魔法使いと魔女
デイ・ルイズは沢山の屋台が出ることも盛り上がる理由の一つだが、最大の要因は、毎夜開かれる様々なショーだ。
五日間行われるショーのうち、目玉はなんといっても魔法使いのショーだろう。毎年個性あふれる魔法使いが独特の演出をすることで話題を呼んでいる。
今年の魔法使いのショーを担当するのは、ロクサーノ・クァンという魔術師だ。村の掲示板に貼られているポスターにもその姿が見てとれる。ポスターを見る限りでは、目は紫、髪は淡い水色、ポニーテールの毛先がさらに二分された変わった髪型をしている人物だ。
「何してんの?」
「ひゃっ!!」
ポスターを眺めていたチルは、咄嗟に後ろを振り向いた。
「ナイル! ……と、誰?」
「あははは……」
ナイルの後ろにいる男は苦笑いをする。
「えっと、俺の兄貴。ずっと旅に出てて、昨日帰ってきた」
「そうだったの……」
「どうも。シルラ・アイレアです」
「チル・ミフェンです」
「そして、ロクサーノ・クァンだ」
ここには三人しかいない。はずだが、どこからか声がした。
「ここだ。上、上」
言われるがままに三人は上を見上げた。そこにいたのは、黒いスーツを着たポスターと全く同じ容姿の人物――ロクサーノだった。
ロクサーノは宙に浮いた状態からゆっくりと地上に降りた。
三人とも目を丸くしているが、お構いなしにロクサーノはしゃべりはじめる。
「そこの娘、この村の者か?」
「え、ええ……」
「なら、お前に自分が『魔女』である自覚はあるか?」
「……はぁ?」
チルは眉根を寄せてロクサーノに返事した。ナイルとシルラに振り向くが、彼らも、さぁ? といった具合に首を傾げている。
「噂は耳にした。チル・ミフェン。評判の高いお前の薬は、誰から教わった?」
「誰って……全部両親からよ。私はまだ新薬を作れる技術なんて……」
「その両親が作っていた時、薬の評判はどうだった?」
「何、どういう意味」
チルはロクサーノを睨んだ。彼は少し、ばつの悪そうな顔をする。
「でも確かに、チルが作った傷薬のほうが治りは早かったし、評判が良くなってきたのはそれからだ……」
思い出したようにナイルは言う。
それにあやかって、ロクサーノは話の続きをはじめた。
「そうだ! なぜならお前は無意識のうちに薬に魔法をかけていたから、いい薬を作れたんだ!」
「そんなこと、あるわけ……」
「魔法使いは自身の魔力に気がつくのに時間がかかる。それにお前がヒーラーで、薬屋の娘であることも偶然ではない」
ロクサーノはポケットから何かを取り出し、それをチルに押し付けた。それは木でできた十字のついたペンダントだった。十字の四隅と中央には石がついていて、それらを繋ぐように小さな石が埋め込まれている。
「何、これ」
「お前の魔力をコントロールする物だ。効果はじきに判る」
「なんでこんなものくれるの? 知らない人が他人のために何かをする時は、絶対に裏があるものよ」
ロクサーノは咳ばらいを一つした。
「未熟な魔力は、放置すると危険と判断した場合、それを管理する。魔術師の常識だ」
「ふぅん……」
チルは疑いの眼差しをロクサーノに向ける。ロクサーノは手を額にあて、チルに背を向けた。
「あー、もう、頼むから信用してくれ……」
その時だった。一人の女の子が道を通り、急いでこちらに向かって走ってくる。近付くにつれその容姿も明らかになってきた。短い黒髪、金色の目、そしてメイド服。身長は小さく子供のようなメイドだ。よくよく見ると、ロクサーノの身長もそれほど高くない。チルの身長がシルラと同じくらいと高めだからそう見えるのも原因だろうが、それでもロクサーノの身長は低い。一番背の高いナイルとあのメイドが並んだら、親子のようにしか見えないだろう。
「ロクサーノさまぁ! 早く戻って来てください!!」
メイドはロクサーノの腕を掴んで、急いで来た道を戻ろうとした。
「まて! 何があった?」
「演出の内容を勝手に変えたことを団長が怒ってるでございます! 早く謝りに行かないと、こんどこそクビにされちゃいますよ!」
「またか……。別に今回でデイ・ルイズは抜けるつもりだ。今までの不満をぶちまけに行こう」
「え!? 何言ってるんですか!! まだ目的は果たしていないでしょう!?」
メイドの『目的』という言葉に三人――特にチルが反応した。
「いいや、見つかった。だからもういい。行くぞ」
先程はメイドがロクサーノをひっぱっていたが、今度はまったく逆の図になり、二人は消えて行った。残った三人は呆然とその場に立ち尽くしている。
「ねえ……」
チルが口を開いた。
「ロクサーノの目的って何?」
しかしその問いに誰も答えない。
なんとなく、チルは胸元に手を置いた。そして、手に何かが当たりそれを覗き込む。
「ん? ってええ!!?」
「どうした?」
ナイルが呑気な声できく。
「ペンダントが……なんで!? 私、つけた覚えないよ!?」
そういって見せるチルの胸元には、確かに木の十字のペンダントがぶら下がっていた。
「魔法……だね」
ぼそりと言ったのはシルラだ。
チルはペンダントを外そうと首に手を回した。だが、何をやっても外れない。金口はぴくりとも動かない。
「ちょ、外れない!? なんなのよ、もう!!」
その後試行錯誤したが、やはりペンダントは外れない。仕方がないので、一同は家に戻ることにしたのだった。