策略
――――結局、翌日の朝、ウェルゼは口を聞かなかった。明日にはロクサーノの所に向かい、旅に同行する事を言わなければならない。
母にどう言われようと旅に出るのだからと、ナイルは部屋で剣の手入れをしていた。その時だった。外から黄色い光が差し込んできたのは。
何事かとナイルが窓を開けると、庭にチルが立っていた。黄色い光は彼女の魔法だったのだ。
「魔法って応用すれば結構便利ね」
「何? どうした?」
チルは黄色い光をしまった。
「何って、うまく説得できたか聞きに来たのよ。……で、どうなの?」
問いにナイルは首を振った。
「やっぱりね。……わかった。協力してあげる」
「協力?」
「うん。大人しくそこで待っててよ。下に下りてきたら承知しない!」
重みのある声でチルは言い、道の方へと消えて行った。
ナイルは言われた通り、部屋から出なかった。逆らえばどうなるか、何となく想像がついたからだ。
――――一方、チルはアイレア家の玄関のドアを叩いていた。しばらくしてウェルゼが顔を出す。
「あら、どうしたの? ナイルなら二階にいると思うけど……」
「いえ、私、ウェルゼさんにお話があって」
「私に?」
ウェルゼは首をかしげた。
「はい。ナイル、旅に出たいとか言ってませんでした?」
「え、ええ。……なんで知ってるの?」
「……やっぱり。実は……私が店を閉めて旅に出たいって言ったから……。シルラから話を聞いてまさかと思って来てみたんです」
「ま、まあ……そうだったの!?」
チルの嘘に騙されてウェルゼは驚愕した。
「だから……もしナイルにその気がないなら無理に付き合わせたくないんです!」
「そ、そう……。でも、チルちゃん一人じゃ危ないわ……。なんなら、シルラだけでも一緒に……」
「いえ、いいんです。無理強いはさせたくないので……」
「でもね、やっぱり女の子が一人で旅に出るなんて危ないわ」
「ご心配、ありがとうございます。――――これ配らなきゃいけないから、もう失礼します」
チルはビラを一枚ウェルゼに手渡した。それは、ミフェン堂の長期休業のお知らせだった。
「そ、そう? また来てよね? 絶対よ!」
「はい、せめて出ていく前にはちゃんと挨拶します」
チルはお辞儀をしてウェルゼの前から姿を消した。
ウェルゼはしばらく呆然と立ち尽くし、思い出したように二階へと駆けて行った。
「ナイル!」
彼の名を呼びながら彼女は部屋のドアを開けた。
「何!?」
あまりに勢いがよかったので、ナイルは驚いて返事をした。
「何じゃないわ! なんで言わなかったの!?」
「何を!?」
「ナイル、チルちゃんが旅に出るって知ってあんな事言ったんでしょ?」
「え、ええ!?」
「とぼけなくたっていいわ。……旅に出る事を許可します。ただし、チルちゃんとシルラも一緒によ。ちゃんとあの子を守っておやり」
「は、はぁ……」
ウェルゼはナイルの肩を叩いて、部屋から出ていった。ナイルはわけのわからないまま、その場に立ち尽くす。
ひと呼吸おいて、思い出したように彼はシルラの部屋に駆け出した。
「何!? ノックくらいしてよ……」
急に部屋に入られてびっくりしているシルラにナイルは言った。
「兄貴! 母さんが!」
「か、母さんが?」
「旅に出てもいいって!!」
嬉しそうな笑顔でナイルは言った。シルラはさらに驚愕する。
「嘘だろ!?」
「本当だ!」
「なんで!?」
「わからない。だけど、チルが何か吹き込んだらしい。――――ちょっと行ってくる!」
そう言ってナイルは走りながら部屋から出ていった。