光の先
しかし駆けたのは失敗だった。踏み出した足を乗せる場所はなく、彼女は光の向こうへ転がり込んだ。
彼女は冷たい床に手をついて転んだ。途中で誰かがチルを避けた気がしたが、彼女にそれが誰かを確認する余裕はなかった。
「いたたた……」
チルはゆっくり起き上がって腕をさすった。後ろを振り向くと、ナイルともう一人、長い銀髪の男がもみ合いになっていた。銀髪の男はチルを見て目を丸くした。チルも銀髪の男を見て驚愕する。
「チル!?」
「カロン!?」
カロンは掴んでいたナイルの腕を離した。
「え、知り合い?」
一人状況が理解できないナイルが問う。
「お客さんなの」
「そうや。……怪しいもんじゃなかったみたいやな。すまんかったな」
「いや……悪いのは俺らだし……」
ナイルは苦笑いをする。
「で、話は変わるけど……。なんであんたらはここに?」
「えーと……なんでって言われても……長いし、信じてもらえないかもしれないけど……」
「かまわへん。とりあえず話してくれや」
チルは、廃屋で見つけたアンブランテの門の事、王女の事、城での不思議なできごと、そこから今に至るまでをカロンに話した。ただ、キケルの事だけは話さないでおいた。傷口を自ら広げる真似はしなくないのだろう。
話を聞き終わり、カロンは腕組みをして考える仕草を見せた。
「……なるほどな。しっかし、まさかあの怪しい奴がリト・クァンで、ジルハードの王女と関わり持っとるとはなぁ……」
「そうなのよ! それにさっき、その化け物が『リトの鍵』がどうとか言ってた」
「リトの鍵? なんやそれ」
「さぁ……。ロクサーノに聞いてみないとわからないし。とりあえず、ロクサーノが何かしら関わってるのは事実よ」
「あ、そうや」
突如、カロンが何かを思い出したように口を開いた。
「何?」
「そのロクサーノが、さっきなんか探しとったん。多分……」
カロンが続きを言う前にナイルが口をはさんだ。
「探してるんだ……俺達の事。おい、カロン」
「なんや? えーと……」
「俺はナイル。で、聞くけどさ。ロクサーノはいつ頃どの辺りにいた?」
「数分くらい前にな、森からデイ・ルイズのある方に向かっとった。周りが騒がしかったからすぐにわかったわ。今もファンに足止め喰らっとるんとちゃうかな……」
彼の話を聞いて、一番に動いたのはチルだった。
「わかった。なら、すぐにでも探さなきゃ。いろいろ聞きたい事を忘れないうちに! ナイル行こう!」
チルはドアを開けて廊下に出た。しかしカロンがそれを止める。
「まてや! 俺も行く」
「え? 何言ってんの!?」
「せやから、俺も行く。こんだけ話聞かされたら、俺かて真相知りたいわ」
カロンはテーブルの上に置いてある鍵を取った。
「ほな、行くで」
全員部屋から出て、カロンが鍵を閉めた。一同は宿の玄関へ向かった。
そこで宿の若女将に出くわし、そこの二人は何をしているかと聞かれたが、カロンが注文した薬を届けてもらったと言うとあっさり納得された。
宿を出たところでカロンは言う。
「世の中な、正直に生きようなんむちゃな話や。嘘も方便やね」
「いいのか……? あの若女将、今はエプロンドレス着てるから大人しそうに見えるけど、昔はあれでもこの辺のガキ大将やってたんだぜ? 今でも怒ったら誰であろうと容赦しないし」
「ほー……、人は見かけによらんなぁ。べっぴんなんに勿体ない。あれじゃ嫁の貰い手なん……」
ここで、チルが咳ばらいをした。低い声で彼女は言う。
「若女将の事はいいから。早くロクサーノを探しましょ」
そして、彼女は先頭に立ってさっさと歩きだした。
ナイルが、カロンにだけ聞こえるよう小さな声で言う。
「で、あっちは若女将より恐い。だからあまり余計な事は言わない方が無難だ」
「…………把握。なんかそんな感じする」