ジルハード王国記第∞巻-1
ジルハード王国末期。最後の王の名はアルマス・ジルハード。王妃はアダ、二人の間の娘の名はキャロル。最後の書物にはそう記されている。
これは、ジルハード滅亡の三年前のお話。
「嫌ったら嫌よ!」
城の一角で大きな声が響いた。そこでは長い茶髪の少女が侍女ともみ合いになっている。
「姫様、お願いですからもう少し王女らしくしていただかないと!!」
「冗談じゃないわ! 膨らんだスカートもきっついコルセットも嫌いよ」
「しかし、お城には沢山のお客様がいらっしゃいます。このようなみすぼらしい格好を見られる訳にはいきません!」
王女にあるまじき姿――ワンピース一枚だけのラフな格好をしたキャロルは、断じて侍女のいうことを聞こうとはしないでいる。
「何よ! 外見で人を馬鹿にする人間なんか知ったことではないわ」
「姫様はそう思うかもしれませんが、これは姫様だけの問題ではないのです。姫様の行動が王様と王妃様の評判にも関わってくるのです」
「何よ……何よ何よ!! ならもうお部屋から出ないから!」
そう叫んで、キャロルは自室に飛び込んだ。勢いよく閉まった両開きの扉の音が廊下に響く。侍女はため息をついた。
「王妃様になんて言おう……」
アルマス・ジルハードは娘の身なりに関しては娘が好きなようにすればいいと言うが、王妃のアダは娘の身なりに五月蝿かった。キャロルを一人の淑女として育て上げるために彼女は全力を尽くしてきた。自ら娘に礼儀、マナー、一般常識から刺繍やお茶のいれかたに至るまでを教えてきた。しかし、その成果は見られず、むしろキャロルは母親の意思とは反しておてんばになっていく一方だった。
そんな王妃と王女の間に挟まれ、侍女は再びため息をついた。
侍女は結果を報告せねばと階段を上がった。まだ午前中なので王と王妃は部屋でくつろいでいる。二人の仕事はいつも午後からだ。――侍女は部屋の扉をノックしようとした。が、その時。扉が開き、リト・クァン――ロクサーノが中から出てきた。威圧感を持った魔術師に侍女は一礼する。魔術師は「お疲れ」とだけ言ってさっさと階段を下りていった。しばらくの間、彼女はそこで棒立ちになる。
魔術師に会った事による手足の震えを抑え、深呼吸をして、彼女は扉をノックした。侍女が自分の名を伝えると、中からアルマスの声が聞こえてくる。
「入りなさい」
言われるがまま、彼女は一礼してから部屋に入った。絢爛豪華な部屋の中心にあるテーブルで王と王妃はくつろいでいた。
少し長めの金髪に優しそうな顔のこの男が、国の主・アルマス・ジルハード。彼と向かい合って座っている茶髪の女が、王妃のアダ・ジルハードである。アダは真っ先に娘はどうだったかを聞いてくる。侍女は重い口を開いた。
「それが……やはり姫様は聞き入れてくれなくて……」
「そう……。わかったわ、下がりなさい」
王妃は片手を上げ、侍女に下がるよう命じた。彼女は一礼して部屋から立ち去った。完全に扉を閉まるのを確認してから、アルマスは言った。