4話 夢の保存
夢の保存
今日はいい天気で暑かった。
春男の家は、オレの家からそんなに遠いわけじゃない。なので、会社からではなく家からそのまま春男の家に行くことがある。
昨日、原稿が完成したとメールをもらったので、今日は直接向かうことにした。
その日、春男は寝ていたようだ。ドアを開けたときに、出てきた姿は普段着だった。春男は、何度言っても普段着で寝る。しかし、歩き方も少し、ふらふらしていて、顔がいかにも寝ていましたという顔をしている。ぼんやりした顔をしているとでもいうのか。
「寝てたのか?原稿は?」
すぐに原稿のことを聞いてしまうのは編集社員の悲しいさがかもしれない。
オレはできあがった作品をぱらぱらとめくってみた。印刷して、紙をまとめたところで寝たようだ。まだ、普段は止めてある片隅が閉じられていなかった。
「んー。できてる。それよりねぇ。」
春男は嬉しそうに、にっこりと笑った。
「いい夢を見たんだ。きれいだったよ。そのうち夢の保存できる機械ができるようになるといいね。そんなものがあったら、もっと作品が沢山かけるよー」
春男は思い出したように、うっとりしている。オレはそれを聞きながら、ふと違和感を覚えた。
「なんでそうなるんだ?」
オレは読むのをあきらめた。作品を見ながら春男の話を聞いて、何気ない返事をするとひどいめに後で遭うことがわかっているからだ。
「だって、あの夢を書いたらいいんだもん。きれいだったんだよ。」
オレはため息をついて言った。
「いいか。お前は漫画家でもなく、ドラマ制作者でもなく、映画制作者でもないんだ。小説家なんだぞ?どんなに美しい場面だろうと相手には見せることはできないんだ。その場面の美しさはお前の文章能力にかかってるんだ。絵で夢が保存できてもしょうがないじゃないか。」
ぼーっとしたまま、春男はそれでもわかったのか、がっかりしたようだ。
「そっかー。だめかー。きれいだったのに。」
ふらふらと、春男はシャワーを浴びに行った。まだなにか、ぶちぶち言っているが、よく聞き取れない。そこまで聞く必要もないだろう。
その間に、オレは春男の書いた作品を見ていた。まだ隅を止めていないからか、ちょっと見るのに時間がかかる。
そして思った。もしかして、さっきの夢の保存の話は次回作に影響があるんだろうか。
「あー気持ちよかった。目が覚めるよ。」
さっきよりもすっきりした顔で春男は出てきた。春男のシャワーの時間は短い。烏の行水並みに短い。風呂も短いが風呂に入っているのは、見た記憶がなかった。
「春男、さっきの夢の保存の話だけど。」
「夢の保存?なんのこと?」
春男はきょとんとした顔をしている。
「覚えてないのか?」
「うん。あれ、そういえば、いつ来たのさ?」
オレはどうやら春男が立ったまま、夢をみている最中に来たらしい。夢の保存の話は黙っておくことにした。余計なことは言わないに限る。
隅っこを止めて、あがった原稿を会社に戻ってから読んでいたが、ふと思った。オレは春男の夢の中でも質問されているんだろうか。だとしたら、怖すぎる。次の編集社員はいつ現れるんだろう。
オレは無意識に会社のドアの方を見つめた。




