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17話 春男の彼女

春男の彼女


「おかしいな・・・。」

 俺は春男の家のチャイムを何度か押したが、誰も出てこない。春男の家に行くときには、かならずメールをしてから行く。いなかったら、無駄足になるからだ。

 春男が、出かけていることはめったにない。困っていると、そこにタクシーの音がした。下をのぞくとちょうどタクシーから春男が降りてくるところだった。俺は言葉をかけそこなった。降りてきたのは春男だけではなく、その横には女性がいた。

 見たことがない女性だ。春男はふと上を向いてオレに手を振ったので無意識にオレも振った。ふと我に返って、慌ててやめたが。春男は部屋に戻ると、その女性を紹介した。

「こちら、母さんの教室の生徒さんだよ。さっき母さんに紹介されたんだ。湯本 由紀さんだよ。彼は僕の編集をしてくれている佐々木だよ。」

「はじめまして湯本です。」

 女性はぺこんと頭を下げた。

「僕の作品のファンなんだって。はじめてみたよ、僕のファン。」

 春男は嬉しそうに笑った。

「オレもだ。」

 春男は世間に顔が出るようなことはめったにしない。本の最後の作者のページも自分の写真ではなく、似顔ですませている。読者の顔も知らなくて当然だ。

「それでね、せっかくだから新作を読んでもらおうと思って。いいよね?」

「そうか。かまわないよ。他に話を流さないでくれれば。」

 実際には、いったところでその話を誰かが書くとはあまり考えにくいのが現状だ。時間と内容的に。ところで、オレは何気なく返事をしたが面白くない。

 オレは何枚かめくって、全然頭に入らないのを感じて、彼女に先に原稿を渡した。例えるなら、自分の隣で犬が美味しいものを持っている目でオレが読み終わるのを待っているみたいだ。彼女は嬉しそうに読んで去っていった。

しばらくして、また春男の家に行った。いつものように部屋にいくと、なにやらいい臭いがする。

「弁当?」

 机の上を見ていった。

「そう。湯本さんが新作を読ませてもらったお礼にってさっき持ってきたんだよ。」

 パソコンに向かいながらいつもの口調で春男は言った。

「そのうち結婚式の招待状でも来そうだな。」

 ちくりとオレは嫌みを言った。

「ああ、それなら来ているよ。机の上にある。君にも参加してほしいって書いてあるよ。秋の花嫁だね。」

「もうできているのか?どれ。」

 もうそんなに話が進んでいたのかと顔をしかめながらも見ると、春男宛の招待状だった。

「招待状?お前宛に?」

 よくみると、旦那の名前が春男じゃない。知らない名前だ。そしてやっと頭がはっきりしだした。

「誰だ、この旦那?知らないぞ?お前と結婚するのかと思っていたのに。」

「なに言ってるんだい。母さんの生徒さんだって最初に言っただろう。普通、仕事ばかりしていた女性が料理教室にいくわけといえば婚約中くらいだろ。」

「でも、指輪はしていなかったぞ。」

「指輪は金属がだめだから、そうでない指輪を作っている最中らしいよ。今日、出来上がるんだって。」

「そうか。」

 ほっとしたのか、がっかりしたのか、よくわからない気持ちにオレはなった。



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