悪役を断罪するには実力が足りない上に法的に証明できないので断罪じゃなくてただの暴言なので次々破綻していくことに誰も気付かないから秩序が崩壊してしまうのも当然なのでしょうと微笑むカラス令嬢
「ファミルゥ・クロヴィーラン。貴様との婚約を破棄する!」
響き渡る王子の声や言葉は、何年も前から知っていたかのように、ファミルゥの心に静かに響いた。
転生して十年、よくある悪役令嬢、しかも婚約破棄される役柄だと気づくものの、運命に抗わない。
なぜなら、それが一番安全な道だったから。
周囲の貴族や令嬢たちが、ファミルゥを軽蔑の目で見るが、無表情に王子を見つめ返した色は前世で読んだ物語と、寸分違わぬもの。
「お前は本当に冷たいな。いつまでもそんな調子だから、誰もがお前を嫌うんだ」
王子は、ファミルゥの無表情を嘲笑う。
「仰せのままに」
静かに答えた声は、感情の欠片も感じさせない。
「はっ、返事も面白みがない。本当に退屈な女だ」
彼らは知る由もなかった。ファミルゥの無表情は、生き抜くためだけの仮面。
婚約破棄後、ファミルゥは実家であるクロヴィーラン家に戻され、実家でも冷遇されていて、父や兄はクロヴィーラン家の恥だとして、地下室に軟禁される。
「ファミルゥ、お前は我がクロヴィーラン家の名を汚した。罪を償うまでは、そこから一歩も出るな」
父の冷たい声が響く。
「承知いたしました」
ファミルゥがただ一言答えると、兄もまたファミルゥを見下すように言う。
「ふん。お前のような女は、どこに行っても厄介者だ。地下で朽ちるのがお似合いだな」
そんなことを言われても。
ファミルゥは、地下室で一人静かに過ごしていた状況を悲観していなかったし、解放感さえ感じている。
もう、誰かのために微笑む必要もない、誰かの期待に応える必要もない。
気づいていた。物語は婚約破棄で終わるわけではない、真の物語は、ここから始まるのだと地下室の冷たい床に座り、静かに微笑んだ顔は見せたことのない、ぞっとするような笑み。
「これで、邪魔なものは全て消えたわね」
ファミルゥは独りごちる。
「これからは、思い通りにできる」
知識と魔術を組み合わせ、誰も知らない、自分だけの魔術を作り上げ地下室の壁には、ファミルゥが記した複雑な魔法陣が不気味に浮かび上がっていた。
「まずは、情報集めから始めて。この国の裏側は、案外脆い」
目的は、復讐となり自分を陥れた王子と自分を裏切った家族、支配する者たちへの復讐。
魔術書を読み進める間にも、地下室の隅でひそかに飼いならした闇の使い魔が、ファミルゥの言葉に耳を傾けていた。
「行ってらっしゃい。私が望むものを全て持ってきてね」
使い魔は、ファミルゥの命令を受けて闇の中へと消えていく見送る目は、冷たく燃え上がるように輝いていた。
「世界の物語を終わらせてあげる」
闇に溶け込み、地下室の壁に描かれた魔法陣に手をかざし、静かに魔力を流し込んだ。魔法陣が鈍く光り、ファミルゥの前に黒い煙が渦巻く中から一匹の使い魔が現れ、人の手のひらほどの大きさの黒い鴉が。
「報告を」
静かに命じると鴉は「カァ」と鳴き、瞳に王城の情景を映し出すと、婚約者だった王子が新しい令嬢たちと楽しげに話している姿が。
「愚かな王子。本当に大人しく地下室にいるとでも思った?」
冷たい笑みを浮かべた。
「私のような人間が、自分たちの世界から消え去ったと思っている」
鴉の瞳が再び変わると今度は、クロヴィーラン家の財政状況を映し出していた。
ファミルゥの軟禁後、当主である父は政界での発言力を失い、それに伴い家は急速に衰退しているみたい。
「思った通り、クロヴィーラン家の権威を支えていたのに。今更、気づいても遅い」
ファミルゥは、鴉に次の指示を出した。
