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38話 女の子

 女の子 (前編)


 いくら友人だといっても、いくら家の鍵を預かっているといっても、基本的には人の家には勝手に入らないようにしている。 万が一にも、家に彼女でも来ていて邪魔をしようものなら一生恨まれるかもしれないからだ。尋ねていく時は、メールで行くことを伝えてから行くようにしている。

 その日も、春男から了解の返事メールを貰ってからドアをあけた。ところが、開かない。内側からドアが開くと、いつも迎えてくれるはずの春男の姿がない。無意識に下のほうを見つめると、小学生くらいの女の子がドアを支えている。彼女が開けてくれたようだった。慌てて、表札を見たが、間違っていない。

「ああ、彩ちゃん、入れてあげて。僕の担当さんだよ。」

 奥からこっちをみた春男の姿があった。女の子はオレが部屋に入るとすぐに言った。

「ドアの鍵は閉めてください。」

 オレは慌てて、鍵をかけた。その間に少女はさっさと歩いていき、いつもオレが座るソファでテレビを見ていた。誰なのだろう。

「やぁ。まだ今日は出来てないよ。」

 春男はいつもの椅子に座ってパソコンに向かっていた。

「ああ、それはいいが、誰なんだ?」

 少女のほうを見つめた。

「彩ちゃんと言うんだ。公園で拾ってきたんだ。」

 オレは唖然とした。そんなもん、落ちているわけがない!春男の言葉に彼女はこっちを向いた。

「そうじゃありません。母が帰るまでここにお邪魔しているんです。」

 その女の子は、小さいのにやけにしっかりと言った。

 しっかりした感じの子だなぁ。オレが子供のころはもっとバカだった気がする。

「どうして、春男の家に?」

「春男さん?」

「ああ、こいつの作家名だよ。こうみえても、作家なんだ。」

 こう見えても、というところを強調したのは、そうは見えないだろうと、オレが思っていたからかもしれない。

「彼女はお隣さんなんだ。」

「お隣さん、ここの?」

「そう。今日、めずらしく出かけたら、公園にいたからつれてきた。家の鍵をなくしちゃったらしいんだ。最近、夕方が早いだろう。公園に一人でいたら危ないと思って。」

 自分でも出かけるのが、珍しいのだと自覚していることはわかった。しかし、お隣さんがいくら顔見知りでも、安全とはいえない時代なのではないだろうか。

「大丈夫。お母さんには携帯で連絡させたから。」

 オレは他のことを心配していたが、春男はそう言った。

「携帯?小学生なのに、持っているのか?」

「はい。連絡用に持たされています。」

 女の子は首からぶら下げている携帯を見せた。なかなかかわいい携帯だ。

「へぇ。いま、小学生でも持っている時代なんだな。」

 オレは改めて感心していた。ちょうど、その時に携帯が鳴った。メールを読んだ彼女は言った。

「たったいま、母が帰ってきたそうです。私はこれで失礼します。ありがとうございました。あとで、お礼に来ます。」

 少女は帰っていった。

「最近の子はしっかりしてるんだなぁ。でもなぁ。」

 オレは今日思ったことについて語った。お隣さんでも男一人の家に来るのは危ないのではないかという話だ。そんな話をしていると、インターホンがなった。



 女の子 (後編)


 出て行ってみると、さっきの少女がいた。今度は、お母さんも同伴だ。

「あの、今日は彩がお世話になりました。あの、これはこの間のお礼です。少ないですが、どうぞ。」

 なにやら包みを渡されて、つい受け取ってしまった。

「ありがとうございます。」

 後ろから出てきた、春男が挨拶をした。

「それじゃあ。」

 親子が帰ってから、包みを開けると鮨が入っていた。

「鮨だ。食べていい?」

「いいよ、今、皿を出そう。」

 つまみながら、オレは聞いた。

「そういえば、この間のお礼ってなんだ?」

「ああ、母さんから貰ったかぼちゃの三種類のクッキーのおすそ分けのことだろう。」

 春男は、食べきれないと近所に配っている。

鮨を食べながら話は元に戻った。

「やっぱり、女の子を一人、いれるのは危ないと思うんだよな。なにかあったら、近所から言われるぞ。」

「そうかもしれないなぁ。」

「母親だって、男の一人住まいに置いておくのは心配するだろうしさー。」

それに、春男は笑って言った。

「ああ、だいじょうぶだよ。あそこの家族、僕がゲイだと思っているみたいだから。」

 食べかけの鮨が落ちた。

「落ちたよ?」

 春男は平然と食べつづけていた。

「まて?お前がそう思われているってことは……おまえの相手がオレだと思われているって可能性があるんじゃないか?」

「あるんじゃない?」

 オレは青くなった。

「オレは違うぞ!」

「いや、僕だって、違うし。」

「訂正しろよ!」

 思わず、ドンっと机を叩いた。

「してくれば?」

「お前、なんで、してないんだよ!」

「んー。別に、しなくても困らないからじゃないかなー。」

 春男はいつものようにのんきに答えた。一方オレは、それからの鮨があまり喉を通らず、帰るときもこそこそと帰っていった。

 そのショックのせいか、作品をもらうのをすっかり忘れて、翌日にまた行くはめになった。隣の子に見つかりませんようにと願った。しかし、その願いもむなしく、彼女は、彼女の家の前にいた。

「あ。」

「こんにちは。」

「どうも。あの、どうしたの?また、鍵がない?」

「いいえ、これから買い物に行くところです。それじゃあ。」

 彼女は、階段を下りていった。オレは、どうにか弁解をしようとおもったが、言葉が見つからずに、あきらめた。でもまぁ、誤解されたままでも、あいさつはしてくれるようだからいいかと、オレものんきに思うようになった。


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