封印解除
――――着いた先は、見事にキャロルの部屋だった。彼女の耳には青い石が着いた金のリングのピアスが付いている。
「身につけてたのか……」
ロクサーノは愛おしげにキャロルに手をかざした。これ以上、彼女に近付く事は許されない。
何も知らず静かに眠る王女を一目見てから、チルは天然石のブレスレットを天にかざした。ブレスレットはゆっくりと彼女の手首から離れ――――姿を鎌に変えた。
「さあ、結界を解いてくれ」
ロクサーノに言われ、チルは一歩前へ出た。
チルが結界に近付くと、まるで鎌に反応するかのように結界は肥大した。威圧感が一同を襲う。
風は無いのに、髪の毛が不気味に揺れる。
「う……くっ……行っけぇぇ!!」
大声を出し、チルは鎌を振り回した。その時、何かが割れる音がした。
チルは何度も鎌を振り回す。その度、割れる音は絶え間無く起こった。そしてついに――――。
ガラスが割れて崩れ落ちる音がし、威圧感は無くなった。それと同時にロクサーノがキャロルの元へ駆け寄った。彼は何のためらいもなく、キャロルの肩を掴んで揺さぶった。
「キャロル! おい! 起きてくれ。二百年ぶりに、お前の声を聞かせてくれ……」
しかしキャロルは目覚めない。
「……おい。まさか死んだとか言わないよな? 王女は封印されていた。そうだろう? 死んでなんかない。だから早く目覚めてくれ!!」
何度も何度も、ロクサーノはキャロルの肩を揺さぶった。しかし――やはり王女は眠ったままだ。
その時だった。
「――――ロクサーノ!!」
チルは大きな声で彼の名前を呼んだ。彼が振り返ると――――獣か妖魔のような出で立ちで奇声をあげる、黒髪の女がいる。
「り、リーラ!?」
ロクサーノのその一言に一同は驚き、リーラと呼ばれた女は笑う。
「何故だ。お前は俺が……」
しかし、リーラは答えるはずもなく奇声をあげ続ける。
「――――お前ら、キャロルを頼んだ! 真鈴!!」
真鈴は無言で頷いた。ロクサーノが先にリーラの元へ駆け寄り、小さく呪文を呟いた。
呪文は鎖となり、ロクサーノの手に宿る。
その時、真鈴はシルラの手をとってリーラの元へ行こうとしていた。
「な、何!?」
驚くシルラ。真鈴はこう言ってきかせる。
「あんたが必要なの! 黙ってついてきて!」
「いや、無理無理……!!」
「無理でもやるのよ! ほら、さっさと剣を抜きなさい!」
力任せにシルラを引っ張る真鈴。魔法でもかけたように強い力に引っ張られ、シルラはなすすべもなく、剣を鞘から抜いた。
すると、刃は赤い光を帯びた。そして炎が渦を巻いて刃にまとわりついた。
「な、なんだこれは!!」
「それがあんたにしか使えない魔法石の力よ!」
驚愕するシルラに真鈴は言う。
「俺にしか!?」
「そうよ! だから、その力を使って思う存分戦ってきなさい!!」
真鈴はシルラをリーラの元に突き飛ばした。そして自分も、細身の剣を手にする。
リーラは、ロクサーノの呪文の鎖に縛られていた。
ロクサーノはキャロルの元で控えている四人の元へ駆け寄った。
「お前ら! よく聞け。あれはメディナの鎌を使わなければ倒すのは難しい。今は、鎌はチルの物だ。だから協力してほしい」
チルはロクサーノの目をじっと見た。
「……わかってるよ。鎌でリーラを倒せばいいんでしょ。……別に断ったりしない。だって、私は王女を助けるって決めたから。さあ、何からすればいい?」
「……そうだな。俺と一緒にリーラの背中まで回って、そこであいつにとどめを刺そう。で、ナイルとカロンには前面でリーラの気を引いてほしい。メイスンは、ここでキャロルを見ててくれ」
ロクサーノはナイルに短剣を渡した。
「……わかった」
「上等」
ナイルとカロンは、それぞれ返事を返し、直ぐさまリーラに向かって駆け出して行った。
一方、シルラと真鈴はリーラが口から吐き出す攻撃を打ち払うだけで精一杯だった。二人とも剣で――シルラは剣から炎を撒いて――対応している。
そこにカロンが現れて、すかさず剣を振りかざした。リーラの足から血が流れるが、彼女は痛がっている様子はない。
「なんやこいつ……」
「化け物だな……」
リーラの興味は、ナイルとカロンに移った。
「来るぞ!」
襲い掛かるリーラに一歩下がって避けてから攻撃をしようとしていたナイル。しかしカロンは命知らずにも、リーラに近づいて攻撃をしかけた。
リーラは見事、カロンの剣に弾き飛ばされた。しかしカロンも反動で後ろに倒れてしまう。
「な、なんやあいつ!」
「でも、すごい……。やっぱ実際に戦ってる人は違うな……」
ナイルは短剣をにぎりしめた。その手には汗が伝う。
倒れるリーラに、シルラは剣の炎を浴びさせた。リーラの視線はまたもシルラと真鈴に移る。
その時、チルとロクサーノは、リーラの背後まで回っていた。あとはタイミングを見て首を取るだけだ。
口から吐き出される黒い塊をシルラが倒し、その間に真鈴が攻撃をする。一方でナイルとカロンは、倒れてくるリーラを背後や横から攻撃し、徐々にリーラを弱らせてゆく。それを見て、チルは目を伏せた。
リーラの攻撃回数が少なくなってきている事から、弱っていることは明白だ。
しかし、これでとどめを――というところで、リーラはチルの存在に気付いてしまった――。
「下がってろ!!」
ロクサーノは、リーラの前に立ちはだかった。
リーラの攻撃とロクサーノの魔法。二つがぶつかり合い、爆発を生んだ。
隙を見て、ロクサーノは再び呪文の鎖でリーラを縛る。
「今だ!!」
ロクサーノが合図した。一歩遅れて、チルは大きく鎌を振り回す。
「てやぁぁあ!!」
鎌はリーラの首を直撃した。首と胴体が離れると同時に、リーラは砂のように崩れていった――――。
すべてが砂と化したリーラ。そこから一つ、光が昇った。
光は人の姿をしている。綺麗に髪を結った、黒髪の女だ。女は一言こう言って、消えてゆく。
『殺してくれて、ありがとう』
刹那、部屋に光が舞った。それと同時にメイスンが声をあげる。
「みなさん!! 姫様が!!」
一同の視線はキャロルに移った。ベッドの上では、寝ぼけ眼のキャロルが半身を上げていた。
「キャロル!!」
ロクサーノはキャロルの元に走っていく。そして、力いっぱいに彼女を抱きしめた。
「えっ……何? え……?」
キャロルはあたりを見回し、さらに驚愕した。
「ねえ! なんなのよ!! 何があったの? ここはどこ? 私の部屋に似てるけど……。――――その人達は誰? ロクサーノ?」
「何から話せばいいのか……。嬉しすぎてわからない」
「意味わかんない! ねえ、いい加減離してよ! みんな見てるじゃない!!」
キャロルは、ロクサーノを引きはがそうとした。しかし彼は離れようとはしない。
「もう! 離れて! そして状況を説明しなさい!!」
ついにロクサーノは床に突き飛ばされた。するとようやく、彼は立ち上がってから説明を始めた。
「すまない……。さて、すべてを話す。心して聞いてくれ」
ロクサーノはゆっくり息を吸って、二百年の間に起こった事をすべて話した。
次に聞こえたのは、悲鳴だった。