ジルハード王国記第∞巻-3
そういってロクサーノはキャロルを抱き抱えた。そして窓際に足をかけ、ポケットから赤い布を取り出し空に投げた。布は大きく絨毯へと姿を変え、それにロクサーノは飛び乗った。着地と共にキャロルの小さな悲鳴が聞こえる。
着地したロクサーノはキャロルを離し、空に浮く絨毯に座らせる。
「さて、城下のどこに行きたい?」
「自由気ままに歩きたいな」
「そうか。なら適当な所で下りよう」
絨毯はとりあえず人気のない所に向かう事にした。その結果、たどり着いたのはロクサーノの――リト・クァンの屋敷の庭だった。ここなら空飛ぶ絨毯が下りてきても不思議ではない。
ロクサーノがキャロルの手を取り、二人は絨毯から下りた。絨毯は小さくなり、ただの布に姿を戻す。
「さて、行こうか」
「うん! ねぇ、街に出ようよ!!」
キャロルは小さな子供のようにはしゃぎ、先を走りながらロクサーノに笑いかける。
「そんなに動き回ったら帽子がとれるぞ」
ロクサーノは笑いながら言った。
「あっ!!」
キャロルは慌てて帽子に手をあてた。
「そうね。お城じゃないけどおとなしくしてなきゃ……」
「行こうか」
門を開け、魔術師は王女を外の世界へと導いた。
――二人は街の中をふらふらと歩く。魔術師リト・クァンの姿を目で追う者はいても、キャロルの姿を気にとめる者はいない。
二人は適当に店をまわったり、屋台でアイスを食べたりしながら限られた時間を楽しんだ。
「おや、まぁ」
ふと、背後から声をかけられた。声の主は杖をついた老婆だった。
「リト・クァンさんじゃないかい。かわいい女の子なんぞ連れて。彼女かい?」
何のためらいもなく老婆は聞いてくる。ロクサーノは苦笑いをしながら答えた。
「あー、いや、なんというか……」
「隠さんでもええ。お前さんも隅に置けんのぅ」
「は、はぁ……」
老婆はにやにやしながらその場から立ち去って行った。その後ろ姿を見ながらロクサーノはため息をつく。
「知り合い?」
キャロルは問う。
「まあ……ちょっとしたな」
「へぇ……」
「あれの事は置いといて、早く行こうか」
ロクサーノはキャロルの背中を押した。
「え、あ、うん」
老婆に背を向け、二人は再び歩きだした。
向かう場所は、決まっていない。
――――それから歩いて、二人は大きな公園にたどり着いた。そこは街の騒がしさを忘れられる落ち着いた空間だ。
彼らは白いベンチに腰掛けた。
「平和ねぇ……」
さわやかな風が二人の髪をなびかせる。
「お城の中とは大違い」
キャロルは大きく伸びをした。
「かと言って、特に行きたい所もないしなぁ……。これからどうしよっか?」
「そうだな……日が暮れるまでには城に戻った方がいいかもしれない。あまり時間もないから、ここでのんびりしてるか?」
「もうそんな時間!? 早いわねぇ……」
王女であるキャロルは、これから湯浴みと晩の食事をひかえていた。湯浴みの時間は日が暮れる頃。日がかなり傾いている今、彼女に残されている時間はあまりなかった。
「さっき出たばっかりなのに」
「また来ればいい。王女を守るのが護衛の仕事だ。どこまでも付き合う」
「……ていうかさぁ」
キャロルは不満そうに声をあげた。
「ロクサーノは何のための護衛なの!? 護衛がいるなら別に外に出てもいいじゃない!!」
ロクサーノは腕組みをして、考えるそぶりを見せて言った。
「……確かに。まぁ、あの過保護な王様の事だからな。なんとなくわからなくもないが」
「何が?」