鍵
――――翌日、ついにデイ・ルイズが始まった。
ここがのどかな村だという事を忘れてしまうくらい、沢山の人で村が埋めつくされている。
元は草原だった場所にはテントや屋台が立ち並び、年に一度やってくる大きな役割を果たしていた。そこで人の整理をするために、村や国の警備員と兵士が総出で動いている。その中で、兵士達に村の外から来る客を監視するよう指示している、兵士らしくない格好をした金髪の男がいた。彼こそが、アイレア家の主、レオン・アイレアだ。
彼は兵士を適当な場所に配置し、遅れて現場に到着した兵隊長と、事前に打ち合わせした本日の動きの確認をし始めた。
打ち合わせが終わると、レオンは今日の仕事は終わったと言って一旦役所に引き返した。
――早く帰って、息子達と祭に来よう。彼の頭はそんな思いでいっぱいだった。
役所に戻り、帰宅する――――その頃には、時刻は昼の鐘が鳴る少し前になっていた。彼は郵便箱の中身を確認してから家に入った。
玄関から一番近い、リビングの扉は風通しをよくするために開いている。まずはウェルゼの元に向かおうと、彼はリビングに入った。しかしそこに居たのはウェルゼではなくシルラだった。彼はテーブルの上に紙袋を置いて、代わりにカゴの飴玉を掴んで戻ろうとしていたところだ。
振り向いたシルラはそこに父の姿があることに気付く。
「あ、父さんお帰り。トマト、これ以上は危なそうな奴だけ収穫しといたよ」
紙袋を指差して彼は言う。レオンの趣味は畑仕事で、こうして野菜や果物を年中栽培している。
「ただいま。それとありがとうな。……母さんは買い物か?」
ウェルゼの姿は見当たらない。尋ねてみると、シルラはそうだと返した。
「そうか……。――――ナイルはどうした? まだ寝てるのか?」
「うん、まだ寝てる。よくあんなに寝れるよなぁ……。昨日は確か、日付変わる前には寝てた」
「そうか……。ナイルに手紙が来てるんだが」
レオンの手には、若草色の封筒が握られている。
「なら渡すついでに起こしてきたら?」
「だなぁ……。わかった、ちょっと行ってくるよ」
レオンは頭を掻いて、リビングを抜けて階段を上がって行った。
――――ドアを開けると案の定、ナイルはまだ寝ていた。レオンが起こすと、彼は起き上がり機嫌が悪そうに返事した。
「なんだよ……」
「おい、もう昼だぞ。それとお前に手紙が来てる」
「手紙ぃ? 誰から……」
「さあな」
ナイルは手紙を受け取る。若草色の封筒には、どこにも差出人の名は書かれていなかった。手紙以外にも何か入っているようで、封筒はずっしりと重い。
「じゃ、早く起きて支度しておいてくれ。母さんが帰って来たらデイ・ルイズに行くからな」
「ふーん」
すでに部屋から出ようとしたレオンの背中にナイルは返事をする。ドアが閉められると、彼は封筒を破いた。封筒からはまず、鍵が一つ転がり落ちた。ナイルはそれを拾う。
「カギ……?」
気になって手紙を取り出し呼んでみる。
――――その鍵を宝箱に挿してみてください。宝箱は『彼』が今一番気にかけている子に渡しておきました。そして中身をお兄さんに渡してください。きっと彼の武器にぴったりでしょう。今日中にお願いします。でないと、キケルとは二度と会えなくなってしまうので……――――
ナイルはこの手紙を何度も読み返した。けれどまったくもって意味がわからない、が、彼の目線を掴んで離さない言葉が一つだけあった。
「キケ……ル……」
キケルとは同じ村に住んでいた魔法使いの男の子だ。しかし、彼は二年前に突然姿をくらましてしまっている。――会えなくなるとはどういう事なのだろうか。
真相がわかるのなら今すぐにでも行動を起こすだろう。けれど『彼』が誰なのかわからないし、『彼』が一番気にかけている子とは一体誰なのかを知る事など無謀に近い。もし『彼』がキケルだとして、キケルの好きな子を知っていたとしても、二年前の情報などほとんどあてにならないし、そういう意味だという根拠もない。
