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29話 甘い香り

 甘い香り


「ん?」

 オレは春男の家に来て、なにやら違和感があった。あまい香水の匂いがする。

 最近の若い人なら香水が男性の部屋にあっても不思議はないのだろうが、春男は匂いに弱いようで、香水はあまり好きではなかった。今どきのアロマなども一切ない。花が飾ってあることもない。

「春男、誰か来たのか?」

 さっそく聞いてみた。

「ああ。母さんが。」

「あの、マキさんが?きたのか?ここに?今日?もっと早く来ればよかった。」

 オレは嘆いた。春男のお母さんは有名な料理研究家だ。サインでも貰いたかった!あまり春男とは似ておらず美人だ。春男の妹さんはお母さんに似ている。お母さん本人を見たことはないが、本の表紙に出ているので顔は知っている。

 そういえば、春男のお母さんは三者面談の時にも会わなかった。あまりに忙しかったようだ。その時には、親父さんが来ていた、とちょっと昔を思い出した。

「それで?なにしに来たんだ?なんだ、これは?」

 足元のダンボールには、なにやら変わったものが入っている。ピンク色の丸いものだ。

「フルーツなんだよ。それで、あれこれ料理を作ってみたらしいんだけど、うまいのが一品も作れなかったからって僕のところに持ってきたんだ。」

「そんなことあるのか?」

 めずらしく、春男のほうがため息をついた。

「人様に食べさせる前に、僕ら家族が食べるんだよ。あれじゃ、実験に近いよ。」

げんなりしたように春男が言った。そんなことがあったとは。確かに、研究家なんだからいろいろ作ってみているのかもしれない。

「それにしても、お母さん、香水、きつくないか?」

「香水?この甘い匂い?」

「ああ。」

 また春男がため息をついた。なんだか、嫌な予感がする。

「これ、デザートの匂いなんだ。余ったからって僕のところに持ってきたのはいいんだけど、すごいんだ。」

 すごいというのは、いい意味にも悪い意味にも使える。すごく美味しいとか、すごくまずいとか。しかし、このデザートはどっちでもなかった。 オレはさっそく好奇心で食べてみたが、たしかに、すごい味だ!

「なんの、味もしない……。いや、甘い……ような気がするが……。」

「カスタードの甘さがかすかにするだけだろ?」

「ああ。」

 なんというか、コメントなんにもが見つからない。オレにしてはかなり歯切れが悪い状態にあった。これはめったにないことだった。 

「このフルーツのせいか?なんていうか、味を消しあっているというか、まずくはないんだけど、うまくもないな。触感だけはあるが……。」

「ね、すごい味だろう?これが、まだ冷蔵庫にあるんだ。食べるのに一苦労だよ。あ、フルーツ自体はうまかったよ。」

 母の成功の裏に、家族の苦労を見たような気がした。これは確かに、なんというべきか、他の調理方法を試してみても悪化するだけのような気さえする。これじゃ、本には出せないだろう。

 実験と言った春男の言葉を瞬時に理解できた。

 部屋に広がる、この甘い匂いはフルーツのせいだったようだ。それにしても、どんな調理をしたら、こんななんの味もしないものにあるのか。なんとなく、オレは現実を見たような気がした。



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