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23話 本を読ませないわけ

 本を読ませないわけ


 執筆中の春男に本を読ませてはならないと最初にいったのは、三代目の編集者だ。彼からの手紙の中の一行にあったものだった。彼は春のことを本当によく見ていたのだと後から感心させられる。

「なんでだろう?」

 春男の編集者になりたてのころは、なんのことやらサッパリだった。よく頭の片隅に残っていたものだと自分で自分に感心する。

 なぜ、春男に執筆中、本を読ませてはいけないか。

 春男は本を読むと本の中の主人公に感情移入してしまうらしい。それ自体は悪いことではないが、春男が書いている作品の書き方に影響する。主人公の行動だけでなくセリフや説明文まで変わってしまう。

 最初から最後まで、全部同じように書いてあるならその方針で進めるが途中が変わる。それに気づいて手直しするのはかなり大変だ。

救いはその期間がそんなに長く続かないところだろうか。もちろん、最初から変化がなければもっといいのだけれども。

 そんな理由で、春男は仕事が終わるまで本や標準語を話さないテレビ番組は禁止だ。最初は本だけなのだと思っていた。手紙に書かれていた注意事項は本のことにしか触れていなかったからだ。

 ところが、オレは追加することになる。本だけじゃない。テレビもあんまり長時間見せてはいけないと。三代目が担当の時は春男の家にテレビがなかっただけのことだったのだ。

 天気予報は影響しないようだが、そのほかはなんでもする。ニュースでさえもだ。

 前に手直ししたときは、急に大阪弁になっていた。どうやら漫才番組を珍しく見ていたようだ。話し方が移ったらしい。急にかわったので、新しい登場人物でも出てきたのかと読み直したほどだった。

 その前は、東京の人間の話し言葉の中に部分的に京都弁が入っていた。最初からそうなら、昔は京都に住んでいたという背景は読み取れるかもしれないのだが、急に出てくる。京都が舞台のサスペンス番組を見ていたようだ。

 その前は、独特な書き方をする作家の本を読んでいたようで、春男の書き方も似たようなものになってしまっていた。春男の話を読み慣れているオレでも、ちょっととまどった。なにか心境の変化であったのかと思ったが、すぐに本を読んだのだとわかった。

 話を聞いているだけだとおもしろいかもしれないが、春男には自分でそんな風に意識して打った記憶がない。オレは後からどういうことなのか聞いて直すはめになるのだ。

 今回は会社で春男から受取った原稿を読んでいて、気がついた。さっそく春男の家に電話をする。

「はい。」

「佐々木だが、春男、ついさっき受取った作品だが、なにか名古屋関係のものを見ただろう。」

「え、なんかあった?」

 やっぱり春男の方には記憶や意識がなかったようだ。

「なんかあったじゃない!なんで、若い娘がこんなこてこての名古屋弁を使うんだ!」

 オレは電話口で怒鳴った。会社に残っていた何人かがこっちを見た。

「ごめん、憶えてないや。」

 オレは憶えている。オレもそのテレビを家で見ていたからだ。

「あれだけ、書いているときはテレビをみるなって言っただろうが!本も禁止だ!」

「ごめん。」

 どうせ、いくら言っても春男にはあまり影響しない。これで、直るならなんども手直しすることがないからだ。

 しかし、言わずにはいられない。

 電話を切って、とりあえずオレは手直しの作業に取りかかった。そんなに多くはないが、今日は変えるのが遅くなりそうだと思った。  


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