40話 春男と温泉
春男と温泉
今日も春男の家に作品を取りに来ている。まぁ、そうでなくても入り浸っているけれど。
パソコンに向かって、作品を打っていた春男が突然言い出した。
「あ、これ、この間置いていったでしょ。」
春男はなにやら本棚のほうへ椅子を向けた。本棚から出してきたのは、温泉のパンフレットだった。
「ああ、これ。忘れていったんだな。」
前回きた時にオレはここで春男の作品が上がるのを待ちながら、温泉のパンフレットを見ていた。土日の休みを使って温泉でもつかりに行こうかと考えていたのだ。たくさん貰ってきたからか、一枚忘れていったことに気がつかなかったようだ。
「温泉に行くの?」
「まだ、考えている最中だ。」
正直にオレは言った。まだ行くと決めたわけではなかった。
「じゃあ、帰ってきたら感想聞かせて。」
春男はまたパソコンに向かいだした。
「感想?温泉のか?」
「うん。ついでに、色とか大きさとか効能とか。次の作品で温泉使おうと思って。」
温泉の出てくる作品……どんなものだろうか。ミステリーならでてくるだろうが。春の短編に温泉が出てきたことは一度もない。
そんなに知りたければ、自分で行けばいいじゃないかと言いかけて思い出した。春男は温泉嫌いだということに。
「お前、温泉嫌いだったな。」
「よく覚えているね。そうなんだ。」
あれは高校時代の話だ。オレは先に他の仲間たちと風呂に入った後で、出口にところで喋っていた。そこに、春男と他のグループがやってきた。 同時に温泉に入ったはずなのに、春男だけまるでカラスの行水のように早く出てきた。
「あれ?もう出てきたのか?さっき入ったばかりじゃ……。」
オレは声をかけた。あまりに早すぎるような気がしたからだ。
「ああ。シャワーだけだから。温泉嫌いで。」
そう言って、にっこりと笑った春男は一人で部屋に戻っていった。それを聞いていたオレの友人が、温泉が嫌いなんて日本人じゃないと言っていたのを覚えている。食事の時もそんな話が続いていたような気がする。それで印象に強く残っていたのだろう。
「なんで温泉、嫌いなんだ?」
昔の思い出から戻ってきて、聞いてみた。
「肌に合わないんだよ。あとで全身が痒くなるんだ。熱いお湯が合わないのかもしれない。長時間浸かっていると、目眩もしてくるしね。」
そんな理由だったのかと、今になって始めて知った。あのころはただ、変わっているなぁとしか思わなかったが。
「わかった。行くことが決定したら、資料を集めてくる。」
「よろしく。」
春男はにっこりと笑った。基本的に笑顔というのは、昔と変わるものではないようだ。
「ついでに、土産も。」
ちゃっかりしている。
「まだ、行くと決めた訳じゃない。」
そう言ったが、たぶんオレは行くことになるだろうと考えていた。




