第二話 孤児院の日常 「ラーナ」
昼下がりの時間帯、
部屋から出て行った彼女たちを見送り、リヴァルは扉の状態を確認している。
壁にめり込んでる訳じゃないが、ノブは壊れてるな……うん?閉まらない?
床と擦れてるのか。扉の建付も歪んでる?1回取り外して金具を調整しないと駄目か。
面倒な……
扉の修理に必要な材料を確認しながら、部屋から出る。
床の状態を足と耳で確認して歩いていく。向かう先は孤児院の裏庭。
『いつも』そこでやり合っているので歩を進めるのに迷いはない。
ラーナも昔は、子供達の中では大人しい方だったのにな……
思うは、先程扉を半壊させ、セイラと共に出て行った少女の事。
ラーナは戦災孤児であった。戦災と言っても両親が戦いに赴いた訳ではない。
『魔王』が現れる事で魔獣達の活動が活発化し、ラーナが住んでいた村は襲われた。
大陸全体で観ると、それ程珍しい事ではない。
大きな町等には魔獣も積極的に襲わない。個々では、という条件が付くが。
彼女を拾ったのは『魔王』が討伐されて3年程経った頃だ。
『俺達』が村を作り、『俺とセイラ』が孤児院を運営して1年程経った時に出会った。
++++++++
当時、孤児院を運営するにあたって食料が不足していた。セイラが『彼ら』に命じれば、
『彼ら』は喜んで食料を集めてきただろう。しかし、村はまだまだ出来上がったばかり。
食料不足は孤児院だけでなく、村全体でも同じである。
さらに、『彼ら』も村で住むにあたって手に職を付けるため、日々を忙しく過ごしていた。
よって、自分が率先して食料を集める事と成った。近くの森で果実を採り、
獲物を狩って村に分けた。村が少し落ち着いた頃、
商人をしていた時の伝を使い、近くを通る機会が有れば寄ってもらえるように
町や都で話を通した。とある町で商人と話ていた時、妙な事を聞いた。
その商人が言うには、自分達の村の近くに他の村が有ったという話だった。
今では拠点を移し、その村との交易を行っていないとのことだが、
5年程前までは確かにあったと。地図を広げ、自分達の村との距離を確認したところ、
北東に森を挟んですぐの場所だった。一年間森を行き来していたが、
他の村人と会うことは無く、森に人が入ったと思わしき跡も無かったと記憶している。
強い魔獣もいない森だったので、近くに村があったのなら、それはおかしい。
村へと戻り、積んでいた食料等を下ろした後、セイラと商人の話について相談した。
結果、直接確認するということで話はつき。翌日向かうこととなった。
セイラは付いて来たがったが、孤児院には少数ながらも子供がいる。
更に、比較的魔獣が少ない場所に自分達の村はあるが、
もしもの時を考え残ってもらった。まぁ、セイラだけでなく
村人の略全員戦えるのだが、『彼ら』の顔では子供も怯えてしまう。
森を抜けたあと、1時間程進んだ先に件の村があった。
その村の家々は一部壊され、畑は荒れ放題。所どころ黒い染みが付いている。血だ。
賊か魔獣に襲われたか……
不自然に壊れている家や焼け跡等が無いことから魔獣か?
畑を見た限り、このようになってから少し時が経っているようだ。
村の状態から生存者はいないだろうと考え。一回りして帰ろうと決めた。
村を見て回る理由として、不自然な点が一つあったからだ。
村人の死体が……一つもない?
いくら魔獣でも骨の一つも残さずということはないだろう。賊であれば尚更だ。
中にはそういった大型の魔獣もいるが、その場合、壊れているが家の原型は
比較的保っている事が不自然。何より家の中にも血の跡があるのがおかしい。
村の中を少し進んだ先、不自然な盛り上がりを見せている畑があった。
なんだこれは?
盛り上がりの高さを約60センチ程か、元が畑であった事は
囲まれた柵を見れば伺える。この畑『のみ』全体に盛り上がっている事が気になった。
こんな小さな村の中心に一つだけ新しい農作法というわけではあるまい……
畑に近づき注意深く観察していく。
一周するように見ていると何か棒の様な物が混じっているのを見つける。
……ん?何だ?これは……何かの骨か「ガタ!」!?
