私の飯屋《メシア》―チェーン中華店で必殺昇天! ドラゴンハイボール編―
例えばほら……明日の予定、酔い回っても……戻らないとしても。
私の日常に舞い降りた一杯の非日常。
《王道らせろ、今こそ己の魂を》
それが渇いていた私の求める至高の一杯となるまでの――――ほんの日常。
今日も無事、定時19時で上がることができた。
「はぁ…… 金額修正といい、デスクワークは肩が凝る」
仕事帰りの私は鞄ごと両腕を上げることで、簡単なストレッチを試みる。
(視線、気になるな)
……そしてすぐさま降ろしたワケで。
「あ〜あ、そろそろ腹が減ったな〜」
誰が聞くでもない誤魔化しのセリフを吐き捨てながら駅前の通りをぶらついていると、とある中華チェーン店が目に飛び込んできた。
「日笠屋、か……」
最近はご無沙汰だった気がする。
独身の私は帰宅途中で大抵近所のスーパーに立ち寄る。
帰路に着く時間帯になると割引シールがアップを開始するからだ。
――しかし、安いからと言って一週間も海苔弁当生活を続けていた私は食傷気味であったこともまた事実。
……ふと、店先の食品サンプルで一品気になるメニューを発見した。
「辛唐揚げ定食、旨そうだ……」
税込価格900円。
赤いパウダーが振り掛けられた魅力的な揚げ物に胃腸が興味を持ち始めると……大人気もなく腹の虫を鳴らせていた。
『いらっしゃいませ〜、一名様ですか?』
「はい」
私は人差し指を立てて人数アピールをすると、案内されるまま窓際のカウンター席、その左端へ着席した。
◇
『ご注文はタッチパネルからお願いします』
最近チェーン店で増えたよな、この注文方法。
人と面を合わせるのが苦手な私からしてみれば……近年で一番の発明をしてくれたよな、と感動すら覚えている。
「さて……例の辛唐揚げ定食は、と……?」
【注文を開始します】から年齢確認画面を通過していくと、オススメメニューに表示された或るアルコールメニュー。
「ドラゴン……ハイボール?」
居酒屋として入店した私であったが、唐揚げに合わせるならレモンサワーだと決め込んでいた。
見てくれは他所で見かけるコークハイのような色付き。
(ドラゴン。 ドラゴン……?)
雰囲気で提供しているのだろうかと思い過ごした私はそのページをスキップすることにした。
(辛唐揚げ定食、ライスは並盛り……アレが気になる)
不思議なドリンクメニュー名が頭から離れなかった私は、導かれるまま注文画面を横に進めていく。
――お待たせしました、ドラゴンハイボールです!
あの名称を耳にしてしまった私は思わず、カウンターの三つ先へと視線を向けた。
(旨そうに呑むじゃないか、あのサラリーマン)
……気になる。
明日が休みという免罪符のもと、私は好奇心に従いドラゴンハイボールなるものも注文リストに追加した。
(330円、たまには悪くないか)
◇◇
『ご注文の品を受け取りましたら、上の完了ボタンを押してください』
てっきり今の流れからホールスタッフが配膳してくるものと予想していたのだが、そうか最近はロボットもあるか。
【辛唐揚げ定食…900円+ドラゴンハイボール…330円】
せんべろとは行かなかったものの、己の全身が求めるままに注文したことについて詮索は野暮だろうと考えることに決めた。
赤い粉末の入った小鉢と小皿の白菜キムチ、茶碗で湯気立つ白い並盛りご飯。
そして、店名がプリントされた皿に盛られるキャベツの膨らみを追いやらんとする4つの唐揚げが私の食欲を刺激する。
(ほう……見れば見るたびコークハイとしか言いようがない)
ジョッキを赤黒く染め上げ、結露を噴き出す件の一杯。
(まずは一口……っ!)
――クッと鼻孔に尾を引く後味。
しかし、それを炭酸とレモンの香りが心地良く制御する。
(ところでこれは何を割っているのだろう……ああ、紹興酒の炭酸割り。 成程なぁ……)
紹興酒といえば中国の酒だったかな。
国のイメージからドラゴンということなのだろうか。
……などと、当てのない勘繰りを続けないうちに辛味のエンチャントを唐揚げに付与してから頬張る。
――すかさずドラゴンで追い打ちを仕掛ける。
(あぁ……堪らねえ。 人生このために生きているといってもいい程の多幸感。 これぞ正しく『飯屋』だな……)
その後も……
――唐揚げ ――白飯 ――キムチ ――ドラゴン ――餃子(300円で一皿6つを追加注文) ――キャベツ……
(限られたリソースでしか味わえない至福のループコンボ……! 夜中に嗜んでいる某RPGでの連続コンボのような気持ち良さ……! 今はただ、私はこのスパイラルに身を任せて呑まれるだけだ……ッ)
終わらない 身体中に 流れ込む ドラゴン。
ハイボールを流し込む最中、傾けることで見えたジョッキの底を覗いた私は、欲望に抗えず追加注文へ至った。
……明日私がどうなろうと知ったことではない。
幸福とは、人生を豊かにするためのうま味調味料なのだと34の身で分からされた。
◇◇◇
『お支払いはどうされますか?』
「……カードで」
『ありがとうございました』
バトル漫画のタイトルにありそうな一杯を堪能したところで、店を後にした私は帰路に着くとスマホでスケジュールをチェック。
(あっ……シフト取得していた休み、来週と勘違いしていた)
実は、酒を味わうのは好きだが大して強くもない私。
あのたったの二杯によって翌日の業務を二日酔いで乗り切る羽目となるのだが……それはまた別のお話。
ふらっと立ち寄る中華チェーン。
千円前後で飲み食いしようとして二千円近くまで駆け上がること、あると思います。
キムチ・メンマ・焼豚のおつまみ3種盛りに始まり、ハイボールで喉を鳴らしつつ餃子を受け入れてはまた呑む。
このルートのシメならば卵炒飯が定石か。
醤油ラーメンも捨てがたいが、炒飯には中華スープが付いてくる。
どちらもスープを持ち得ながらも、在り方の異なるその存在が呑む者を狂わせるのだ。
ここまで読んでくださりありがとうございました!




