チルの旅立ち
――――ナイルが向かったのはチルの家だ。
しかし、玄関のベルを鳴らしても彼女は出てこない。
「出掛けてるのかな……」
仕方がないので、彼は家に戻る事にした。その途中、風が吹いた。どこかから紙がなびく音がする。
それは、ミフェン堂の入口からだった。ナイルが近付いてみると、ドアに貼り紙が貼られていた。『長期休業のお知らせ』と書かれている。
「嘘だろ……?」
ナイルは剥がれそうな紙に手を添えて、ビラを何度も読み返した。
「じゃあ……チルが旅に!?」
ナイルはビラから手を離し、あてもないまま走りだした。
ドアから紙が剥がれた。
彼は村中をまわった。
――――そして二時間ほど探し、ようやくチルを見つけた。彼女は腕にビラの山を抱えている。
「チル……」
ナイルが声をかけるとチルは驚愕した。
「ナイル!? どうしてここに!?」
「お前……旅に出るって本当か?」
「――そうよ。だから今、お得意様にチラシ配ってるの」
彼女は残りわずかなビラの山から一枚取り、ナイルに見せた。
「なんでだよ! なんでお前が村から出なくちゃならないんだ!? なんで俺のせいで!」
「それは違う! 私、旅に興味はあったわ。――――アンブランテの門に出会ってから。だから私は旅に出る。文句ある?」
この言葉にナイルは言い返せなかった。
「ほら、何も言えないでしょ? ――――私は旅に出る。じゃあね。まだ廻らなきゃいけない家が何件かあるの」
そう言ってチルは立ち去る。彼女の姿が見えなくなるまで、ナイルはそこに立ち続けていた。
彼女の姿が見えなくなった時、ナイルは後ろに向きを変えて歩きだした。――行き先はクラウスの所だった。
店に入ると、クラウスは接客中だった。彼はナイルの存在に気付いて、「ちょっと待ってて」といいナイルを椅子に座らせた。
しばらくして客がいなくなると、クラウスはナイルの向かい側に座る。
「どうした?」
「俺……近々旅に出ます。それを言いに来ました」
「……そうか。行くんだな」
「はい」
「ん……なんだ、とにかく気をつけろよ」
「はい。ありがとうございます」
ナイルは立ち上がって礼をした。
「じゃあ、俺、もう行きます」
「うん。出る前には顔だせよ」
「はい、失礼します」
彼は店から出ていった。
鈴が渇いた音を出して鳴る。
外は湿気を含んだ重たい空気に包まれていた。
「雨降りそうだな……」
もう後戻りはできない、そんな思いを持ちながら、ナイルは急ぎ足で家まで歩いて行った。
――――彼の言う通り、しだいに雨が降り始めた。
ずぶ濡れになりながら彼は帰宅し、階段で居合わせたシルラに驚かれるのだった。
「どこ行ってたんだよ!?」
「クラウスさんの所」
「そっか。急に飛び出したから心配したんだぞ」
「ごめん」
そう言ってナイルは上にあがっていった。
「タオル持ってこうかー?」
シルラが訊く。
「あ、うん。ありがと」
二階からナイルの声がした。
シルラはやれやれと言って階段を下り、風呂場に向かっていった。