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16話 昔の思い出

昔の思い出


 普通、めったに出られないような豪華なパーティーがあったら参加するだろう。

ところが、春男は行かない。人混みが極度に嫌いだからだ。昔からそうだった。

学生時代、オレと春男は顔見知りだった。仲良しでもなかったのに、オレの中で春男の印象が強かったのにはいくつか理由がある。

 春男は学年全員でマラソンをやることを嫌がった。理由は、自分の周りに人がいたら嫌だからだという。あとで、校庭を同じ距離だけ走らされた。それにマラソンをさぼったオレも参加させられた。そのときが話した最初だった。春男はオレ一人だった分、みんなで走るよりも楽だと言っていた。

春男の変わり者は、もう学生時代から始まっていたのかもしれない。

 そんな人混みに参加することになってしまった。たくさんの作家が参加するパーティーだ。普段の春男なら断ってしまうところだが、どうしても断り切れなかったようだ。

おもしろ半分で、タキシード姿の春男を見に行こうと、オレは会場まで行った。そのとき、ちょうど春男は出てくるところだった。春男本人かどうか、オレは目を疑うほど、春男はさっぱりとした格好をしていた。

「春男?あれ?パーティーは?」

「行ったよ。顔は出したし、知り合いもいないし、食事は食べたし。僕は帰るよ。」

「帰るって、まだ始まって三十分くらいだぞ?」

「うん。でももう、食べ終ったし。おいしかったよ。」

 いつもと変わらない口調でそういって、本当に帰ってしまった。おかげで、作家の知り合いは誰もいないらしい。作家以外の友人は意外と多くいる。

 昔はそんなことがあったなぁと、今回の原稿をめくりながら考えていた。なぜ、そんなことを思いついたのか、それは主人公が記憶喪失だという設定だったからかもしれない。

 春男は比較的、普段から規則正しい生活をしている。朝と晩が逆転することは、忙しいとき以外はない。しかし、今回は夜にコンビニへ行くというシーンを書くために本当に行ったそうだ。そのせいか春男は珍しく、昼だというのに寝ていた。

 はじめて、春男に会ってすぐに同級生だったやつだとわからなかったのは、高校時代に、春男は髪を長くしていた。こまめに短くするのが面倒だからだと言っていた。なぜ、その台詞だけ記憶になるのかは思い出せないが。 

 いま、春男の頭がすっきりしているのは、春男の親父さんが趣味で髪を切ることを覚えたかららしい。春男は仕事をしながら髪を切ってもらえるので楽だと言っていた。とくに抵抗はないらしい。面倒くさがりなのは昔から変わらないようだ。

 中学と高校が一緒だったが、大学は別れた。オレは文系に進み、春男は外国に行くのだと言っていた。帰国してから作家になったようだ。

あれこれと昔のこと思い出しているうちに、時間がたっていたようだ。

 水の音が聞こえてきた。春男が顔を洗っているようだ。

「原稿、どぉ?」

 ちょっとはねた髪を水で直しながら春男が起きて、やってきた。

「いいと思うよ。それでこれから、この主人公はどうなるんだ?記憶は戻るのか?」

「んー、記憶を思い出すための旅に出させようかと思っているんだけど。思い出さなくてもいいけど、そうすると話が進まなくなっちゃうからね。」

 春男はいつも通りにパソコンの前の椅子に座った。

「えらく時間がかかるような気がするな。」

「そうすると、長い話になっちゃうよねー。どうしようかなぁ。」

春男はため息をついた。

 その顔を見ながら、オレはぼんやりと思った。

 春男が記憶喪失になったら、作家だったことも忘れてしまう。オレのことも忘れてしまう。それでも、春男の変わり者ぶりは変わらないだろうな。


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