6話 幽霊
幽霊
怪談の話が増えるこの時期、オレにはあまり関係ない話だ。信じていないとか、そういうわけではなく見えないだけの話だ。
それがオレは今、たくさん怪談の話が載った本を抱えている。これを持って春男の家に行くところだ。今回、怪談を書くらしい。オレに幽霊は関係ないけれど、春男はどうだろう。
普通はそんなに作家の家など行かない。ところが、三代目の編集者からオレに変わったとき、真面目だった彼はオレに手紙をくれた。いわば、春男の注意事項だ。そのなかにあったのが、一週間に一度は必ず春男の家に行って、原稿を本人から貰ってくるということだった。
ファックスにしてもらうと、送るのが面倒になったり、何度も読み直しているうちに全部消してしまうということが春男にはあるからだ。貰ってしまえばこっちのものだ。
はっきり言って、原稿が出来上がらないことの方がオレには怖い。
「もってきたぞー。」
「ああ、ありがとう。そこに置いてくれる?」
オレはいつも資料が置いてある机にのせた。もうすでに、いくつか置いてある本が開かれていた。その本の下に新しい本を置いた。
「ねぇ、透明人間は目が見えるのかなぁ?」
「見えるだろ?見えなきゃ、話にならないだろうが。」
「でも、その目も、映すレンズも透明なんでしょ。」
どうも、春男の考え方はよくわからない。どうしてそんな考えに達したのだろうか。
「そうじゃなくて、人から見たときにだけ透明なんだろう?」
「ああ、そっか。そうか、おかしいなぁと思ってたんだ。見えないのに、どうやって人を驚かせるのかと思って。存在はあるんだね。」
春男はちょっと納得したようだった。
「幽霊じゃないんだぞ。人から見えないだけだ。」
別にオレが透明人間に詳しいわけではない。たぶん常識範囲だ。
「じゃあ、すり抜けていくわけじゃないのか。事故にあったら大変だね。」
「まぁ、見えないんだから、そうだろうな。」
オレはぼんやりと、透明人間が事故にあったところを考えた。血も透明なのだろうか。
「透明になったらいいことあるかなぁ。」
夢を見るような口調で春男が言った。なにやら、楽しそうな顔をしている。
「なりたいのか?」
「そうなったら、僕が原稿を打っている横で君が宣伝すればいいんだ。誰もいないのに、勝手に文字が打ち込まれます。幽霊の書く原稿ですって。本が売れるかも。」
「それは詐欺というもんだ。それに、幽霊が怪談を書いてどうするんだよ。怖がって、逆に誰も買わなくなるかもしれないぞ。」
「それもそうか。次回は幽霊の話にでもしようかなぁ。」
「いいから、さっさと怪談を先に書け。」
「わかったよ。ところで、真ん中に一つしか目がない場合はどれくらいの範囲が見えると思う?」
オレは、どれくらいだろうと考え始めた。
「なったことがないから、わからん。」
今から怪談の話を幽霊の話に変えられても困る。次々に書きたいテーマが浮かぶのは構わないが、話が途中で変わられると困るのはオレだ。怒られるのもオレだ。謝るのもオレだ。
オレは春男の後ろ姿を見ながら思った。春男にも幽霊は関係なさそうだ。それにだ。春男が透明人間になったら、オレに見えないと思って仕事をさぼるに違いない。それは避けたいところだ。




