30話 今の家
今の家
春男の担当になってから、春男は今の家にずっと住んでいる。一人暮らしだ。しかし、いいかげんにひっこしでもしたほうがいいのではないかとオレは思っている。
いや、実際に春男には言っている。しかし、春男の返事はたいてい決まっていた。
「部屋、探すの面倒なんだ。」
これだ。面倒大王め!この部屋も大学に通うときに春男の親父さんがみつけた部屋だ。大学在学中も、卒業して作家になった今でも時々やってきては趣味の家事をして去っていく。
春男に言うよりも、春男のお父さんに話した方が早いかもしれない。最近、だんだんとそう本気で思えてくるようになった。しかし、いつ来るのかよくわからない。実際にあったことがあるのは今までに片手で数えるくらいしかない。
なぜ、そんなに引っ越しをしなければならないのか。資料で家の中が埋まっているからだ。紙だらけ!捨てるに捨てられないようだ。最近になって、急激に増えたのだ。仕事が増えたわけでもないのに。
「まったく!オレの座る椅子まで資料が乗っかっているじゃないか!だいたい、なんだよ、この城に関する資料は!お前の作品に城なんか出てきたことないだろうが!」
「そうなんだけど、そのうち使うかもしれないと思って。」
「使う時に用意しろよ!」
ここにあるものの一覧表を作ったら、ただの怪しい人なんじゃないかと思えるような資料の数だ。昔の小判だとか、最新の家電だとか、宇宙の話だとか、絵の話だとか。何の統一性もない。使った資料も使っていない資料もある。どうにかならないもんだろうか。
「実はね、待ってるんだ。」
春男は珍しく、小声で言った。春男が小声で何か言うことはめったない。
「なにをだ?」
「隣が引っ越すのを。どっち側でも良いんだけどさ。」
「引っ越すのか?」
「わかんない。」
目眩がオレを襲った。時々、こいつを後ろから殴りたくなるのはオレだけだろうか。今のこの家は、オレの家から近くて行きやすいが、このままだと紙の重さだけで床が抜けるかもしれない。はっきり言って、そんなに頑丈そうにも見えない。
「春男、お前の親父さん、今度いつ来るんだ?」
「んー、明日?」
「そうか、わかった。」
オレは本気で春男の親父さんと引越しにことを話し合ったほうが早いと思った。明日また来よう。
「引越しなら出来ないよ。」
オレの考えを読んだように春男が言った。
「なんでだ?」
「金がない。」
あっさり結論を言った。確かに、春男の給料じゃ引越しできない気もする。いっぱい貯金が出来るほど、売れているわけではない。これは事実だ。しかし、それならどうする?
「だからね、倉庫を借りようかと思って。」
「倉庫?」
「うん。そこに、僕の本だけ置こうかと思って。どうせ、読み直さないし。読み直すにしても、パソコンの中に入っているから呼び出せば良いだけだろう。」
春男がこの家から出て行くのは、まだ当分先になりそうだ。もしかしたら、隣のほうが先にいなくなるかもしれない。オレはため息をついた。