「王国の主要な貴族たちの秘密を洗い出して。特に、王子に媚びへつらっている者たちの弱点を探すの。人生を根底から崩壊させる方法を、教えてちょうだい」
鴉は再び「カァ」と鳴き、闇の中へと消え、手の中の魔術書を閉じた。
「お楽しみはこれから」
冷たい地下室の空気に凍てつくように響き渡った数日後、鴉が戻ってきた瞳には、貴族の情報が映し出され、王子の側近でありファミルゥへの嫌がらせを主導していた伯爵家の嫡男、テーシテー公爵が面白いことになっていた。
「テーシテー公爵。彼は、裏で違法な魔薬取引に関わっている、か」
ファミルゥは、鴉の瞳から情報を読み取り、静かに呟く。
「国の法を軽視している。取引の証拠は、書斎の隠し金庫に保管されている。ふむ、面白い」
ファミルゥの唇が、不敵な笑みをかたどる。
「復讐劇の、最初の観客になるべき?」
ファミルゥは、鴉に新たな命令を下す。
「シーテシー公爵の書斎に忍び込み、金庫を開けなさい。中にある全ての文書を、複写して持ってきなさい」
鴉は静かに頷き、再び闇の中へ消えていったあと、ファミルゥはさらに魔法陣を書き加え、今度の魔法陣は情報の拡散を目的としたもの。
「さあ、貴方のお父様、王国中の貴族たちが貴方の醜い秘密を知ることになる」
ファミルゥが独りごちた翌朝、王都の貴族たちの間で、一枚の怪文書が急速に広まった。
シーテシー公爵が、魔薬取引に関わっていることを証明する詳細な情報と、取引相手の名簿が記されたものだ。
「一体、誰がこのようなものを」
「嘘だろ? シーテシー様がそんなことを」
公爵家は騒然となり、シーテシーは父に厳しく糾弾されれば必死に否定するが、文書に記された内容があまりにも詳細で正確だったため、誰も言葉を信じなかった。
午後、シーテシー公爵は王子の側近の座を追われ、社交界から追放さると自分の人生が音を立てて崩れていくのを、ただ呆然と見ていることしかできない。
ファミルゥの地下室に鴉が戻ってきた。
「ご苦労様」
ファミルゥは、鴉に労いの言葉をかけると鴉はファミルゥの前に、シーテシー公爵の書斎にあったもう一つの文書を置いた。
公爵がファミルゥを陥れるために、王子と共謀して行った計画の詳細が記されたものなので、読みながら静かに微笑む。
「次は誰の番? 愚かな王子、それとも、私の家族?」
ここからが楽しいのだ。
ファミルゥの次の標的は、兄、ルイスだ。
一番己を軽蔑し、地下室に軟禁することを率先して行っていたし、鴉から得た情報をもとに魔法を仕掛ける。
ルイスは、毎晩のように王都の歓楽街で豪遊し、その度に多額の借金を負っている事実を父親に隠しているらしい。
「兄上。貴方の醜態を、皆に見せてあげましょうね」
魔法陣に魔力を注ぎ、ルイスが隠していた借金の証文を父親の執務室の机の上に転送した翌朝、クロヴィーラン家は激震に揺れた。
当主である父親が、ルイスの借金と女遊びの事実を知り、激怒したのだ。
正直、普通に監督責任を問われる。
「ルイス! 貴様、いったい何をしているのだ! 我が家の名をこれ以上汚すつもりかあ!」
「ひ!父上、これは!違います! 誰かの陰謀です!」
ルイスは必死に弁解するが、父親は聞く耳を持たないし、本当のことなので証言を集めれば一発で終わる。
「言い訳は聞かぬ! 貴様は、クロヴィーラン家の嫡男として相応しくない! 今すぐ勘当する!」
ルイスは父親に勘当され、家から追放され路頭に迷うとファミルゥが軟禁されていた地下室よりもさらに暗い、どん底へと転落していった。
追放された後、ファミルゥの父は長男も失うことになって、精神的に追い詰められていく。
「ルイスが。まさか、あいつが!」
父親の様子を鴉の瞳を通して見ていた。
「父上、貴方が私にしたことを、少しは理解できましたか?」
