ジルハード王国記第∞巻-2
「もういいんじゃないか? これ以上続けてもキャロルが反発するだけだ」
「……わかってるわ。だけど、キャロルは私達の一人娘。立派な王女となり、後にこの国の女王とならなければならないのよ。少し厳しくしてでも主としての品格を身につけさせなくちゃ」
「気持ちはわかるが……私だって、あの子と同じくらいの頃は反発したさ。けど、自分の運命はちゃんと受け入れられた。だから……」
「わかってるわそんなこと。だけど……」
「もう考えるのはよさないか?」
アルマスはテーブルに置かれたアダの手に手を重ね合わせた。アダはそれにさらに手を重ね合わせる。
「そうね……」
しかし、二人の心配をキャロルは知らない。
そのキャロル本人はというと、部屋にロクサーノが訪ねてきたので部屋の扉を開けたところだった。
「どうかした?」
「いや、たまには町に出てみたらどうかと思ってな」
小さな声でロクサーノは言う。
「今日、明日は王も王妃も隣国へ出かけるそうだ」
「そういえばそんな事言ってたような……」
「だから、どこかに出掛けないか? どこにでも案内してやる」
ロクサーノは自分より身分の高いこの王女に対して、端からみたら無礼な話し方で話しかける。だが、これには理由があった。
――――時は更に五年さかのぼり、キャロルが十歳の時。
王女の新たな護衛役として、ロクサーノが――リト・クァンという偽名を使って――現れた。リトという名は有名な魔術師として世界に広がっていた。
ロクサーノは始め、この仕事を断るつもりでいた。王女に仕えるという大役は自分には不向きで、それに加え自分は静かに生きていきたいと思っていたからだ。
しかし、王に仕事を断りに行く途中。中庭で彼は一人の少女をみつけた。――これこそが、キャロルとロクサーノの出会いである。
「変な頭」
キャロルがロクサーノに対してまず始めに言ったのはこの一言だった。ムッとしてロクサーノは言い返す。
「余計なお世話だ。――お前、大臣の娘か何かか?」
キャロルの王女らしくないその格好に、ロクサーノは彼女の身分を城に仕える者の娘と判断した。しかし――
「私? 私はキャロル・ジルハードよ」
ロクサーノは言葉を失った。目の前にいるこの生意気な子供は王女で、自分は取り返しのつかない発言をしてしまったと。
「……別に構わないわ。私、礼儀とかそういうの嫌いだから」
「構わない……?」
彼は首を傾げた。
「あなた、リト・クァンでしょ? 私ね、あまり王女として扱われるの好きじゃないから、敬語はやめてほしいの」
「そう……言われましても……」
「だから! それやめて!!」
強い口調でキャロルはいう。
「あ、ああ……」
「ねぇ、あなた、私の護衛役になるんでしょ? だったらお友達になってよ。思ったより歳も近いみたいだし」
「けど、俺は……」
ロクサーノが何かを言おうとしても、キャロルは聞く耳をもたない。
「ね? いいでしょ? 私お友達なんて今までいなかったの。だからいいでしょ?」
キャロルはその小さな手で魔術師の手をとった。しかし――
「考えておく」
と言って、ロクサーノは王女の手を離した。彼女に背を向け、魔術師は王の元へと歩みを進めた。
――――そんな事があり、結果としてロクサーノは王女の護衛役となり、晴れて『お友達』となったのであった――――
「そうねぇ……」
どこか行きたい所を聞かれ、キャロルは考えるそぶりを見せる。
「とりあえず、城下町に行きたいな。誰もいない所で静かにのんびりってのもいいなぁ……」
久々の外出に、行きたい所があれもこれもと出てくる。そして、最終的にまずは城下町に行くことになったようだ。
廊下でロクサーノが待っていると、黄色いワンピースに長い髪をしまった帽子という格好でキャロルは現れた。早く行こう、と彼女はせがむ。
「わかったわかった。ほら、静かにしないとメイドに気付かれる」