「お約束」でトラックに轢かれた俺のジョブは【ルビーマスター】。女神(ポンコツ)のせいでファイアボールしか使えないけど、それでも異世界でがんばります!
ドンッ!!
激しい衝撃、けたたましいブレーキ音。
目の前を横切る、見慣れた銀色のトラックの車体。そして、浮遊感。
(あ、これ、死んだわ...)
冷静にそう思ったのを最後に、俺の意識は途切れた。
◇◇◇
「いやぁ、ごめんなさい!完全にこちらの不手際です!」
真っ白な空間で、とんでもない美人が土下座していた。
女神、と名乗る彼女が言うには、俺の死は、いわゆる「お約束」...神様側の手違いによるものらしい。
「つきましては!転生特典として、あなたに特別なジョブを差し上げます!」
顔を上げた女神が、パァッと笑顔になる。
「あなたのジョブは、厳正なる抽選の結果...【ルビ…マスター】になりました!」
ルビーマスター? 宝石の「Ruby」か?
「あの、それって...」
「あ、あとレベル1のうちは詠唱が不安定なので、補助ルーチンとして『型』を体に刻み込んでおきますね!」
「型?」
俺が聞き返すより早く、女神が指を鳴らす。
瞬間、俺の体に、どうしようもなく「恥ずかしい記憶」が流れ込んできた。
まず、右手を天に突き上げ...
(くっ...! 静まれ、俺の右腕...!)
左手で右目を隠し、右手を心臓の前にクロスさせ...
(――見えたぞ、貴様の『終焉』が...!)
「...は?」 (なんだこれ!? 死ぬほど恥ずかしいぞ!!)
「はい。では異世界生活、楽しんでくださいねー! あ、使える魔法は『ファイアボール』だけです。頑張って生き延びてくださいねー。 転送開始しまーす!」
「待て! 説明! 説明しろぉぉぉ!」
俺の叫びもむなしく、足元の魔法陣が光り、俺は森の中に放り出された。
「...放り出すとか、ひどくね?」
見知らぬ森の中。俺は途方に暮れていた。 使えるのは「ファイアボール」だけ。
そして、なぜか魔力を使おうとすると、あの忌まわしいポーズをとりたくなる。
その時だ。
「きゃあっ!」
少女の悲鳴が響いた。
見ると、ひとりの少女がオークの棍棒にはじき飛ばされたところだった。
「うぅ...腕が...」
少女の腕はありえない方向に曲がっていた。間違いなく、折れている。
「ゲヒヒ...」 オークが、とどめを刺そうと俺たちの前に立ちはだかる。
「ファイアボール!」
少女を助けるために、俺はファイアボールを放った。しかし…
小さな火の玉はオークに当たると、そのまま何の反応もなく消えてしまった。
ダメージがあるようには見えなかった。あっても赤ん坊のゲンコツ程度の威力だろう。
(クソッ...俺の魔力じゃ、あんなデカブツは倒せない...!)
情けない。俺が使える魔法は「ファイアボール」ただ一つ。
「...逃げてください...私はもう...」
「馬鹿言うな!俺は諦めない...!」
俺は少女をかばうように前に立つ。
「ダメです!あなたの『ファイアボール』じゃ...!」
俺は、手のひらに赤ん坊のゲンコツほどの小さな火の玉を浮かべる。
浮かべながら、もうひとりの自分からの「声」が聞こえた。
オマエの能力は「ソレ」じゃない。
女神が言った『ルビ…マスター』という言葉、よく思い出せ!
(ルビー...ルビ...? もしかして...!)
頭の中でパッと光る電球が浮かんだ!
俺は覚悟を決めた。
(やるしかない...人前で...アレを...!)
「ああ、そうだな。『ファイアボール』じゃ、お前の怪我は治せない」
「え?」
俺は、体に刻み込まれた、あの忌まわしき「ポーズ」をとる。
「くっ...! 静まれ、俺の右腕...!」
「――見えたぞ、貴様の『終焉』が...!」
「...は?」
少女が間の抜けた声を出す。オークですら困惑している。
(恥ずかしい! だが、やるしかない!)
俺は叫んだ。
そして、彼女にファイアボールを放つ!
「――ファイアボール!!」
詠唱は「ファイアボール」。
だが、俺の手から放たれたのは燃え盛る炎ではなく、透き通るような優しい緑色の光だった。
光は少女の折れた腕を包み込み、ありえない速度で骨を、肉を修復していく。
「...うそ...痛くない...?」
「ゲギ!?」
目の前で回復魔法を使った俺を見て、オークが驚愕している。
「...ふっ」
俺は、まだポカンとしている彼女に振り向いた。
「これが俺の『ファイアボール』だ...(震え声)」
その後、腕が治って戦線復帰した少女...カノンの援護魔法と、俺のダメ押しのファイアボールもあり、なんとか倒すことができた。俺たちはそのまま冒険者ギルドに登録した。
そして今日が、俺たちの初クエストの「ゴブリン討伐」だ。
ギルドの手配で、他のベテランパーティと同行している。
「おい! 新人! 何ボサッと突っ立ってる! 援護しろ!」
ベテラン剣士が怒鳴る。ゴブリンの群れに、ベテランパーティの前衛が崩されかけていた。
俺が「魔術師」として登録したもんだから、後衛火力を期待されている。
(クソッ...やるしかねえのか...人前で...アレを...!)
