46話 最後の仕事
最後の仕事
今日は、めずらしく作品をもらう日だった。そんなことがなくても、春男の家に入り浸っているオレには少々緊張する日だ。作品を落としたら、大事になる。
春男は、作品を送るのさえも面倒くさがる男なせいか、家が近いオレが取りに行っている。ほかの作家はよっぽど締め切りが迫っている時くらいなものだ。
それは、作品の最終回の部分をもらったときのことだった。なんでもないことのように言われた。
「ところでね、半年くらい、ここにいないから。」
春男は相変わらず、パソコンの前に座って、振り向きもせずに言った。
「いない?なんで?」
「家に、実家に帰ってくる。」
オレは驚いた。
「帰る?あの母親の下にか?」
春男の母親は、料理研究家だが、独特な料理を作る。その味見にたまに付き合わされているオレは、当然のように目を丸くした。
春男は、パソコンを打ちながら言った。
「いや、その母さんがヨーロッパに食材探しに行くとかで、しばらくいないんだ。で、父さんも出張がてら、それについていくって言うから。妹一人じゃ危ないだろう?」
春男には、妹がいる。オレには弟がいる。
「ま、女性一人は危ないだろうな。じゃ、しばらくは向こうで二人で暮らすのか?」
「そういうことになるね。」
「じゃ、オレはあっちまで原稿を取りに行くのか?」
春男の実家は、会社へ行くよりも遠い。春男は首を振った。
「いや、妹が、送ってくれるってさ。」
「本当か?」
「みたいだよ。本人が言っていた。」
「そうかぁ。」
オレは思った。春男の作る料理目当てに来られなくなるのは、残念だが、原稿を持っているというプレッシャーからは逃れられそうだ。それに送られてこなければ、取りに行けばいいだけのことだ。
「よし、わかったよ。いいもん書けよ。いつからいなくなるんだ?」
「これから、ある程度荷物をまとめて、向こうに行くよ。引っ越すわけじゃないから、全部持っていく必要はないからな。」
「んじゃ、オレはこれで。詳しいことはメールで知らせるよ。」
「ああ。」
春男はこっちをちょっと向いて、笑った。オレもつられて笑って、そのまま仕事場へ戻った。
それから、春男の原稿は確実に送られてくるようになった。春男と違って、妹さんはまじめらしい。編集長もちょっと嬉しそうにしていた。
「いい、妹さんがいるんだから、ずっと実家で書いていてもいいな。」
「そうですねぇ。」
作品は、間違いなく、締め切り前に送られてきていた。あの時に言ったように、詳しいやりとりはメールで行われた。そのまま、半年の月日が流れた。桜の季節はあっさりと過ぎて、セミが泣き出したころだ。
携帯が鳴った。春男の携帯からだ。
「ハイ。どうした?」
「あの、あの、妹の翔子です、あの、兄が……。」
オレの目の前は真っ暗になった。春男が死んだそうだ。