背後から聞こえた物音に素早く振り返り、臨戦態勢をとる。
不用意に動くようなことはせず、逃げることを前提に自分の立ち位置と
周囲の情報を確認。逃走経路を頭の中で検討し、直ぐに答えが出る。
後は相手がどう動くかを待つ。当然、遠距離攻撃の類は警戒している。
時間にして1分、2分と過ぎていく。相手の動きは……ない。
囲まれている気配も感じない。5分程経った後、慎重に場所を移動していく。
敵対する者がいるのなら、自分に有利な場所へ移動している事を良しと
するはずがない。逃走に適し、不意な攻撃に対処できる場所へ移動し、
更に5分程経つ。
……?誰もいないのか?いや、物音がした一瞬だが気配は有った。
敵意は感じなかったが、それならば姿を見せてもいいはずだ。
なにより一瞬しか気配を感じさせなかった事がリヴァルの警戒心を上げていた。
慎重に物音がした方へと近づく。警戒は解かない。逃げてもよかったが、
近くに自分達の村があるのだ。できるだけ情報は知りたい。
一軒の家の前に来たとき、全体の様子を伺う。
横壁が大きく壊れている。その影響か、屋根の一部も崩れてた。
一歩、また一歩と家の中が確認できる場所へ進んだ。
……中に、誰かいるな。……!?
これだけ近づいて、ようやく気配を感じることができた。中の様子を伺うと、
子供が一人倒れている。警戒をそのままに、臨戦態勢を解き素早く子供へと
近づく。子供を抱き起こし状態を確認する。髪はボサボサ、体はやせ細った
5,6歳程の少女。耳と尻尾が有る事から獣人族であると分かる。
気配が薄いのは弱っているから、物音は倒れたからか。
体を見た限り、碌に食べていないのが伺えた。少女の口元に、
持っきた水袋の口を近づけ、少しづつ、少しづつ水を与える。
一度に多く飲ませたりはしない、少女自身が飲み物で有ると理解するまで、
一滴、二滴と続ける。しばらくして、少女も理解できたのか自分から口を
近づける仕草を感じた。そこからは、浴びるように飲もうとしたので、それを抑えて、
しかし、先程より多くの水を与えた。喉の潤いに満足したのか、これ以上
要らないという気配を察し、水袋を仕舞う。改めて少女の状態を観る。
掠傷は多々あるが、命に関係するような怪我は無い。弱っているためか、
体温は低いが病気を患っている訳では無い様だ。
一人で生きていたのか?
家の中には寒さを防ぐための布が散乱していた。酷い異臭もする。
これを食べていたのか、明らかに食の類ではない草やキノコが落ちていた。
強い毒の類では無いことが幸いしたのか、しかし食用という訳でもない。
異臭の正体は、体の汚れはもちろん。乾いた吐瀉物や排泄物のせいだろう。
いくら人族より頑丈な獣人族でも、この様な物を食べていれば腹を壊す。
喉が渇いていたのは最近雨が降っていない事が原因であると分かった。
今すぐに死ぬような事はないが、危険な状態には変わりない。
少女を連れ帰る事は考えるまでもないが、他にも生き残りがいるかもしれない。
一緒に居ないことで、ある程度察するが、急ぎ他の家も調べる。
結果として、生き残りは少女一人であった。
少女を抱え、自分達の村へと帰る。しばらくは衰弱していた事もあり、
碌に動くことはできずにいた。更に夜になると魘される様で、
セイラと自分で抱きしめるように眠る日々が続くこととなった。
他の子供達はその事でぐずったが、小さな子は共に眠り、
ある程度の年齢に達している子は、セイラの『教育的指導』によって
直ぐに収まった。この村に面と向かってセイラに逆らう者は居ない。
歩ける程度に回復してからは、常に俺の後を付いて回っていた。
初めはセイラの後にも付いていたが、ある程度セイラの事を判断したのか、
対象は俺だけにしたらしい。体調の問題は解消されたが、他に新たな問題
が発覚した。『声を発せない』のだ。更に、表情の変化も乏しい。
これは、孤児にはよくある事だ。衝撃的な事を目の当たりにした時等が
これに当たる。また、一人での生活が長く続いた事も原因の一つだろう。