静かに呟いた。
「貴方は、私がクロヴィーラン家の恥だと言いましたが、本当に恥ずべきは貴方の傲慢さと私を裏切った貴方自身でしたね」
ファミルゥは、さらに魔法陣に魔力を注ぎ、今度はクロヴィーラン家の財政を完全に破綻させるための魔法を使う。
クロヴィーラン家が密かに隠していた裏金や不正な取引の情報を、王都の闇市場に流し、情報が広まると家は急速に信用を失い、破産寸前まで追い込まれた。
「はぁ!?なぜだ……なぜ、こんなことに……!?」
ファミルゥの父は、全てを失い、自らの過ちを悟った時にはもう遅く、娘に謝罪しようと地下室に向かうが、長女の姿はそこになかった。
ルイスと父親の人生を破壊した後、静かに地下室を抜け出してしまえば、クロヴィーラン家という名に縛られる必要はない。
「次は、あの愚かな王子の番。私が終わらせる」
夜の闇に紛れて王都を離れ、誰も知らない場所へと向かう瞳は復讐の炎で燃え上がっていた。
王都から遠く離れた森の奥にある、廃墟と化した古城に身を隠し、そこは、前世で読んだ物語の悪役令嬢が、最後に追放される場所という皮肉に笑う。
「物語通り。いえ、描く物語は、これまでのものとは違う」
古城の玉座に座り、呟いた。
「貴方の愛するヒロインの真実を知る時が来た」
標的としたのは、王子が溺愛する新しい婚約者カルモニアナ。物語の主人公であり、可憐で心優しいと評判の令嬢だが自分は知っていた。
清純な顔の裏には恐ろしいほどの野心と、巧妙な嘘が隠されていることを。鴉に命じた。
「カルモニアナの過去を暴きなさい。どれだけ多くの人間の人生を弄んできたかを、白日の下に晒す」
鴉は、カルモニアナが過去に利用し、破滅に追いやった男たちの情報を集めてきた中には地位を上げるために、財産を騙し取られた商人や、名誉を傷つけられた騎士たちの存在が浮かぶ。
「愚かだわ、王子。私のような偽物の悪役を嫌い、あの女をヒロインだと信じ込んでいる。本当にこの世界を蝕んでいるのは、隣にいる女なのにね」
それらの情報を怪文書としてまとめ、王都の主要な貴族たちのもとへ送り届けると、怪文書は王都を震撼させた。
カルモニアナが、実は財産目当てで多くの男を騙してきたという事実が次々と明らかになり、清純なイメージは音を立てて崩れていく。
「カルモニアナ様が、そんなことを」
「まさか、清らかな笑顔の裏に悪魔が潜んでいたなんて」
カルモニアナは社交界から孤立した途端、王子に必死に弁明した。
「これは陰謀です!私を陥れようとしているのです!」
しかし、王子は言葉を信じられなかった。
次々と出てくる証拠の数々、カルモニアナの顔から消えた可憐な笑顔を見て、王子は初めて自分が騙されていたことを悟る。
「お前も、お前も、わ、私を裏切ったのか?」
王子はカルモニアナとの婚約を破棄して、ファミルゥがいた地下室へと向かう。
謝罪し、もう一度、やり直そうと懇願するために。
しかし、そこにファミルゥの姿はなく、冷たい空気と、壁に描かれた不気味な魔法陣だけが残され、王子は絶望に打ちひしがれた。
全てを失ったのだ。
愛する者も、信頼する者も自らの誇りも。
「ファミルゥ?お前は、お前はどこにいるっ」
王子の声が地下室の闇に吸い込まれていったことで復讐は、完璧な形で完遂された頃、女は古城の玉座から王都を見下ろしていた顔に無表情の仮面はなく。そこにあったのは冷たい満足感とどこか虚ろな瞳。
「これで、終わった。でも、世界は、まだ変わってない」
ファミルゥが立ち上がった目的は、世界に蔓延る歪んだ物語そのものを根底から破壊すること。
「世界の運命を、私が決める」
旅は、ここから、新たな次元へと進んでいくのだとカラスに笑いかけた。
⭐︎の評価をしていただければ幸いです。