44話 雪
雪
雪が降ると、うれしくなるのはいつまでだったか。もうおぼろげにしか思いだせない。
振り出しのころはまだいい。積もってくると、これが大きな問題だ。
オレのふるさとは、あまり行ったことはないが、とにかく雪が降るらしい。オレの両親は今回も仕事のオレを残して、弟を連れて田舎へ行った。老人たちに雪かきは危ないからだ。
オレにいわせると、普段から運動しない人がやるほうがよっぽど危ないのじゃないかと思う。
オレはというと、春男の家に向かっていた。今日は仕事だ。それにしても、どんなになれていても久しぶりに歩く雪道は緊張する。本当は手をポケットに入れて暖めたいが、転んだ時に危ない。かなりへっぴりごしでいつもの道を歩いた。
進んでいくと、春男のアパートの前で、なにやらわいわい声がする。冬休み中の早起きの小学生たちだろうか。雪で大騒ぎをしながら遊んでいると同時に、彼らのお母さん方だろうか、スコップで雪かきをして道を作っている。彼女たちも寒そうだ。
そこに知っている顔があった。春男のお隣さんだ。彼女のお母さんの姿はなかった。仕事だろうか。その女の子は記憶力がいいのか、僕を見るなり言った。
「いま、行っても、玄関に出てこられないと思いますよ。」
「なんで?」
「さっき、みんなに雪だるま投げられてシャワー浴びるって言っていましたから。」
オレと春男の関係を誤解しているとはいえ、本当にしっかりした感じの子だ。
「じゃ、メールに返事が来たら、行ってみるよ。ありがとう。」
この子の前で家の鍵を持っているとは言いにくい。寒い中しばらく待っていることにした。やっと返事が来て、オレは家の中に入った。風呂上りの春男がいた。
「あー寒かったー。」
暖房機の前に一直線に進むオレを見て春男は言った。
「勝手に入ってくればよかったのに。」
「家の前にお隣の小学生がいたんだ。」
「ああ、彩ちゃんだろう。朝から一緒になって遊んできちゃったよ。やっぱり大勢には勝てないね。」
まさか、この年になっても雪に喜ぶやつがこんなに身近にいたとは。
部屋の中ではすっかり水浸しになったコートやマフラーたちがぶら下がっている。洗えるものはとっくに洗濯機に放り込んだようだ。
「とにかく、遊んでないで原稿上げてくれよ。」
オレは手をこすり合わせながら言った。別に懇願しているわけではなく、ただ単に寒かったからだ。
「わかったよ。もうすぐ終わるよ。」
その言葉どおり、早く終わった。またこの雪の中を戻るのか。外に出たオレは無意識に下を覗き込んだ。
「あれ?おかしいな、下に誰もいない。朝はあんなにたくさんの子たちが遊んでいたのに。もう終わりなんだろうか?」
「ああ、みんなは塾なんだよ。朝くらいしか、時間がないんだよ。お母さんたちも一緒にいるから、安全に遊べるしね。あ、彩ちゃんだ。おーい。」
春男が手を振ると、彼女も手を振った。彼女だけがなにやら、おおきな雪の塊を転がしている。
「これから、彼女と雪だるまを作るんだ。」
そういって、部屋に消えた春男はあったかい格好をして出てきた。そして、隣の女の子と一緒になって雪だるまを作り出した。はっきり言って、大の大人が小さな女の子と一緒に遊んでいる光景はちょっと怖いものがある。なにか問題があったら大変だ。
オレはため息をついて編集長に遅れると連絡して雪だるま作りに交ざった。後から考えると、男が二人になっても怪しい光景に見えたに違いない。
ああ、なんだかなぁ。




