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 ――――もう日は完全に暮れた。祭は今日一番の盛り上がりを見せている。


「父さん、俺友達と約束してるから行ってきていい?」


 ショーの行われるテントに入るため、アイレア一家が列に並んでいた時だった。ナイルが突然抜けると言い出した。


「そうか。……別に構わないが、見て行かないのか?」


「歌劇はそんなに好きじゃないから。じゃ、行ってきていいの?」


「あまり遅くならないようにな。鍵は持ってるか?」


「持ってる。うん、あまり遅くならないうちに帰るから」


 人ごみが少し和らいだのを狙ってナイルは列から抜けていった。


 やがて姿が見えなくなると、今度はシルラも帰ると言い出した。


「まだなんか疲れてるし……今日は帰るよ。夫婦水入らずで楽しんできたら?」


「余計な事を言わんでよろしい!」


 ウェルゼは列を抜け出そうとしているシルラの軽く頭を叩いた。それに返すように、嫌味なくらいの笑顔でシルラは二人の元を離れて行った。


 寄り道をしながらしばらく歩いて、ふと昼間に弟が言ったことを思い出した。


「なんで俺の剣の石が取れてるの知ってたんだ……?」


 確かに彼の剣は石が取れていた。しかしそれは、本人すら気付いていなかったのだった。


 疑問に思いながらふらふらと会場を歩いて行く。もうすぐ会場を抜け、おそらく役所の裏に出るだろう。


 ――一方その頃、ナイルの方は家の前に着いていた。チルの家に行く前に自宅に寄り、カンテラの光を頼りに昼間の短剣を腰のベルトに挿す。この剣、見た目はかなり古い感じだがよく手入れされている。普通の剣より短い分、シャツで覆って隠せる。彼はあくまでも用心しているようだ。


 さらに、日も暮れ寒くなりそうなので、腰に上着を巻いて彼は家を出て行った。


 チルの家に着きベルを鳴らすと、出てきた彼女は既に準備を整えていたようで、手にはしっかりとカンテラが握られている。森の中には人工的な明かりなどあるわけもなく、カンテラは必須だ。


「意外と早かったじゃない」


「そうだな。じゃ、行くか? 寒くなりそうだから上着持っていくといいよ」


「そうね。なら上着だけちょっと持ってくるね」


 チルは半開きのドアを開けておくのをナイルに任せ、一旦二階へと上がって行った。


 彼女が戻ってきて、玄関の鍵を閉めると二人は家と庭の間の細い道を、カンテラで照らしながら歩いた。ある程度人工的な光で照らされているとはいえ、発明されたばかりの電気は力無く、たいして辺りを照らしてはくれない。まだカンテラを照らしていた方が歩きやすかったりする。


「やっぱ、ロクサーノの仕業って疑ってる?」


 森に行く道中の話題は、チルがロクサーノの事を言い出して始まった。


「まあな。一応こいつを持ってきた」


 ナイルは短剣を出して見せた。


「上着といい短剣といい、準備良いのね」


「かと言って、魔法使いに襲撃されたら何もできないだろうけど」


「ちょっ……縁起でも無いこと言わないでよ!!」


 咄嗟に彼女の手はナイルを突き飛ばしていた。ナイルが少しよろける。


「うわっ……、危ないな……」


「余計な事言うからでしょ。ほら、早く行くよ!!」


 チルはズカズカと先を行ってしまった。


「おい、あんまり急ぐと危ないぞ! 足元ちゃんと気をつけてるのか!?」


 ナイルは足元をカンテラでしっかり照らしながら後を追った。


 秘密基地というのは、子供の頃にナイルとキケル、その他数人で発見した森の廃屋だ。何度か出入りしている所をチルが目撃した事もあって、そこが秘密基地であることはチルも知っていた。


 そしてついに、その秘密基地のある森の入口に二人はたどり着いていた。


「さっ! 行きましょ!」


 そう言うチルはナイルの背中を押して前に出した。


「え、俺が先に行くの?」


「うん。だって、何かあったらその剣でなんとかするんでしょ?」


「そうは言ったけど……。――って、そういう事か」


「はぁ? 何が?」


 ナイルは何かを理解したようで、さっさと森に入って行った。


「え、ちょっと!? 何がどうしたのよ!」


「言ったら殴られそうだから言わない」


「何よそれ」


「別に何も出やしないよ、とだけ言っとこうか」


「はぁ?」


「ほら、さっさと行こうぜ?」


「えっ、ちょっと待ちなさいよ!」


 気がつけばナイルの姿は闇に紛れて見えなくなりそうだった。チルは慌てて後を追う。


 森の中、といってもかつては人が住んでいた場所。キケルの指定した場所の近くまではすぐにたどり着く事ができた。――しかし、ここからが問題だ。


 家の周りは大きな塀に囲まれていて入れない。門も鍵が掛けられていて、飛び越える事など難しそうな高さだ。唯一、庭の水捌けをよくするための穴が開いていたが、子供が出入りできる程度の小さな抜け穴で、二人が侵入するには難しいようだ。


「キケルはどっから入ったのかな……」


「だよなぁ。他に入れそうな所は無いし……」


 その瞬間、錆びて動かなくなっているはずの門のノブがゆっくりと動いた。周りの鳥が一斉に逃げ出す程の大きな高音を出しながら、ノブは門の鍵を外した。咄嗟に耳を塞いだ二人は、勝手に動き出す門に驚愕している。


 門は大きな音を立ててゆっくりと開いてゆく。チルはさっとナイルの後ろに隠れた。


 ようやく音が静まった。と、思ったら今度は何かが門から出てきた。それを見て、ついにチルは声をあげて叫んだ。


「何あれ!? 人? 人じゃない!?」


「落ち着け!! ……よく見ろ」


 チルはゆっくりと目を門に向けた。


「――――キ、ケル……?」


 緑の帽子からはみ出した黒く長い前髪、幼さの残る丸顔、帽子と同じ色の全身を包む長い服――――全て、二人の記憶にあるキケルの姿だった。


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