表情筋が固まっているのだ。言葉を発する事もできず、読み書きもできない。
表情に関しては時間が解決してくれるだろう。なのでセイラ、彼女の頬を
引っ張らないで上げてくれ。力を込め過ぎているのか泣いているじゃないか。
こちらの言っている事は理解できている様なのだが、如何せん、
何が言いたいのか分からない。まだ言葉も完全に覚えてないのか、口の
動きを見ても要領を得ない。そこである方法を試した。我が家の『ペット兼、
子供達の護衛兼、友人』の鳥にお願いした。鳥の名前は『リリ』念話が使え、
彼女との意思疎通は可能。大きさは40センチ程で真っ白、普通の鳥より大きい。
面倒な事、詰らない事を嫌うリリだが、セイラの言うことにはよく聞く。
リリは普段、セイラの得物である剣と『一緒』にいる。剣は暖かく包み込む様な
光のオーラを放っているが、見た目は禍々しく、黒い刀身に赤いラインが
多数走っており、このラインが爛々と脈動するように光っている大剣だ。
大剣の名前は『エクスカリバー』。意思を持ち、念話を行える珍しい武器だ。
この大剣とは、以前『ちょっとした出来事』で出会い、セイラが気に入り、
説得?の末共に旅をしてきた。元々名は無かったが、セイラによって付けられた。
リリとエクス(エクスカリバーの略)は気が合うようで常に一緒にいる。
移動する際には転がっているエクスをリリが足で掴み引きずっている。
声を発する事ができる様になるか、文字を覚えるまで彼女にはリリが付いて
生活することとなった。エクスでは重くて持ち歩けないだろう。
そして、リリを介する事で彼女の名前が『ラーナ』ということも分かった。
夜魘されることはあるが、起きている時はそうでもないらしく、
ラーナの村についても覚えているだけ話してもらう事ができた。
予想道理、ラーナの村は『魔獣の襲撃』にあったらしい。
狼の様な中型の魔獣で、前触れもなく襲ってきたそうだ。
運良く生き残ったラーナは、それから一人で生活していた様だ。
何度か何かが来ている気配はしたらしいが、この幼い少女は魔獣が戻ってきた
と恐れ、隠れていたらしい。人のいる場所に行こうにも、場所は分からずでは
移動もできない。そもそも幼い彼女には、他の地に行くことはできなかっただろう。
生きていれば腹は空く、ラーナは口に入れられる物は何でも入れ、
過ごしていたらしく。その度にお腹の激痛に耐えていたそうだ。
あの盛り上がった畑についても分かった。以前村人が亡くなった時に
埋めていた事を覚えていたらしく、幼いながらも人の死を理解し、
残った村人の残骸を埋めようと考えたらしい。
比較的柔らかい畑に穴を掘ろうとしたが、ある程度掘ると土は固くなり、
これ以上掘るのは困難と考え、仕方なく残骸をそこに集めて土を被せたそうだ。
この時の事を話す事で当時を思い出したのだろう。瞳には涙を溜めていた。
優しく抱きしめ背中をあやす様に軽く叩く。ラーナは俺にしがみつき、
声を発せず唯泣いた。
辛いことを思い出させたと自身に怒りが湧いたが、『親』として彼女と
暮らすのだ。胸に抱く幼い少女の事を少しでも知りたかった。
ラーナを家族の一員として迎え2年が経った頃から、少しづつ表情も
出てくるようになった。夜魘される事も少なくなっていき、徐々に他の
子供と遊ぶようになった。子供達は理由は知らずとも彼女の事を察し、
優しく接して居たことも幸いした。
3年経ち、その頃には孤児院にも大分慣れてきたようで、自分より
後に孤児院へと来た幼い子供も居たことから、面倒を見ていた。
幼い子供達の面倒を見るようになってから段々活発な性格となっていった。
むしろ、こっちが本来の彼女なのだろう。
声も発する事ができるようになった事から、彼女の心の傷も
徐々に癒え始めているのだろう。食生活が充実しているおかげか、
今では身長も伸び、体の肉付きも良くなっていった。
見つけた当時は5、6歳と思っていたが、本人に聞いてみると9歳だったらしい。
3年間一人で生き抜いた生存能力は驚嘆に値する。しかし、食べ物も碌に
