魔法石
――――三人が一階を掃除している頃。ロクサーノは二階の書斎にいた。彼は机に積み上げられた本に積もった埃に砂をかける。
埃は砂に吸い込まれるように無くって行き、砂は肥大した。やがて砂は一箇所に固まり集まり、大きな水色の塊となった。
次は床、と彼は砂袋に手を入れたが、砂はもうあと一握りほどしかなかった。
「もう無いのか。仕方がない、イゼの森まで行くか……」
砂袋を机に置いて、ロクサーノは書斎を出た。
一階に下りて、玄関を掃除していたチルに告げた。
「青い砂が無くなったから、材料を取りに行ってくる。すぐに戻ってくるから」
「は? ……あ、うん。わかった」
「なら、何かあったらメイスンに言ってくれ。この家の事は大体知ってる」
そう言うなり、ロクサーノはドアを開け――天高くまで飛び去って行った。
チルはドアを閉め、再び掃除に戻る。
玄関の掃除が終わると、残りはナイルとカロンがやっているからと、彼女は二階へと上がって行ったのだった。
二階の廊下は中途半端に掃除されていて、ある部屋より向こう側は埃まみれだ。
チルは、三つ並ぶドアのうち、一番手前のドアを開けた。
「うわっ……」
思わずチルは鼻を摘む。埃が鼻を刺すような感覚に襲われたからだ。実際、部屋は埃まみれだ。
チルはその部屋に、力任せに砂をばらまいた。
埃は塊となって集まったが、それでもまだ埃臭い。チルはもう一度砂をばらまいた。
すると埃臭さは幾分かマシになった。落ち着ける状態になったのでチルは部屋を見回してみる。
ここはどうやら物置部屋のようだ。大量の箱と、机や床に変わったものが転がっている。この変わったものはマジックアイテムだろう。
「どうしよう……触らない方が無難……よね」
チルは後ずさりして、物置部屋を後にした。次に、埃だらけの廊下との境目の、二つ目の部屋に入った。
ここは書斎のようだ。まだ綺麗とは言えないが、掃除をされているようだ。
「書斎か……なら、向こうは寝室かな……」
二階はいじらない方がいい、と判断したチルは、書斎を後にしようとした――――が、その時。隣の部屋から何かが倒れたような大きな音がした。
「何!?」
チルは走って物置部屋へ戻った。
勢いよくドアを開けると、室内から煙が襲うようにこぼれてきた。チルは腕で鼻を覆う。
「何!?」
埃を交えて立ち込める煙を払いながら、チルは部屋の奥へ進んだ。
よく聞くと、奥から人の声が聞こえる。しかも聞き覚えのある声だ。
「なんで魔法石が……にしても、ここはどこだ?」
その人物は、深い緑の着物を着た、黒髪の男だということがこの距離からではわかる。
「……シルラ!?」
近付くにつれ見えてくる人物像にチルは驚きの声をあげた。呼ばれた本人も、驚いている。
「チル!? なんでここに? ていうか、ここは……?」
「それはこっちのセリフ! ここはポルフェイン王国のリト・クァンの家よ」
「……ポルフェイン!? とんでもない所に飛ばされたな。……でも、なんでこんな所にチルが!?」
「あー……なんていうか……」
チルは息を飲んでから、アンブランテの門についてゆっくり話し始めた。
「――――そういうわけで、ここにいるの。今は掃除中。で、シルラは?」
「俺!? 何から説明すればいいかな……」
シルラは考えながら説明を始めた。
キケルがシルラに渡してくれと言った魔法石。
数日前、それを剣の持ち手のくぼみにはめると、急に石が光りだしたという。
しかし剣は何も反応しなかった。
それから今日に至るまで、何も変化は見られなかったが――――今日、石が強い光を放ち、金髪の少女、真鈴が現れた。彼女はやってほしい事があると言い、シルラをここまで飛ばした。
そして、今にいたるのだった。
今のところ、剣に変化はみられないという。
「ふーん……で、魔法石ってなんなの?」
一通り聞いた後、チルが質問する。
「魔力の源となる石のことだよ。これがあれば、条件さえ満たせば魔力がなくても魔法が使える」
「へぇー……なんか、マジックアイテムみたい」
「ま、そんなとこかな。……そうだ、ナイルともう一人の連れはどこに?」
「一階にいるよ? 呼んでこようか?」
チルは廊下を指差しながら言った。
「いいや、会った時に話すからいい。それより……」
シルラには、一階で作業をしている二人よりも気になることがあった。
「さっきの話聞いてて気になったんだけどさ」
「何?」
「なんでチルはその王女を助けようと思ったの?」
それは……。とチルは声を詰まらせた。
「それは……えーと、よくわからないんだけど、なんかね、私にしかできないって思ったら、ならやらなきゃって思って……それで、――確かにロクサーノの事は完全に信用できないけど、なんかほっとけないの。あの王女が」
「そうか……。俺だったら絶対断ってる。……尊敬するよ」
少し笑って、シルラは言う。
「そう……かな」
言われてチルは頭を掻いた。
その時、一階からチルを呼ぶ声がした。それにチルは大きな声で返した。
「そろそろ下に行こ? 掃除終わったみたい」
「わかった。じゃあ、行こうか」
二人は部屋を後にし、一階に下りた。
リビングでは、すでに掃除を終えたナイルとカロンが椅子に座っていた。
「二階は終わったか?」
カロンが訊く。
「なんか、さわらない方がよさそう」
「なら、ロクサーノを待って……って、兄貴!?」
驚いて、ナイルは立ち上がった。
「なんで……!? ここポルフェインだぞ!!」
「まあ……いろいろあって……。いいから、落ち着いて聞いてくれよ」
シルラは無理矢理、ナイルを椅子に座らせた。
彼がこれまでの経緯を話すと、ナイルはぽかんと口を開けた。
「兄貴……どんな旅してきたんだよ!?」
「まあ、いろいろあって……」
「いろいろって……」
「ま、そういう訳で俺は今ここにいるわけ。……結局、真鈴は何をしたかったのかはわからないけど」
シルラは肩をすくめる。
「みんなはロクサーノを待ってる?」
「そうね。勝手に帰るわけにもいかないし」
チルは椅子に座って言った。
「なら、俺も待ってる」
東西南北に四つ並んでいる椅子の、一番奥にシルラは座った。
「……ところでさぁ」
肘をついて両手の指を組んでチルは言う。
「メイスンは?」
「メイスンならさっき出てったよ」
問いにはナイルが答えた。
「そう……。なんか、家主がいない家にいるって変な気分」
「せやなぁ。にしても、ロクサーノはどこまで行きよった?」
「確かに長いな……」
その時だった。噂をすれば、という言葉通りにロクサーノが帰ってきた。リビングに入って、「遅くなった」と一言だけ言う。後ろにはメイスンが控えている。