俺は覚悟を決める。
俺は、ベテラン剣士たちの目の前で、あの「ポーズ」をとる。
「くっ...! 静まれ、俺の右腕...!」
「――見えたぞ、貴様の『終焉』が...!」
シン...と、森が静まり返る。
「...おい」
ベテラン剣士が、信じられないものを見る目で俺を指差す。
「あいつ...何やってんだ...?」
(あああああ! 恥ずかしい! 全員こっち見てる!)
だが、もう後には引けない。 俺は手のひらに、いつもの小さな「ファイアボール」を浮かべる。 そして、この世界に来てからずっと願っていた、心の叫びを「ルビ」として定義する!
(頼む...! 20音ギリギリだ...通ってくれ!)
俺はキメ顔で叫んだ。
「ファイアボール!!」
放たれたのは、いつもの小さな火の玉。
ベテラン剣士が「ふざけやがって...」と顔を歪めた、その瞬間。
火の玉はゴブリンの群れの中心に着弾し――
――ドッゴオオオオオンッ!!!
すさまじい爆音と衝撃波が森を揺らした。 土煙が晴れると、さっきまでいたゴブリンの群れは、リーダー格のホブゴブリンもろとも消し飛んでいた。
「...うそ」
「...なんだ、今の...」
「...見たか。これが俺の『ファイアボール』だ...(震え声)」
俺は、キメポーズを恥ずかしさで震えながら維持していた。
だが、運悪く、生き残りがいた。 それは、ボロいローブをまとった、ひときわ小さく、だがズル賢そうな目をしたゴブリンメイジだった。
「ゲギャ!」
「まずい、カノン! 下がれ!」
ゴブリンメイジが杖を構え、高速で詠唱する。
「アキラさん! あれは『アイス・ランス』です! 氷の槍が来ます!」
カノンの悲鳴と同時に、鋭い氷の槍が俺めがけて飛んできた。
(くそっ! 回復も爆発も、当たる「前」にやられたら意味がねえ!)
俺は、もう条件反射になりつつある恥ずかしいポーズをとる。
(防御...防御だ! シンプルに...!)
「――ファイアボール!!」
俺のイメージでは、火の玉が「炎の壁」になるはずだった。 だが、火の玉は「壁」になどならず、そのまま氷の槍に当たって...霧散した。
「なっ!?」
「きゃあ!」
氷の槍は俺の肩をかすめていく。
「いっ...!」
「アキラさん!?」
「大丈夫だ...だが、クソっ...! 『壁』はダメか!」
(そうだ...! 『ファイアボール』が『壁』になるなんて、物理法則を無視しすぎてる...! 俺の「知性」じゃ、まだそんな無茶苦茶な定義は通せないんだ!)
「ゲギャギャ!」
ゴブリンメイジが、俺のポーズと失敗を見て、嘲笑うかのように二発目の「アイス・ランス」の詠唱を始める。
(どうする...!? 物理法則にギリギリ反しない...『火』で『氷』を防ぐ理屈...)
(...そうだ! 『壁』にするからダメなんだ!)
俺は、再びポーズをとる。もう恥ずかしがっている暇はない。
「――ファイアボール!!」
今度のルビは「熱で溶けろ」という、ギリギリ物理法則(という名のこじつけ)に基づいた「定義」だ!
放たれた火の玉は、迫りくる氷の槍に直撃する。
ジュワアアアッ! 火の玉がルビの定義通りに「氷を溶かす」ことだけを目的とした超高熱の塊となり、氷の槍を跡形もなく蒸発させた。
「...やった!」
「ゲギ!?」
ゴブリンメイジが、魔法を防がれて狼狽している。
「...お返しだ、クソゴブリン!」
俺は、三度目の(恥ずかしい)ポーズをとった。
「――ファイアボール!!」
――ドッゴオオオオオンッ!!!