無かったのだ。当然栄養も取れず成長も止まっていたのだろう。
4年が経ち、簡単な計算や、文字の読み書きは既にできる。
家事や炊事等も一通り覚えた頃ラーナは13歳となった。
子供が13歳に成った事で『セイラの課外授業』が始まる。
セイラがたった一つ子供に教える授業だ。基本的に、
4日に1回のペースで行われるそれは、村の外が教室となる。
約半年から1年続き『この世界で生き抜く方法』を叩き込まれる。
これを受ける事に例外はない。眼が見えなかろうが腕が無かろうが
関係なく参加させられる。やる気十分なラーナが笑顔でこちらに
手を振っている。
……内容を知っているだけに無邪気に送り出せない。
決して頑張れとも言えない。
初日に一泊することは決まっているため。今日は帰ってこなかった。
翌日、セイラに首根っこ掴まれ、引きずられてくるラーナの姿が有った。
予想通りだ。ラーナの眼には、行きの時に見せた決意の輝きはない。
死んだ魚の様な眼をしている。一緒に出迎えた『卒業組』も、
当時を思い出しているのか、眼に光はなかった。
セイラの授業は約1年間続いた。これは、ラーナの出来が悪かった
のではなく。逆に非常によかった事でセイラが時期を伸ばしたのだ。
始めの方は放心状態から復帰すると、俺にしがみつき、助けを求めた。
俺自身その姿を見ることは辛かったが、セイラの言う通り必要な事と
理解していたため、彼女を諭していた。
一月、二月と続いたが、ラーナが慣れる事は無かった。
まぁ、あのセイラが慣れる様な緩い授業をする訳がないのだが。
セイラの授業を無事卒業したラーナは、俺を含めて卒業組を驚かせた。
この授業を卒業した子は、セイラに対して『絶対服従』と言える程従順になる。
昔より『多少』落ち着きを身につけたセイラは、子供のする事に対して、
余り怒ったりはしない。確かに度が過ぎれば口よりも先に拳を出すが、
それは希だ。なので、子供達も『課外授業』に対して恐れよりも先に
興味の方が強い。そこで行われる授業で『セイラという存在を
思い知らされる』こととなり、逆らう様な事は無くなる。
それが通であった。しかし、何を考えたのか、セイラから卒業を
言い渡されたその瞬間……俺の唇を奪った。
その場に居た卒業組は一瞬唖然とし、次いでセイラを見て、
……盛大に顔をひきつらせた。この孤児院にいて、セイラの
俺に対する愛情の深さを知らない者はいないのだから。
その後、瞬時にラーナが叩き伏せられたのは言うまでもない。
++++++++
あれから更に2年、か……早いものだな
当時の事について思いを馳せていると、裏庭に出る扉に着いた。
ここまでの床は大丈夫だったな、数箇所異音を発する所は
あったが、直ぐに処置しないといけない程でも無かったため、
頭の片隅に留めて置く程度とする。
床の状態についての確認が終わり、扉を開けて外に出る。
そこには、多くの子供達がおり、皆が一箇所に目を向けている。
子供達は笑う者、呆れる者、真剣な表情を向けるものと様々だ。
子供達の視線を追って眼を向けると……
お腹を抑える様に両手を添え、お尻を突き出す様に膝を着き、
顔を地面に付けてピクピクと震えているラーナが居た。
年頃の娘がしていい格好では決してない。
耳と尻尾は、先程部屋に入ってきた時にはピン!と張っていたが、
今は力なく垂れ下がっている。地面に顔を付けているので表情は
伺えないが……まぁ、容易に想像できる。
ふと、ラーナの頭に何かが乗っているに気づく。視線を上げていくと、
ラーナの頭に足を乗せ、ニヤニヤといやらしく笑う『最愛の人』
が居た。
何時もの事とは言え……
つい、手で目元を覆う仕草をしてしまう。
さて、先ずは収集をつけようか。
これって教育に良くないのでは無かろうか?良いはずが無いな……
考えるまでもないと湧いた疑問を捨て去り、彼女達へと歩を進める。
小説書くって大変だねぇ。気づいたら3時間位余裕で過ぎてるよ。
バリバリの理系である自分には辛い。やってれば慣れるのかな?
まぁ完結目指してがんばります。