では無いけど、一応その手の情報は王国に伝えるものだと思うんだけど?」
王国は少しでも魔獣の事を、又は昔の事等を知ろうとしている。魔獣や精霊、ダンジョンなど、人族や亜人族が密接な関係であるというのに、殆ど分かっていない事が現状だ。少しでも情報が入れば、今よりも更に安全に生きられるだろうと考えている。よって王国は、各小国等に何かしらの情報があるなら、できる限り提示することを公表している。
「言い方が悪かったですね、申し訳ありません。王国には伝えていますが、民には公表されていないという事です」
「……はぁ。これ以上は正直聴きたくないんだけど、聞かない訳にはいかないよねぇ。森に一番近い村はここだし。……それで?理由と噂っていうのは?」
「理由というのは。単に獣王が『居るのなら』刺激したくないという事です。文献には、かつて死竜山脈で、『竜王』と『獣王』が争ったとありました。勝敗や二体のその後については書かれていなかったのです。もし公表でもしようものなら冒険者などが森を荒らしかねません。彼等の中には、避けられる危険にも飛び込む事が勇気だと思っている者もいますから。噂について何ですが……最近、魔獣の森で『黄金の獣』を見たという噂が少しづつ流れておりまして、その影響かと。噂の発生源はこちらでも探っているのですが、どうも芳しくありません」
「……確かに公表なんてできないねぇ。それに『黄金の獣』……かぁ。少しづつって事は、今後更に増えてくるって事かな?こりゃ参ったね。……王国に報告して規制とかって掛けられると思う?」
「……難しいかと。いるかどうかも分からない獣では、理由としては弱いです。基本的に民を縛らないのが王国の方針でもあるので。実際、死竜山脈、獣王の森のどちらも行く事だけは自由ですから。あそこは危険も多いですが貴重な薬草も取れるので」
「やっぱりか……分かった、ありがとね。貴重な情報だったよ」
「いえ、この程度構いません。後、今後噂が大きくなれば、冒険者ギルドが支部を作る為に来るかもしれませんね」
「え?直接この村に?そういうのって領主の所へ話が行くんじゃないの?」
「いえ、ギルドというのは三大王国の全てが推奨している施設です。これは非常事態に対処するための処置でもあるのです。施設の設置に必要なのはギルド長の承認、そして村や町の承諾のみになります。領主はもちろんの事、小国の王でも断ることはできませんよ。実際、施設が作られるのは需要が有るからで大抵の村や町は断ったりはしません。人の出入りが多くなる事に繋がりますからね」
「なるほどね。色々面倒な事に成りそうだって事はわかったよ。……さて、今日はそろそろ帰る事にするね。今日は話ができてよかった。ありがとう……ほら、セイラも帰るよ?ほら立って。 ……じゃぁ、また明日見送りに来るよ。おやすみ」
「はい。では明日。セイラ様も御休みなさいませ」
「……あぁ。御休み。……ぐぅっっ!私はどうすればぁ「何もしなくて良いから。いくよ?」……」
セイラの葛藤が続く中、リヴァルはこれから先に起こるであろう面倒事の多さに、胃薬の在庫数を思い出していた。
二話に分ける予定だった話を纏めたんで、また後程修正加えます。
話の流れ事態は変えたりしませんけど。
後少しで大体の地盤ができる。
もうひと踏ん張り。