覚悟
眠りにつく頃、ナイルは布団にもぐって考えていた。
三日後には結論を出さなければならない。その前にその結論を報告しなければならない人がいる。それを考えると、結局は明日中には結論を出さなければならない。母親を納得させる時間も必要だ。
「アンブランテの門で……」
ナイルが思い浮かべているのは、ジルハード城でみた異国の景色だ。
「はぁ……行ってみたいとは思うけど……」
彼はため息をついて、眠りについた。
――――翌日。ナイルはクラウスの元に向かった。
「今日は仕事じゃないぞ?」
クラウスは首をかしげた。
「ちょっと訊きたい事があって……」
「んー……、まあ座れ」
クラウスはテーブルに着き、ナイルを向かい側に誘った。
「はい」
言われるがまま、彼は席につく。
「で、訊きたい事って?」
クラウスは肘を付き、指を組んだ。
「クラウスさん……もし、旅に出るチャンスが目の前にあったらどうします?」
「んー……そうだね。それが二度とないチャンスなら行くかな。――――……何かチャンスあった?」
クラウスは笑った。彼はすべてお見通しのようだ。
「はい、まあ……。だけど、行くべきか迷ってて……」
「ふーん……。行けばいいんじゃないかな。ナイルが本当にやりたい事なら。俺は止めないよ」
ただね、と彼は続ける。
「後で後悔するくらいならやめといた方がいい。人生を変える大きな選択だからな。いい方向に向かわせなきゃ」
「はい。それはわかってます」
「そう。……で、結局どうするつもり?」
クラウスの問いにナイルはしばらく黙った。
「すぐに決断しろとは言わないよ。ただ、行きたいのかそうでないのか……」
「そりゃ、行きたいですよ!」
「うん。そうか……。なら覚悟が必要だね」
「覚悟?」
「自分の人生を変える覚悟。今、お前が選択するのは覚悟を決めるかどうかじゃないかな」
ナイルはしばらくの間黙った。やがて口を開いたかと思うと、クラウスにこう告げた。
「……わかりました。有り難う御座います」
ナイルは立ち上がり、店を出ていこうとした。それをクラウスは引き止める。
「待って!」
「何ですか?」
真剣な顔をしてクラウスは言う。
「俺は反対しない。ただ、もし行くのなら挨拶くらいしてから行ってくれ」
ナイルは少し笑った。
「当たり前ですよ……。じゃ、失礼します」
鈴が鳴り、ナイルはドアの向こうへと消えて行った。
それと同時に部屋の奥から長い桃色の髪の少女が現れた。彼女はお盆にティーカップを乗せて立っている。
「クラウスさん……」
暗い声音と表情で彼女は言う。
「ナイル……出ていくんですか?」
「……サクラ。気持ちはわかるけど、あれは本人の問題だ。俺達が口だしできる事じゃない」
「そう……ですよね。――――あ、お茶冷めちゃったので入れなおしてきます」
彼女は少し早足になりながら奥へと消えて行った。しばらくの間彼女は戻ってこなかった。
「そうか……ナイルがいなくなるのか……」
クラウスは呟くように言った。
彼は立ち上がり短剣を一本取って席に戻った。布を出し、刃を拭きながら彼はまた呟く。
「また新しい人を探さないと。……はぁ。ナイルは一番はじめから居たからなぁ……。なんか寂しくなるな」