森が、今日一番の大音響と共に揺れた。
土煙が晴れると、そこには小さなクレーターが残されているだけだった。 ゴブリンメイジの姿も、持っていた杖も、ボロいローブも、すべてが消し飛んでいた。
「...終わった...か」
俺は、まだ左目で右目を隠したままの、あの恥ずかしいポーズをゆっくりと解いた。
どっと疲労感が押し寄せる。魔力切れか、それとも精神的なものか
...たぶん後者だ。
「アキラさん! 大丈夫ですか!?」
「ああ...なんとかな。それより、その...ポーズのことは...」
「(コクコク)」
カノンは、何も見なかったというように、しかし必死に笑いをこらえているように見えた。
その夜。
俺はカノンと交代で見張りをしながら、浅い眠りについていた。
目を開けた時、俺は真っ白な空間に立っていた。
「やあ、アキラくん! 頑張ってるみたいだねー!」
あの女神だった。
「...お前か。あのポーズ、やっぱりどうにかならないか!」
「んー、レベルが上がっても多分ずっと必要かも? あれは『詠唱安定化の補助ルーチン』だからね」
「ふざけるな!!」
「まあまあ! それより、ジョブ名はちゃんと理解できたみたいで安心したよ」
「...ルビーマスターだろ?」
「ぶっぶー。違います」
女神は俺の目の前で、指で文字を書くフリをした。
【ルビマスター(Rubi Master)】
「...は?」
「宝石の『Ruby』じゃなくて、ふりがなの『Rubi』。君がやってる通り、『ルビを振る者』だよ。君の聞き間違い」
「...悪趣味がすぎるだろ...」
俺は額を押さえた。
「...いくつか確認したい。ルビは20音まで、で合ってるか?」
「ご名答! さらにここでヒント!」
女神は嬉しそうに指を立てる。
「その能力、ルビの音数が『20音』に近ければ近いほど、現象の『威力』や『精度』が上がるようになってるんだ」
「...なんだって?」
「君が使ったファイアボールは、まさに20音ギリギリ。だから、レベル1の君の魔力でも、あれだけの爆発が起こせたってわけ」
「...なるほど」
ゴブリンメイジを倒せたのは、あの「心の叫び」が、図らずも最大音数だったからか...。
「それから!」と女神は続ける。
「『壁』が失敗してたでしょ? あれは君の『知性』のステータスが足りないからだよ」
「知性...」
「そう。『ルビマスター』はね、『知性』が低いと、物理法則から大きく外れた『定義』をそもそも認識できないの。『火』が『壁』になるのは無茶でしょ?」
「...待てよ」
俺は、ずっと引っかかっていた疑問を口にした。
「『壁』がダメだったのは、まあいい。だが、なんでカノンのファイアボールは成功したんだ? あれだって物理法則ガン無視だろ!」
「あー、それね」
女神は「わかってないなー」という顔で人差し指を振った。
「ぜんぜん違うよ。君が失敗したファイアボールは、『魔力』を『物質』に変えようとしたから」
「物質?」
「そう。『無から有』を生み出すのは、神様レベルの高等魔術。君の低い『知性』じゃ、その『こじつけ(理屈)』は到底組めないね!」
「じゃあ『治療』はなんなんだよ!」
「あれが成功したのは、『現象操作』だからだよ」
女神はドヤ顔だ。
「君は『新しい骨』を創造したわけじゃない。カノンちゃんが元々持ってる『治癒能力(細胞再生)』っていう現象を、君の魔力を燃料にして、ありえない速度でブーストさせた(早回しした)だけなの」
「...現象の、ブースト...」
「そ! 『物質創造』に比べたら、『現象操作』なんてこじつけのハードルは低いわけ。だからレベル1の君でもギリギリ通ったの。...も...も、ぜんぶ『現象操作』でしょ?」
(...なるほど。「火」を「爆発」に。「火」を「高熱」に。「火」を「治癒力」に。全部エネルギーの『現象』を変えてるだけか...!)
「...じゃあ、知性が上がれば...」
「うん。いつかはファイアボールみたいな『物質創造』もできるようになるし、もっとレベルが上がれば、ファイアボールみたいな概念操作も可能になるよ。ま、そういう強力すぎるルビは、使ったら丸一日使えなくなる(クールタイム)とか、ペナルティも重いけどね。 あと、知性が上がっても...」
女神はニヤリと笑った。
「ポーズは、必須だからよろしく!」
「やっぱりかよ!!」
俺が叫んだところで、意識は急速に覚醒へと引き戻されていった。
…目を覚ますと、そこはまだ夜の森だった。 カノンが焚き火の前で、静かに寝息を立てている。
「...夢、か」
俺は、まだあの恥ずかしいポーズの感覚が残っている右腕を見つめた。
「...20音ギリギリで、威力が上がる...」
「...知性を上げて、理屈をひねり出す...」
やるべきことが、少しだけ見えた気がした。 俺は、カノンが風邪をひかないよう、焚き火に薪をくべた。
もちろん、火力を調整するために、小声で、そしてこっそりとあのポーズをとりながら。
「...ファイアボール...(ボソッ)」
こうして、夜は静かに開けていく。
俺の冒険の旅はまだ始まったばかりだ。
(完)




