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13話 賞の作品

賞の作品


ドアが開くとそこにはエプロン姿の男性がいた。

男性のエプロン姿を、見慣れていないせいなのか、急にあらわれたせいか、顔があまりにも怖かったせいか、唖然としてカバンを落としてしまった。慌てて、拾い上げてから言った。

「あ、あの、春男は?」

「春男?ああ、息子ならいるよ、どうぞ。」

中に入ると、いつも通りに春男はパソコンに向かっていた。そして、振り向いて言った。

「やぁ、原稿、もうちょっと待っていてくれる?もうすぐに出来上がるよ」

「いいけど……。」

 そこに、スーツ姿の男性がお茶を運んできた。間違いなく、さっきエプロンをつけていた男性と同じだ。

「どうぞ。」

「ああ、紹介するよ。僕の父さんだよ。父さん、彼が僕の編集社員の佐々木だよ。」

「あ、あの、初めまして。佐々木洋介と言います。」

「これはご丁寧に。じゃ、私はこれで帰るよ。食事は冷蔵庫に入れてあるからね。」

「うん。ありがとう。」

 そして、彼は帰っていった。その後ろ姿を見ながら、オレは春男が作家になるきっかけになった賞を取った作品のことを考えていた。

「春男、『主婦になった男たち』って、モデルがいたんだな。」

 フィクション部門で、描写や主人公の心理状態が細やかに書けていると評判になった作品で、春男が唯一、賞をもらった代表作品だ。

「んー。でも、別に父さんは主婦じゃないよ。あれは趣味なんだ。」

「おやじさんだったんだ……ん?趣味?」

「うん。もういないけど、祖父もそうだったんだ。ただ、男性が台所に立つと奥さんがいつまでたっても出来ないんで、隠しているだけだ。家では父さんも亭主関白にしているよ。」

「あの人が?そんな風には見えないな。」

 もう、とっくにいなくなったドアの方を見つめた。

「あたりまえだよ。実際には違うんだから。本当は父さんの方が、母さんよりも料理も洗濯も掃除もうまいんだよねぇ。」

 春男はため息まじりに言った。

「でも、なんで隠してあるんだ?最近の女性なら家事をしてくれる男性の方がうれしいってもんじゃないか。なんでもやってくれて、便利なんじゃないか?」

「僕の母さんの職業、知っている?」

 オレは瞬時に思い出した。

「料理研究家か。」

「そう。新しい料理を習いにいって、おやじの一目惚れ。会いに通って、できないふりをした。なんにもできないおやじに、母さんは惚れ込んだ。母さんは、父さんの面倒を見るのが好きなんだ。それが、本当は母さんよりもうまいなんて知ったらどうなることやら。」

「ばれたら、離婚されるな。そうか、だからか。」

「なにが?」

「オレはずっと気になっていたんだ。どうして、お前の部屋がいつもきれいなのか。母親が来ているなんて話も、彼女が来ているなんて話も聞かないのに、こんなにきれいなのはおやじさんがしているからだな。」

 いつ、来ても春男の家はきれいだった。お母さんでも来ているのかと思ったほどだ。しかし、親父さんは来たという話はたまに聞いていたが、お袋さんがきているなんて話は聞いたことがなかった。

「そう。僕もできないことはないんだけど、そうすると、仕事の方がおろそかになっちゃうから。」

「それだけはやめてくれ!」

 オレは慌てて言った。オレには春男の親父さんの趣味の問題よりも、春男の原稿が上がらない方が困る。春男の家にはいつまでも、家庭円満でいてもらいたい。このことは、誰にも言うまいと思った。


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