しばらく手紙の意味を考えていると、ドアの向こうからレオンの声がした。
「おい、まだ起きてないのか?」
ナイルは慌ててベッドから飛び降り、父に返事をした。
「今行く!」
手紙はタンスから適当に服を取り出し、空いた場所にしまっておいた。なんとなく、人に見られてはいけないような物のような気がしたからだ。
さっさと着替え、ポケットに鍵をつっこんでナイルは部屋を出た。
ナイルには、『彼』が誰なのか、もう一つ考えがあった。――――昨日の魔術師、ロクサーノだ。それなら気にかけている子というのが必然的に見えてくる。それに、手紙が意味深な理由も付けることができる。
リビングに入ろうとドアノブに手をかけた時そのことに気付き、彼は玄関に足を向けた。
「父さん、俺ちょっと出かけてくる!」
後で何か言われないよう、ナイルは大声で叫んだ。
「は? 何言ってんだ?」
リビングから父親が出てきた。その頃にはナイルは靴を履き終わっていた。
「母さんが帰って来るまで散歩。すぐに帰ってくるから!!」
「え、おい!?」
ナイルはレオンに文句を言わせる隙を与えず家を飛び出した。走って、急ぐ足の向くままに庭を突っ切り、勢いで柵を飛び越えて細い道に出た。この道を進めば、チルの家の玄関にたどり着ける。
やけに上品なデザインの門をくぐり、玄関のベルの紐を何回も引っ張る。しばらくすると扉が少し開き、チルが顔を出した。
「何……」
彼女の表情からしてかなり機嫌が悪いようだ。
「箱かなんか届いてないか!?」
「な、なんで知ってるの……?」
チルの表情は一転し、驚きの表情に変わっている。ナイルは手紙の事を話した。
「そ、そうなんだ……。でもキケルに会えなくなるってどういうこと?」
「そうなんだよな。とりあえず箱開けてみようぜ」
「うん。今持ってくる」
チルが一旦、箱を取りに引き返した。戻ってくると、手には小さな木の宝箱が両手に乗っていた。ナイルは箱を受け取り、地面に置いて鍵を開けた。ゆっくりと箱を開けると――中に入っていたのは、紫の布に包まれた、ビー玉のような赤い小さなガラス玉だった。
「まだ何かあるみたい」
チルが箱の中のフタを指差す。フタを開けると中に水色の封筒とくすんだ金の短剣が入っている。
ナイルが手紙を取って中身を確かめた。手紙にはこう書いてある。
――――久しぶり、キケルです。無事に箱を開けられたようだね。そのガラス玉はお兄さんに渡してください。僕がある施しをしておいたから、今後困った時にでも使ってみて。
短剣は昔ナイルからもらった物だから返しておくよ。もう会えるかわからないし……。
もし、まだ手紙を受け取った日なら、今夜、日付が変わるまでに森の秘密基地に来てくれないかな。二人とも場所は覚えているよね?
会えなかったら、また手紙を渡すよ。
君達の周りに起こっていること、すべてお話します――――
「ねぇ、どうする?」
手紙を読み終わったチルが問う。
「何を?」
「キケルに会いに行くかに決まってるでしょ!! これはロクサーノが何をたくらんでいるか知るチャンスじゃない! それに、突然変異の魔力について何か事情を知ってる気がするの!」
「突然変異の魔力?」
チルは昨日の黒猫の治療の話をした。
「――なんだよそれ。それじゃあ、お前……魔法使いって……本当」
「だから!! その真相をキケルに聞くの!! で、行くの? 行かないの? 別に私は一人でも行くつもりよ」
「俺も気にはなるけど……これがロクサーノが仕組んだ事だという可能性もある」
「ならロクサーノに直接聞くわ!! 理由も話さずにわけのわからない事に巻き込むなんて人としてどうかしてる。絶対に問い詰めてやるんだから!」
「……わかった。なら俺も行く。父さんがデイ・ルイズに行くって言ってたから、いつ帰って来られるかわからないけど、あまり遅くなりそうなら適当に理由こじつけて帰って来る」
「そう。なら、戻ってきたら家に来てくれる?」




