5.
寺元太一は、弁護士だった。豊かな暮らしを手にし、知性を備え、家族を深く愛し、満ち足りることとは何かを知っていた。その穏やかな人間性の裏には、貧しさと苦労に満ちた幼少期があった。幼い日に経験した苦しい生活が、彼に人の痛みを理解する力を与え、人間の温かみをもった弁護士として人々から信頼を集めていた。
私は寺元太一に尋ねた。
「あなたは幸せですか?」
「はい、幸せです。」
*
深夜、テーブルの上に置いた携帯電話が鳴るのををじっと待っている。もう三日ほどこうして息子からの電話を待っていたが、着信は一向になかった。真夜中の静けさと、一人で暮らすには広すぎるマンションがいつになく寂しさを掻き立てた。
去年、足を悪くしてから、長年続けてきたパートを辞めた。あれはもう惰性で続けていただけで、辞めても生活に支障はなかった。細々とした年金に、潤沢すぎる息子からの仕送りが加わり、贅沢をしたって金が余るのだ。このマンションだって、息子の太一が買ってくれたものだ。
太一は出来た子だった。弁護士になり、稼ぎ、月に一度は電話をくれる。ただ近況を気にかけてくれるのはありがたいが、その電話はたいてい日付が変わった頃にかかってくるから、私が直接出ることは少なく、留守電にメールで返事をするのが常だ。忙しいのはわかっているが、わざと深夜にかけてきて私が長話をしないようにしているのではないかと、つい邪推してしまう。
夫は太一が五歳のときに死んだ。飲酒運転の事故で、保険金は賠償金に消えた。それからは、昼は工場のパート、夜はスナック、その合間に太一の食事と風呂の支度。そんな暮らしを何年も続けた。息子には寂しい思いをさせたが、太一はいつも明るく、そんな環境にいながら驚くほど賢かった。塾にも私立にも通わせられなかったが、一発で地元の国立大学に合格し、卒業後はパラリーガルとして弁護士事務所へ入社して、数年のちに弁護士になった。あの頃は苦しかったが、その分、太一と二人、歯を食いしばって生きたあの時期は切実さと活力があった。
その点、今はどうだろう。働く理由を失い、趣味と呼べるような趣味もなく、金と時間だけは余っているのに、体は萎びて、それらを使う気にもなれない。五十を過ぎたあたりから、老いと孤独は少しずつ形を変えて、私の体の奥に棲みつくようになった。鏡を覗けば、そこに映るのはもはや見知らぬ老婆で、最近では、その老婆が私をどこか遠くへ連れ去ろうとしているような錯覚さえ覚えていた。
このまま残りの十数年、ただ一人で朽ちていくのかと思うと、ひどく恐ろしかった。せめて最後の時間くらい、息子家族のそばで暮らしたい、そう思うのはそんなに傲慢なことだろうか。今まで散々働き、、息子のために苦労してきたのだ。太一だってこのまま私が孤独に死んでいくことを望んではいるまい。今生の終わりくらいは、甘えたって罰は当たらないだろう。
――リリリリ。
「はい、もしもし」
「あ、母さん。どうしたんだよ、こんな時間まで」
「どうしたもこうしたも、あんたがかけてきたんでしょう」
「そうだけど、いつも留守だから。急に出られるとびっくりするよ」
「いつも深夜に電話してきて、私が出るとそんなに都合が悪いの?」
「違うって。仕事が忙しくて、こういう時間にしかかけられないんだよ……で、何かあった?」
「まあね。用事ってほどじゃないけど、足を悪くしてから、人ともあまり会わなくなったでしょう? 一人も気楽でいいと思ってたけど、このままだとボケてしまいそうでね。そうなると太一も困るし、桜さんにも子どもたちにも迷惑がかかる。だからそうなる前に、あんたのところで暮らせたらって――」
「ああ、やっぱりそのことか」
「やっぱりって……太一も考えててくれたの? それなら」
「うん。母さんのことは前から考えてた。ちょうど今、母さんに良さそうな老人ホームを探してたんだ」
「は……?」
「母さんくらい元気だと、入居費用も安いし、同年代の人たちと暮らせる。趣味サークルや体操もあって、母さんにぴったりだと思う」
「ちょ、ちょっと待って。私が言いたいのは、そういうことじゃないの」
「でも、こっちに来たいってことでしょ? それならホームの方がいいよ。うちからも近いし、何かあったらすぐ駆けつけられる。僕らの家だと……正直、窮屈だと思う」
「窮屈って、私が邪魔だって言いたいわけ?」
「そういう意味じゃない。ただね……僕も桜も平日は朝から夜まで仕事だし、真子も諒太も学校や部活でほとんど家にいない。結局、母さんは昼間ひとりになってしまう。それに家は部屋数も限られているし、生活のリズムも違う。母さんには母さんの生活があって、僕らにも僕らの生活がある。家族なのは変わらないけど、一緒に暮らす形はもう戻せないんだよ」
*
私は寺元久美子に尋ねた。
「あなたは幸せですか?」
「いいえ、私は不幸せです。」




