涙
キャロルは部屋を飛び出した。
大広間に王の部屋――王妃の部屋まで回ったが、人ひとりいない。廊下を駆けながら彼女は叫ぶ。
「誰か! 誰かいないの!?」
「キャロル……待て!!」
ロクサーノが追いかける。キャロルは止まらず走り続ける。
「なぜ城が廃れてるの……? ――――誰か!」
「キャロル!!」
しびれを切らしたロクサーノは、ついにキャロルの腕を掴んでむりやり彼女の動きを止めた。キャロルは腕を掴まれたまま崩れるように座り込む。
「……嘘。これは夢……夢よ」
彼女の涙声だけが廃れた城を飾る。
「酷だが、これが現実だ……」
「なんで……なんで……」
すがるものを探すようにキャロルはロクサーノにしがみついた。ロクサーノは彼女の頭を撫でた。
「嫌……嫌よ。信じたくない! これが現実だというの!?」
熱い涙が彼女の頬を伝う。
「誰もいない。なんで私だけが……」
「それは違う。――――キャロル、早いうちに次の行動を選択しなければならない。今頃ジルハードの民が騒ぎだしているだろう」
「ジルハードの民……?」
キャロルはロクサーノを見上げる。
「そうだ。少数だが、助かった者もいる。彼らは収容施設にいるんだが……今頃そこは大騒ぎだろう。城に乗り込んで来るかも知れない。そうしたら、もう選択の予知は無くなるぞ」
「どういう事?」
「つまり、彼らがジルハードの復興を求めてくるか――或いは、消滅を求めるか……。そうなった時、お前の意見が一番の権力だ。だから、選んでくれ。――――ジルハードを復興させるか、それか……どこか静かな場所で、二人で暮らそう」
「……え?」
一瞬、キャロルの時間は止まった。
「でも、私、国を作るなんてできないし……けれど、本来私達は結ばれてはならない身。……許されないわ」
「だがその縛りは解かれた」
「……少し、考えさせて」
「……わかった。なら戻ろうか」
二人はゆっくりと部屋に戻っていった。部屋では、チル達が待っていた。
「あ……さっきはごめんなさい。取り乱して……」
キャロルは皆に向かい言った。しかし、その事に関して誰も責め立てようとはしなかった。
「紹介しよう。左から、ナイル、カロン、チル、シルラだ」
キャロルは丁寧に会釈をする。
「改めまして、キャロル・ジルハードよ。この度は本当にありがとう。今の私には何もないけれど、精一杯のお礼を言わせて」
しかし慣れない対応に一同は困惑していた。
「い、いえ、とんでも……」
「チル、あまりかしこまらなくてもキャロルは気にしない。そういう奴だ」
ロクサーノが苦笑した。
「そうね……。私はもうこの土地の王女ではない。権力なんてもう無いわ。だから、敬語もやめてほしいな」
「でもっ……あなたは王女……」
「チルといったわね。私はもう王女じゃない。だから、ね?」
キャロルは優しげな瞳をしてうったえた。
「チルは不思議。なんかね、遠い子供の時に出会った……そんな優しい感じがするの」
「わ、私が!?」
「そうよ。ねぇ、名前を呼んで。キャロルって言って」
彼女はチルの肩に手を置いた。
「でも……」
「いいから。呼んで」
「え……あ……、キャ……ロル」
「うん。そうよ、チル」
キャロルは笑った。つられてチルも笑う。
ついさっきまで、混乱し取り乱していた王女はもうなかった。――――本人が隠しているだけで。